第33話 気休め


「ふふ~ん、ふんふんふふ~ん♪」

『ケェーン』


 最近のあたしの朝の日課に、登校前の野菜の世話というものが加わった。

 以前購入した茄子、枝豆、ズッキーニだ。

 世話と言ってもそんな大げさなものではなく、今日も元気かなー、どうかなーて様子をみて水を遣るだけだけどね。

 隣できな子も見守ってくれている。


 先日ホームセンターから苗を買ってからはや数日、一見すると特に目立った変化はない。

 しかし、不思議な事に、毎日世話をしていると微妙な違いというのもわかってくるもの。

 表に見える部分はさほど変わっていないのだけれど、目に見えない部分、根っこの方がドシィって感じで根付いたのか、植えたばかりの時よりも、力強くなった印象を受けるのだ。


 それが、たまらなく嬉しくて愛おしい。

 これは実際育ててみた人じゃないと分かりにくい感情だと思う。


「みやこちゃん、今日も朝から機嫌がいいね?」

「あきら」


 庭先にひょっこり顔を出した晶が、あたしに声をかけてくる。


「我が子を育てているみたいなものだからねー。楽しいやら嬉しいやら、一言じゃ到底言い表せないかな」

「そうなんだ」

「ふんふ~ん、ふふんふふ~ん♪」

「みやこちゃん」

「ん~、何~?」

「とても優しい顔してるね」

「そぉ~?」


 もしかしたら、野菜たちを育ててるうちに母性が溢れてしまったのかもしれない。

 女子力が母性に変換されているのか、母性が女子力に変換されているのか……ともかく、それによって胸が大きくなるはずである。

 そんなわけあるか! なんて突っ込んではいけない。信じる者は救われるのだ。

 うん、救って………Aでもいい、この際Aでもいいんすよ、ほんとに……


「み、みやこちゃん泣いて? ど、どうしたの?!」

「な、なんでもないよぅ」


 この気持ち、晶(D)にはわかるまい………





「いってきまーす」

『ケーン』

「いってきます」


 野菜の世話も終わり、きな子と別れて学校を目指す。

 きな子は、あたし達の姿が見えなくなるまで、塀の上からちょこんと顔を出して見送ってくれていた。

 うん、あれ絶対わかってやって媚びていやがる。

 くっ、可愛いなぁ、ちくしょう!


「ねぇ、みやこちゃん」

「んー、何ー?」

「きな子って何だろう?」

「…………何だろうね?」


 いつの間にかあたし達に馴染んでいるけれど、空を飛び人語を解し火を操る狐なんて、普通であるわけがない。

 普通に受け入れて生活している現状こそ、異常なのかもしれない。

 もしかしたら、あたし達が受け入れるよう惑わされている可能性も否定できない。


「んー、でも大丈夫でしょ。あたし達に害する存在じゃないと思う」

「みやこちゃんは随分きな子の事を信頼してるんだね」

「そりゃあ、そうだよ」

「何で?」

「悪いモノなら、向こうから戻ってくる時、ウカちゃんが遣わさないよ」


 そういう意味ではあたしは心配していない。


「ウカさんの事信用してるんだ?」

「友達だからね」

「そっか」


 他にも何か言いたそうな顔をしていたけれど、あたしにはそれよりも気になっていたことがあった。


「それよりも、こないだ漫画持ってきた眼鏡ちゃんのツレの子……気付いた?」

「気付いたって………何が?」

「こないだ図書館に居た子だった」

「えっ! そ、そうだったんだ。ふ、ふーん」


 その時の事を思い出したのか、顔を真っ赤にする晶。

 むぅ、やっぱりこの様子だと、その子の彼ってのがつかさちゃんみたいだってことは気付いてないかなぁ。

 図書館でも顔は合わせてないはずだし。

 うぅう、つかさちゃん、どういうつもりなんだろう?



  ◇  ◇  ◇  ◇



 今日は小雨が降ったり止んだり、どっちつかずのイヤらしい天気だった。

 現在雨は上がっているのだけれど、グラウンドはドロドロ。

 我が弱小女バスは今日も体育館を明け渡すとのお達しだ。

 ………うちの部活、全然活動してないけどいいんすかね??


「みやこちゃん、部活は?」

「今日もなーし! 身体なまっちゃいそう」

「じゃあ、図書館いく? こないだ全然調べられなかったし」

「あたしはいいけど……あきらの部活は?」

「浴衣ドレス選択した子が制作遅れてるから、普通の選択組は特にはって感じ」

「なるほど……じゃ、いこっか」

「うん」



 晶と二人、図書館までの道を歩く。

 道中、浴衣はドレス状にするよりもスタンダードの方が絶対良いと熱弁を奮われた。

 うんうん、でもおばさんが絡んだら絶対浴衣ドレスになるよね? ああいうの好きそうだし。



 今日も図書館はガラガラだった。

 席とかも好きなところ選び放題だ。

 適当なところに鞄を置いて、資料を探し始める。

 前回のミスを踏まえて、今回は予めどういうところを調べるか目星をつけてきている。


「じゃ、あたしは昔の地理関係探してくる」

「ボクは伝承関係かな」


 二手に分かれて、それぞれの資料が置いてあるところを目指す。

 まず手に取ったのは、この街の開発計画書。昭和中期~平成にかけてのもの。

 お堅いものに思えるけど、ここをこういう風にしましたよーていうビフォーアフターの写真がふんだんに載せられており、案外見ていて楽しい。


 へぇ、あたしたちの街ってこんな風に変わってったんだ。

 ついつい、街のアルバムとも言える写真に見入ってしまう。


 他にも、こういう施設とか建てたいんだけどー、といった計画書とかもあった。

 実際には出来ていないんだけど、遊園地を建てたいとか農場実験場の誘致したいだとか、そういうのを見てると、ありえたかもしれない未来が想像できて凄く楽しい。


 うん、あれだ。不動産物件閲覧しているのと同じような感覚だ。


 わかるかなー?

 たまぁにありえない位細長い部屋だとか、変わった間取りの家だとか、それの家賃がいくらだとか、実際そこで生活している自分を想像してみて、いやいやいややっぱないわとか楽しむやつ。

 あたしだけかな? 違うよね? 他にも同じような楽しみ方する人いるよね? ね?


「みやこちゃん、何か見つかった?」


 何冊か小難しそうな本を抱えた晶がやってきてた。

 あたしのほうは探すのそっちのけで妄想してました、とは言えませんね、はい。


「『狐と畑と神社の関係』『妖狐と祭祀』『稲荷の今と過去』……全部狐関係の本?」

「きな子について何かわからないかなと思って」

「1冊あたり結構な分厚さあるねー」

「読むとなると時間かかるし、借りて帰らなきゃかな」

「そうだね、じゃああたしも借りていこっか」


 うむ、これでさっき妄想してただけとか誤魔化せる。あたし天才だな!


「ほんと、何か少しでもわかればいいんだけど」


 ふいに、晶の不安そうな声色が耳に入ってきてしまった。

 ………何が天才か。馬鹿かあたしは。


 晶にそんな顔させてちゃいけない。

 それは、あたしがあたしへ決めたことだ。


「よし、帰りに神社いこっか」

「神社?」



  ◇  ◇  ◇  ◇



 バスに揺られること15分、神社前のバス停で降りる。うちの最寄り駅から1駅向こうだったりする。

 ここに来るのは晶が女の子になっちゃった時以来だから、半月以上振りくらい? もう一か月近いかな?


「みやこちゃん、何か神社で気になる事でもあったの?」

「いや、別に? 借りた本がアタリでありますように、って神頼みしようかなって」

「え、それだけ?」

「うん、それだけ。気休めなだけ。でも気を休めたら、ちょっとは気が楽になんない?」

「ん、そうかな……そうだね」


 何事も気の持ちようなのだ。

 手を合わす時間を設けて頭を真っ白にするだけで、自分の中で整理ついたり何かの区切りになったりしないかな?


 てわけで、手水で左手、右手、口の中と柄杓を清め、拝殿へ。


「………お賽銭、あたしお札しか持ってない」

「ボクは今日財布自体持ってないかな………」

「か、代わりにのど飴でも捧げとこ!」

「いいのかなぁ?」

「だ、大丈夫だよ、うん!」


 そ、そう、こういうのは気持ち、気持ちなのよ!


 ガラガラと鈴を鳴らして二礼二拍。



 『晶の不安が晴れますように』



 精神と肉体は密接に関係していると思う。

 心に悩みを抱えていたりすると、身体の方も調子を崩してしまうなんて話は枚挙に暇が無い。

 きっと、不安があったりすれば、調理技術の方に影響がでるかもしれない。

 美味しいあきら飯ライフの為にも、是非とも不安を取り除いてあげたい。

 そう、明鏡止水の境地を目指すのよ。

 今のあたしは食欲まみれだけれど。


『…………………やこ』


 ん?


「あきら、呼んだ?」

「え? 呼んでないけど?」


 何かに呼ばれた気がしたんだけど……気のせいだったのかな?

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