第2章-3 親友の不可解な行動

第31話 壁ドン


 今年の梅雨は例年より10日ほど早いらしく、今日からもう梅雨入りらしい。

 そんなことを朝のテレビで言っていた。


 そういう時節でもあり、今日は朝から一日雨が降っていて、教室の隣の席では晶が髪の毛をやたらと気にしている。


「うぅぅ、髪がごわごわしてるし、纏まらない……気を抜くとはねちゃうし、もう!」

「んー、あたしには普通に見えるけど。そこまで気になる?」

「みやこちゃんは気にしなさ過ぎ! ああ、もうこれちゃんとケアしてる?! 毛先とか絡まってない?!」

「お、おぅ」


 洗うときはどうしてるとか、保湿は考えてるのかとか、ドライヤーはちゃんと地肌を乾かしているかとか……うん、なんかあたしより詳しくない?

 これが……これが女子力の格差社会か……


「みやこちゃん聞いてる?」

「う、うん、聞いてるよ」


 いや、まぁ晶は男なんだけどね。

 見た目はぷりぷりしながら、ちゃんと髪の毛のケアしないとダメでしょと事細かにお小言を言う小柄な美少女。うん、可愛いらしゅうございます。


 ………本当に男だっけ??? 最近ちょっと疑わしいと思うあたしがいる。


「ほら、椅子に座って、髪ほどいて向こうむいて!」


 いつの間にか、晶があたしの髪を梳かしてくれることになっていた。

 自分の鞄からポーチをもってきて、そこから木製の半月状の櫛を取り出す。ツゲ櫛とかコームとかいうやつだ。

 ………随分用意もいいし、デザインもその、可愛らしいのだけれど本人の趣味なのだろうかどうか気になる。案外、女の子ライフ堪能してるんじゃないかな? 


 そんな事を思いながら、あたしのトレードマークとも言えるポニーテールを解く。

 適当にひっつめてるだけとは言ってはいけない。真実は時に残酷なのだ。


「あ……、ん……その、みやこちゃんが髪下ろしてるのって、その、なんか新鮮だね」


 か、顔を赤らめながらそんな事を言わないで!

 なんかあたしが恥ずかしいことをしてるみたいじゃないか!


 晶に促されるまま、椅子に座って背を向けた。

 肩より少し下くらいまで伸びたあたしの髪を、両手でまとめていじられるのが、妙にこそばゆくて気持ちいい。

 顔は見えないけど、片手で髪を持ちながら櫛を梳る晶の気配と息遣いが聞こえる。


「あ………」

「いつもポニテばかりだから、髪に変な癖とかついちゃっ………どうしたの、みやこちゃん?」

「ううん、なんでもない」

「ふぅん?」


 なんてことはない、後ろにいる晶の気配が今までと変わらなかったと気付いただけなのだ。

 それが、なんだかとても安心できてしまった。


「あ、そうそう。あたし今日は図書館寄ってくから、先に帰ってて」

「図書館?」

「そ、雨だからグラウンド使ってる系の部活が体育館使うみたいでさ。うちは弱小だし、どうぞどうぞ状態なんだ」


 だからあたしは放課後部活無し。家庭科部は屋内で専用の部室あるし、晶は雨でも関係ないだろう。


「図書室じゃなくて図書館? そっち遠くない?」

「んー、そうなんだけどね」


 図書館は、家とは逆方向にあったりする。わざわざ雨の日に行きたいような場所じゃない。

 それでも、行きたい理由があるのだ。

 後ろを振り返って手招き、耳元で小声で囁く。


「(ウカちゃんやきな子の事を調べようと思って。ネットじゃ限界あるしさ)」

「えっ?!」


 思いもかけない大声で反応されてビックリする。


「(ど、どうして? いきなり急に?)」

「(別に急にってわけじゃないんだけど)」


 ネットで検索かけて調べてみたのだけれど、『ウカ』なんて入力したところで大体『羽化』関連のものにヒットしてしまい、いつの間にか蝶やセミの羽化動画を見入ってしまったりした。

 そこからどんどん他の昆虫の羽化風景が気になって色んなものを見まくって当初の目的からすっかり外れる―……あると思います。


 多分『ウカ』っていうのは人名? というか固有名詞なのかな? 地元の神社か何かが関係してるかもしれないし、図書館の郷土史を当たった方がネットより分かることが多いかなって思ったのだ。

 そんな旨を晶に伝える。


「というわけだから、図書館に行こうと思って」

「ボクも行くよ」

「え? 部活あるんじゃ?」

「それって、ボクが元に戻る為に調べに行くんだよね?」

「取っ掛かりを探す程度だし、全然それとは関係なかったりするかもしれないし」


 ウカちゃんやきな子と、晶の女の子化との因果関係があるかはわからない。


「ううん、やっぱ自分のことだしみやこちゃんにだけ任せるのはちょっと違うと思う。だから行くよ」

「んー、そっか。そういうことなら」

「ん、こっちもお終い。ちょっと編みこんでみた。鏡見てみる? みやこちゃんもたまには他の髪型すればいいのに」

「おー、ありがとう! なんだかあたしじゃないみたい! おなじひっつめでも全然違うね!」


 ゆるく編みこんだ髪を後ろで纏めて、お団子っぽくしてくれていた。

 うん、これは自分でも新鮮だ。あたしも捨てたもんじゃないかなー? なんて思ってしまう。


「………ボクの方こそありがとうだよ」

「んー? なにー?」

「なんでもないよ、みやこちゃん」


 昔から変わらない眼差しで笑う晶になんだか胸がざわついてしまって、少しの間、まともに見られなかった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 図書館の場所は家と反対方向というだけじゃなく、徒歩で大体30分強と距離も結構離れている。

 これは帰りはバス使ったほうがいいなぁ、なんて思いながら雨の道を行く。


 住宅街からも離れた閑静な場所にあるので、学校帰りに寄るなんて人は滅多にいない。

 逆に静かな環境を求めて勉強しに来る受験生が一定数居たりする。

 そーいえばあたしも高校受験の時に何度か訪れたっけ。


 うちの市の中央図書館を謳うだけあって、それなりに規模は大きい。

 学校の校舎1棟分くらいはある4階建ての建物で、駐車場もグラウンドがすっぽり入るくらい大きい。

 しかし今日は雨というのと、受験シーズンを外れていることもあって、ガランとしている。

 これはこれで、貸切しているみたいで贅沢な気分になるしいいんだけどね。最近暑くなってきてたし、クーラー効いてるのもポイントが高い。


「さて、何から調べましょうかねー?」

「過去の出来事とか伝承、祭祀、街の地理からも何かわかるかもれしないね」

「そ、そうダネ」


 何も考えず来てどうしようとのんびり構えるあたしに、具体的な方針を提案してくれる晶。

 うん、結果論だけど、付いてきてもらってよかった。


「郷土史……江戸時代とかに書かれた手記というか、古文書って何?! あたし古文得意じゃないんだけど?!」

「最近は古文書もデジタル化されてて、館内端末で見られるんだ……知らなかった」

「現代語とかにまとめられてるのもあるのね………あたしはまずそこから調べよ」

「ボクは……適当になんか当たってみるよ」


 郷土資料置かれているコーナーに近い場所に鞄を置き、二手に分かれていいものが無いか探す。


 郷土資料とはいうものの、ここ数十年の議事録とか予算編成、開発計画書、そして過去の新聞とか、精々昭和の後半に入ってからのものがほとんどを占める。そして1つ1つがやたらとごつい。

 んー、なんか古文書とかそういう小難しいものばかり置いてあるのかなって思ったけど、そうもそういうものは別の場所で保管されているみたい。そうだよね、昔のものなんだもの。

 これはちゃんと計画立てず、考え無しで出来ることじゃなかったかなー?


 それでも、1冊でもいいから何かないかなと捜索範囲を広げて調べていたら、今いる向こうの書架の奥の方からくぐもった声が聞こえてきた。


「ね、………もっと……いいでしょ?」

「ん、うん………だめだよ、人がいるし」

「うん……ん……こんなとこ誰も来ないよ」


 …………

 ……………………

 ………………………………いやいやいやいや


 どういうこと? そういうこと? あ、ここ人気ないですよね!


 …………

 ……………………


 ダメだから! そういうのダメだから!

 そう、注意、注意しなければ!


 うん、そのまえに何をしているか見定める必要があるよね。

 まずは見定めるための見学、そう見学よ!

 だから、その、ジロジロみるのも、もし想像と違ったら失礼だし、そぉっと、そぉっと覗くの!


 …………


「……………ぇ」


 思わず声が漏れた。


 うちの制服を着た男女が抱き合って顔を思いっきり近づけていたのだ。

 あれです、いちゃついてキスしてるってやつ。

 いや、まぁそれだけならここまで動揺しない。


「(つかさちゃん一体何やってんだよぉおお!!)」


 いつだったか抱き付かれていた演劇部の後輩と、その、もう!

 え? 何? 付き合ってるの?! どういうことなの?!


 あれだよ、凹と凹は相性的なものがあるんだよ?

 炭水化物と炭水化物は相性がよくないのと一緒だよ?

 あ、でもラーメンにライスは全然大丈夫だし、このへんは平気でお好み焼きでご飯を食べるな。

 うん、ありだね。ありだ。それでもって今は凸と凹だ。


 ちょっとまてええ!! いいの? ありなの?! どーなの?!


「みやこちゃ……むぐ」


 いつの間にか、あたしを探しに来たのか、ただ単に見つけたのかわからないけれど、晶がきていた。 

 状況が状況なので、思わず焦って口を塞ぐ。そして、その勢いのまま壁際、というか書架に押さえ付ける恰好になってしまう。

 いわゆる壁ドンの姿勢で、口を抑え込んでる状態。


「(ん、んんん~っ!)」


 なにすんだー! とばかりに身じろぎする程度の弱弱しい抵抗をする晶。

 ああ、もう暴れないでよ! 気付かれちゃうじゃない!

 静かにして、という強い意志を瞳に込めて、晶の目をジっとみる。

 そして、向こうのつかさちゃんに聞こえないよう、なるべく低い声で、晶の耳元で囁く。


「(静かに)」


 ビクン、と身体を震わせたかと思うと、その言葉で状況を理解してくれたのか、身体の力を抜いていってくれた。

 それを確認して、ゆっくり口から手を放す。

 そして晶は、潤んだ瞳と上気した頬であたしを見上げ、緊張で身体を震わせながら聞いてくる。


「………い、いいの?」


 いいの? 何が?

 あ、この状況ってこと?

 うーん、向こうでつかさちゃんがいちゃいちゃしてるんだよね。

 良いか悪いかと言われたら……


「……いい筈がないよね」


 と、困った顔をして答えるしかなかった。

 すると、晶の顔がみるみるうちにあたしを責めるような、そして悲しさと怒りが混じったようなものに変わっていく。


「じゃあ! どうしっ!」

「わ、ちょっと!」


 大きな声を出そうとしたので、再び口を塞ごうとしたのだけれど、時既に遅し。

 ドタバタと、書架の向こう側から慌てる様子の音が聞こえてきた。


「に、逃げるよあきら!」

「え、ちょっ! え? え?」


 混乱している晶の手を強引に引っ張って、その場を離れる。

 そしてその勢いのまま鞄を引っ掴んで外へと出る。


「い、いやぁ、参ったね、あんなところでカップルがキスとかしていてさ! あ、あはは」


 雨の降る中、笑ってごまかすかのように口にする。


「そ、そんなところでなんて、ま、まさかだよね!」


 晶も顔を真っ赤にしており、必要以上に大きな声を出して答える。


「……………」

「……………」


 ううぅぅぅうううぅ、気まずい、気まずいよぉ!


 お互い気まずいので、傘で顔を見れないようにしている。

 今日が雨で本当によかったよ!

 こんな顔、いくら晶が相手でも見せらんない!

 大体、あんなとこで何やってんだよ、つかさちゃんは(責任転嫁)!


 気まずい空気の中、バスに乗ると顔を隠せなくなるからか、徒歩で家路を歩く。

 なんとなく、頭の中を冷却させる時間にもなって都合が良かった。


「ね、みやこちゃん。みやこちゃんは………」

「な、なに……?」

「ん……なんでもないや」

「も、もう、なにさ」

「さぁね」


 傘がいらない位の小雨になる頃には、いつもの空気に戻っていた。


 ……そういえば、全然調べもの出来なかったな。

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