第30話 それが彼女の流儀


「ほら、そんな格好で帰れないし。部室に寄るべ」


 そういって、部長さんと前後で晶を護るように挟みながら家庭科部の部室に向かう。

 部室に入ると、先ほどは来ていなかった他の部員達がやってきていた。


「あ、部長」

「ネットに落ちてた無料のやつ、ダウンロードしてきましたよ」

「まって、後にして。それよか、誰かジャージか何かもってない?」


 家庭科部にある大きな机というよりかは、台といったほうがしっくりくるものの上に、何か型紙のようなものをいくつか広げられている。

 見ただけじゃ何のためのものかわからないけれど、裁縫関係の何かだってことはわかる。

 調理することが多い家庭科部で裁縫関係のものを見るなんて、初めてじゃないかな?


「ジャージ、今日体育あったから持ってますけど」

「晶に貸してやって。ボタン縫い付けるまででいいから」


 準備室で着替えてから、羽織ることしか出来ないような状態になっているブラウスを部長さんに渡す。

 今日は裁縫予定だったようなので、そのあたりの道具一式は揃っていた。


 サッと流れるような動作で針に糸を通す様は、一切の無駄がなくて機能美的すらあった。幾度と糸を無く通してきたのだろうと思わせる、部長さんの経験値が窺い知れた。


「あー、誰か予備のボタン他にもいくつか取ってきて」


 あっという間に1箇所ボタンをつけた部長さんは、手持ちが足りなさそうなので在庫を持ってきてと頼む。


「わかりましたー……けど、それ全部ボタン取れてるんすか?」

「………あいつらに襲われかけたからね」

「あいつら? 襲う? ……もしかして部長の元カレ?!」

「そうよ。あんなのと付き合ったなんて、すぐ別れたとはいえあーしの人生の汚点だわ」


 その話を聞くと、他の部員達もにわかにざわつき始めたりする。

 曰く女子の敵、曰くレイプ魔、曰く脳みそ下半身男。


「まじ最悪。晶きゅんを手篭めにしようとするなんて」

「マナーに則り写真に撮って慈しむのがジャスティス。それが守れないなんてカメコの風上にもおけないわ」

「そもそも脱がそうとするってのがダメなのよ。着せてなんぼだっちゅーの」


 あれ、何か怒りの方向が若干おかしくない?


 ま、まぁ部長さんの別れた経緯が経緯だからね。家庭科部内では色々と言われていても仕方がないよね。

 ていうかですよ?


「部長さん、よくそんな男と付き合おうって思ったね?」

「…………………………………………のよ」

「うん?」

「生まれて初めて、好きって言われたのよ!!」


 ぐわーと、噛み付かんばかりに詰め寄る部長さん。

 あ、やば、これ何か変な地雷踏んだっぽい。


「そんなこと言われたの初めてだから舞い上がっちゃったのよ! 悪い?! そもそも言われたのだって1年のGW明けとかだったし、相手がどんな人とかもよく知らないわけじゃん?! でも知らないなりに、こう、情熱的にぐいぐいきてたし、運命かな? とか夢見たりしたし! 付き合ってキスするのかなぁ、とか妄想したりしたし! それが告った次の日に浮気とか、もぉおお、あんな節操なしだったら付き合ってなかったわよ!」

「抑えて、抑えて部長さん! 素数を、素数を数えるのよ!!」

「数えてられっかー! いい? その点姫様は裏切らないのよ! 一途なまでに主人公を思い、狂おしいまでの感情を押し殺して違う道を往くの。道は違っても交わるところがあるから、そこで感情が爆発するところとかマジ可愛くない?!」

「まって、話変わってるから。ズレまくってるから」

「は! 愛が溢れてしまっただけし」


 顔を真っ赤にして、取り繕うかのようにボタン付けに没頭する。

 うんうん、もう手遅れだから。今更だから。よぉくわかってるから。

 てか部長さん元カレって言ってるけど、それって付き合ったっていうの? 付き合ってる時間24時間にも満たないよね??



 没頭したおかげか、さほど時間を置かずに付け終わる。

 その手腕は鮮やかの一言で、ついついあたしも見入ってしまった。


「すごいねー、まるで魔法みたい」

「こんなの単なる慣れだし。手癖でやってるだけみたいなもんよ」

「それでも凄いよ。そうなるまで何度もやったってことじゃない」

「う、それは、その………そうだけど」


 おや? こういうおだてには弱いのか、顔を赤くしてもじもじしてる。前から思ってたけど、ちょいちょいこういう可愛いところあるな、部長さん。

 ほら、部員の皆も知ってか、にやにやしてる。


「部長って、そういうとこ乙女でしょー?」

「ギャップ萌えってやつ? クルわー」

「こう見えてかなり純だからねー」

「あ、あんた達うるさいし!」


 きゃー、とばかりに逃げ出す部員さん達。


「ったく、ほら、準備するし! 部活はじめんぞ!」

「「「はぁーい!」」」

「部長、着替えたんでボクも」


 それぞれが席に着き、型紙を持ってなにやら準備を始める。

 んー、何をするんだろう? ちょっと気になる。


「そういやそれ、何を作るの?」

「浴衣」

「え? 浴衣?」

「そ、浴衣。直線で縫うだけで出来るから案外簡単だし」


 意外だった。

 浴衣が簡単に出来るっていうのもそうだけど、コスプレ衣装とかよく作ってるし、てっきりそういう方面のものを作るんじゃないかと思ってた。

 まとも、って言ったら失礼かもだけど、なかなか硬派というか正統派というか、そんなものを作ろうとしていてビックリ。


「夏も近いしさ、自分で好きな浴衣作って祭りとか行ったら、最高にテンションあがるじゃん?」

「そう、かな……うん、そう、絶対そうだね」

「服というか衣装っていうかさ、着るものによって色んな自分に出会えるし、色んな自分に変われる。それが最高に楽しいんよ。だから、自分史上最高の浴衣を作ったらさ、みんなもその楽しさがわかってくれるかなって思って」


 部員さん達が、わいわいと型紙を手にどこに着ていくかとかはしゃいでいるのを、目を細め、眩しいものを見るかのように話す部長さんはとても輝いていて、すごく大人に見えた。

 ああ、なるほど。だから白石真琴はここの部長だったんだ。


「あと、それでコスプレへの道の第一歩になればと思ったし」

「あ、はい」


 しかしその一言で、全てが台無しだった。




 そして頭を抱えることしばし、晶が着替え終えて戻ってきたようだ。


「戻りました。部長すごいですね、ボタンばっちりです」


 そのまま所定の位置に座り、浴衣作りに参加するようだ。

 なんとなーく、晶は男性用の浴衣を縫おうとしてる気がするんだけど………周囲が許してくれるかさてはて。


「で、あんたはどーするし? もしやるんならあんたの分も用意するけどー?」

「んー、どーしよ」


 そうは言ったものの、心の内はほとんど決まっている。そもそもあたしは部員じゃないしね。

 そして何より、はっきり言ってあたしは不器用である。細々としたものは全般的に苦手だ。だから、こういう根気がいるようなものは性格的にも向いていないし、だからこそ出来る人は尊敬する。

 というわけで断ろうとしたら、視界に黄金色の毛玉が飛び込んできた。


 …………


 ……………………


 いやいやいやいや、きな子じゃん、あれ!

 しかも窓の外で浮いてるんですけど?!

 いや、それはいい。よくないけどいいとして、何かあたしに訴えかけようとしてるのは何?!

 通じるかどうかわからないけれど、目くばせと顔の動きで上に来いと伝えてみる。

 ………伝わったかな? なんかきな子もうんうんと頷いているけれど。


「や、あたしは遠慮しときます、それじゃ!」


 ガタッと大きな音を立てて扉を開けて、その勢いのまま屋上に向かう。


「そんなに急がなくても……それか何か約束でもあったし?」

「ぶちょー、そろそろ始めましょうよー」

「わかったし。んじゃ説明するから聞いて」



  ◇  ◇  ◇  ◇



「きな子!」

『ケーン!』


 あたしを見つけたきな子は、柵を越え飛びつくような勢いで、あたしの目の前にやってくる。

 きな子はとても賢い狐だ。空を飛んだり火の玉を出したりするので普通の、というかそもそも狐といっていいかわからないけれど。とにかく、常識的な判断はできる子のはずなのだ。

 そんなきな子が空を飛んでまであたしのところに来るなんて、何かあったに違いない。

 落ち着く為に一つ大きな深呼吸をし、覚悟を決めてきな子と向き合う。


「きな子、何があったの?」

「ケェン?」


 あたしの顔を見たきな子は、可愛らしく鳴きながら小首を傾げ、え? なんで? と言いたげな目で見つめてきた。


 んぅ??


『ケェン………ケェン?』


 鼻をスンスン鳴らしながら、あたしの周りをぐるぐると何度も回り、うそ? ちょ、まじで? え? 何もないんすけど? 的な声をあげる。

 いやいやいや。あたしに言われても困る。というか、きな子が何でここに来たかも知らない。


 何度かそれを繰り返した後、あたしから少し距離を取ったかと思うと、4つの足を大きめに開き、そして頭を少し低くした体勢をとる。

 いわゆる、犬とかが威嚇したりするポーズだ。


『ケェーーーーンッ!!』


「うわっ!!」


 突如、あたしの身体が炎に包まれた。

 え? 炎?

 ちょ、ちょ、ちょっとまって! どういうこと?! 熱いあついアツイ火傷しちゃう死んじゃうあれ熱くないいいぃぃっ?!?!


「き、きな子?」

『ケ、ケェン?』


 そしてやっぱり、わけが分からないって顔をしていた。多分お互いに。

 うん、ていうかですね。


「こら! いきなり炎出したりなんかしたら危ないでしょ! それにまた空なんか飛んだりして!」

『ケ、ケン………』


 耳と尻尾をしゅんとさせて反省してますよアピールするきな子。


「きな子………?」

『…………………』


 本当かなー? そんな気持ちを込めて見つめてみる。

 ぷい、と視線を逸らし、誤魔化すかの用に毛繕いを始めるきな子。


「じぃぃぃ………」

『…………………』


 それでも見つめていたら、こてっと寝転んだり、くるっとひっくり返ってお腹を見せてきたり、全力で媚びてきた。


 くっ、可愛い。


「もぅ、今回は誤魔化されてあげるんだから、次から気をつけてよね」

『ケェーン!』


 あたし何で、空飛んだり火を出したりする狐に説教してるんだろう?


 ふと、そんな現実離れした状況をおかしく感じながら、全力でモフってやった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「は?! 浴衣は浴衣、素のままの方が絶対いいって!」

「何いってんの! せっかく自分で作るなら浴衣ドレスの方が絶対いいって!」


「初心者だからこそ最初は基本を抑えるんでしょうが!」

「教えてくれる人がいるからこそ、多少難しいものでも挑戦するんでしょうが!」


 きな子を存分にモフって部室に戻ってきたら、普通の浴衣か浴衣ドレスかの論争に発展していた。


 ……どうしてそうなったし!


 ていうか、普通の浴衣も浴衣ドレスもどっちも可愛いよ? 自分の好きなほう作れば良いだけの話じゃないの?


「あれ、ボクの作る分についての話なんだ……」

「あ、はい」


 晶の背中には哀愁が漂っていた。

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