第32話 †聖剣伝説† ボクが好きなのは……


「うぉおおおぉおぉおんっっ!!!」

「だめです、だめです先輩、泣いても、泣いても何もなんないっすよ!」


 抱き合い、お互い慰め合う2人。だが2人とも凄いマッチョッ! むさいッ! 圧倒的に見苦しいッ! 無駄に汗が飛び散っているッ!


「彼女がッ! 彼女が欲しいんじゃああああッッッ!」

「無理ぃッ、無理なんすよッ! 先輩ッ! だってッ! だってここはッ!」

「言うなッ! 言うなッサブ!」


「男子校なんっすからぁぁぁぁあああッッ!!!」

「ああああああああああっッッッ!!!!」


 そうッ! ここは男子校ッ! 圧倒的男の園ッ!!

 筋肉とムダ毛が支配する汗臭い王国ッッ!

 教師陣にすら女性がいないッッッ!!!!


 朝起きてッ、寝るまでッ、母親以外の女性を見ないことはザラッッッ!!

 姉がッ、妹がッ、従姉妹がッ! 居たらと妄想をする者数知れずッッ!!

 渇望ッ! 圧倒的女体への渇望ッッッ!!!!!

 それが、それこそが! 男子校ッッッッッ!!!!!


「彼女じゃなくてもいいッ! 女の子とッ! 甘酸っぱい会話がしたいんじゃああッッッ!」

「無理…ッ! 無理なんすよ…ッ!! 俺たちには、経験がッ! 心構えが! 練習がッ! きっかけがッ! そういう運命がッ!! 微塵も無いんっすよッッ!!!」

「おろろおおおおんッッッ!! おろろろろろろろろおおおおおおおんッッッッッッ!!!!!!!」

「先輩……ッッ せんぱあああおおおおいいいいッッッッ!」


 涙ッ! 圧倒的滂沱ッッッ!!! 

 そして慟哭ッッ!! 今際の際に叫ぶ超絶的絶叫ッッッ!!!!!


「神にッ、神に祈ろうッッ!」


 このくそったれな現実をどうにかするには神の奇跡にすがるしかないッ!


 祈りッ! それは純でッッ!! 他に類を見ない絶対的なピュアッッッ!!!


 真摯な願いは天に届き、そして叶えられる願いッッッッ!!!!


「先輩ッ! 俺の身体が………ッ!!」

「サブが女の子にッ!!!」

「デートじゃッ! デートをするんじゃあああッッッ!!!」

「撮りましょうッ! プリクラをッッ!! カップル限定のやつをッッッ!!!」

「さ、サブウウウゥゥゥゥゥッッッ!!!!!」

「先輩いいいいいッッッッ!!!!!!」


 だが夢は覚めるもの………

 女体化の奇跡は日暮れと共に消えた………


「人の…人の夢と書いて儚いと読む……はは、漢字ってすごいっすね、先輩……夢が覚めちまいましたよ……」

「それは違うぞサブ。夢が覚めたんじゃあない、目が覚めたんだッッ!!」

「えッッッッ!!!!????」


 膨れ上がる筋肉ッ! 弾け飛ぶ上着ッッ!!

 そして女装したままの後輩サブッッッ!!!


「性別など些細なものじゃあッ!」

「せ、先輩いいいッッ!!」

「先輩じゃない、お兄ちゃんと呼んでくれえッッ!!」

「お、お゛に゛い゛ぢゃあ゛ん゛んッッッ!!!」


 そしてサブの鞘にお兄ちゃんの聖剣が収められていくのであったッッッ!!!


「「ア゛ッ---!!!!!」」


             完  』








「どうですか? 自分としては結構いい出来だとおもうんすけど」

「ど、どうと言われても………」


 あたしは今、混乱の極致にあった。

 隣にいる晶と部長さんも困惑している。


 この日、部活が終わって晶を迎えに家庭科部の部室に行った。

 そこには、部員の一人が眼鏡をかけた女の子を連れて来ていたのだ。

 そこで眼鏡ちゃんに渡されたのがこれ。漫画の下書きよりも荒く、ザっと描いたやつ。ネームって言うんだっけ?


「あ、これが先輩のキャラデザで、こっちがサブです」


 しっかり描かれた2人のキャラ絵を渡される。そしてワクワクした目であたし達をみる眼鏡ちゃん。

 いや、ほんと、どうしてこうなった!


「すいません、先輩方。この子のツレが最近彼氏できて付き合い悪いらしくて」

「ご、ごめんなさい! どうしても自分、リアルな意見が欲しくて……と、特に、この女の子になっちゃうところの下りとか!」


 そう指定されたのが、サブが女の子に変身して先輩とイチャコラする部分。


「え、ええっ?!」


 あたしは心底同情した眼で晶を見た。

 いや、その、うん。何を言えと?! 絵が上手ですね?

 確かに走り書きだというのにしっかりデッサンがなされていて、素人目でも上手いと思う。

 劇画調で濃ゆいけど。


 そういう世界があるとは知っていたけれど、全然知らない世界の事なので、意見を求められても困る。

 例えるならお米作ってる農家の人に、飛行機のエンジン作りたいんだけどどうしたらいいっすかね? と聞くようなものだ。

 言えることなら『知らんがな』とツッコミたい。畑違いも甚だしい。


 こんな無茶ぶりに部長さんはどうするのだろう? ちらりと様子を見てみる。


「ぬるいわ。この作品で言いたいことはなに?」

「愛の前では、如何なるものも障害にならないってことです!」

「だからそれがぬるいっていってんのよ!」

「どうしてですか!」


 どうして会話が成立してるんですか? 部長さん?

 晶? ほら逃げ出そうとしないで。あたしを一人にしないで。


「これじゃ、周囲に女の子がいないから男に走ったってだけじゃない。それはただの妥協よ」

「そ、それは……ッ!」


 まるで後悔してる事を苦々しく絞り出すかのように、お前は自分のようになるなと諭すかの様に言う。


 妥協という言葉に思い当たる節があったのか眼鏡ちゃんも、どこか納得するような、それでいて悔しいような表情をみせる。


 うん、あたしにはわかる。

 それ元カレ?の事だよね。やっぱり好きと言われて舞い上がって妥協したんですね?

 晶? 1人だけ鞄纏めないで。するならあたしの方も、その、ね?


「敢えて女じゃなくて、男を選ぶ………その転換において足りないものがあるわ」

「なんですか、それは」

「異性への絶望よ」

「…………絶望」

「絶望でどん底に突き落とされたからこそ、真の愛に救われて目覚める。そうじゃなくって?」

「あっ、あっ、あっ、あっ」


 あ、うん、浮気されたの結構傷ついてたんだ。

 でもそれ、3次元に絶望して2次元に嵌った部長さんの経験則だよね?

 晶? もう逃げようとしても無駄だよ。ほら、他の部員達が逃さないとドアの前キープしてるから。


「自分、独りよがりになってて薄っぺらい作品を描いてました。ありがとうございます、白石先輩!」

「別に、あーしは大した事言ってないし」


 うん、本当に大したこと言ってないよね?


 一方、憑き物が落ちたような、晴れ晴れと、何かに目覚めたかのような顔をする眼鏡ちゃん。

 憂いを帯びた顔で、お前はあーしのようになるなと導くかのような部長さん。



 うーん、なんていうか、その、なんだかなぁ!!



 なんてあたしが煩悶としていると、眼鏡ちゃんの標的は晶に移る。


「作品全体の意見はもらえましたが、その、晶先輩、男子が女子になった人のリアルな意見といいますか……」

「うぇえっ、ぼ、ボクの意見と言われてもッ!」

「是非、是非この、女の子になった男の子が、男性に惹かれてしまう心境っていうの教えて欲しいんです!」

「えぇぇええぇぇ」


 眼鏡ちゃんだけでなく、部長さんも部員たちもギラギラした目で晶を見ている。


 え、なに? つまり晶が男子に惚れる心境を教えてほしいって?

 いやいやいや、晶の中身、男の子だよ? それなのに男の子を好きになる心境って? え? どういうこと? なんだか胸がドキドキして、いけないことなのにと思いながらも、その背徳感が甘美な鼓動に変えてあたしに襲い掛かってくる。


「あたしもちょっと知りたいかも……」

「み、みやこちゃんっ!!?」


 おもわずボソッと言葉が零れてしまった。裏切者に対する絶望で目に涙を浮かべ、恨みがましい視線をあたしに向けてくる。

 それがやたら嗜虐心に火を灯し、もっと苛めたくなるような歪んだ、でも仄暗く気持ちいい感情に支配されていく。


 ああ、もう、これをなんて言えばいいのか。

 ただ一言、晶に言いたい。


「イケナイ子だ……じゅるっ」

「いま舌なめずりしなかった?!」


 幽鬼のごとく興奮した(文字通り腐った)女子達に壁際に追いやられていく晶。

 怯えながら後ずさり追い詰められていく様は、なんか、うん、やたら興奮する。あたし女じゃなかったら目茶苦茶にしてしまいそう。


「はぁはぁ、ほぅら晶きゅん、ほら、お姉さんに色々教えて? ね? はぁはぁ」


 ………うん、やべーわ、あれ。


 目を充血させながら、手をワキワキさせながら鼻息荒く、晶に襲い掛からんとしていた部長さんの姿があった。

 それを見て、一気に頭が冷える。うん、あれはやばい。

 って、また何か新しく属性を獲得してないかな、あれ?


 しょうがないなぁ。

 晶をこんな状況にしておくのもなんだし、あたしが何とかしないと。

 部長さん、晶のお姉さんはあたしなんだからね! 3日ほど!


「ほら、みんな、あきらが……」







「ぼ、ボクが好きなのは! 女の子の方だからっ!!」







 皆を諫めようとしたとき、晶が大声でそんなことを言った。

 ぴたりと、皆の動きが止まる。


 へ、へぇそうなんだ。晶、女の子が好きなんだ。

 な、中身は男の子だから当然だよね。

 で、でも今は女の子になっちゃってるんだよね。

 す、好きな女の子とかいたのかな?

 あれ……なんだろ、すごく、胸が痛い。



「眼鏡ちゃんここにいた!」


 突然部室の扉が開き、ちょっと幼い感じのする女子が入ってきた。


「彼の事で話を聞いて! やっぱなんでも話せるのって眼鏡ちゃんしかいないの!」

「えぇっ、そういう割にずっと自分のこと眼鏡ちゃん呼ばわりなのに?!」

「いいから!」


 そんなやり取りをしながら、あっという間に眼鏡ちゃんを連れ去っていく。

 彼女が、最近彼氏が出来て相手してくれなかったというツレだろう。


 突然の出来事で頭に血が上っていた部長さんや部員達も、頭が冷えて元に戻り、悪ふざけが過ぎたと晶に謝っている。


「あの子って………」


 先日つかさちゃんとイチャコラしていた演劇部の子だ。


 ………今あの子、彼って言ってたよね………

 てことは、あの子とつかさちゃんは………


「ひどいよ、みやこちゃんまで悪乗りして」

「あ、あきら。あーうん、ごめんね」

「みやこちゃん?」


 いや、今つかさちゃんは男だし、身体が男子になったのなら嗜好が変わって、女の子の方が好きになって付き合って……

 でもでもでも、さっき身体が女子の晶は、女の子のほうが好きだっていってたし……

 あーもう、一体どうなってんだよぅ!!


「みやこちゃん!!」

「え? あきら? どうしたの?」

「どうしたの、じゃなくて……大丈夫?」

「え……ん、大丈夫……?」


 なんだか心配した様子の晶が、あたしの顔を覗いてた。


「どうかしたの?」

「あ、うん。別に……」

「………ならいいけど」


 一体、つかさちゃんは何を考えてるんだろう?




「………みやこちゃん」

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