第28話 それがすごく安心した


 その女の子は随分可愛らしい感じの子だった。


 見た感じだと中学生くらいかな? 小顔のせいで、そこまで身長高いわけでないのにすごく頭身が高く見える。なにあれ羨ましい。

 ボリュームのある、ゆるく波打つパーマがかかった髪をツインテールにしており、カジュアルなタンクトップにシースルーのシャツ、それにショートパンツというありふれたデザインだというのに、その子の可愛さを存分に引き出している。


 方向性は違うけど、美少女っぷりだと晶といい勝負かな?


「みやこちゃん知り合い?」

「いんや、まったく。あきらは?」

「ボクも全然」


 てことは、人違いか何かかな?

 よし、君子危うきに近寄らずだ。


「人違いですよ~」

「………(ぺこり)」

『ケェン』


 そそくさと隣を通り過ぎようとする。うん、あたしの第六感が早く帰れと訴えている。


「ちょ、ちょっと待ちなさいってば!」


 無視される形になったのか、スルーしようとしたあたし達に、顔を真っ赤にして突っかかって来る。

 ちっ、無理だったか。


「このひよりを無視しようだなんていい度胸だわ」


 ふふん、とばかりに胸を張って絡んでくる女の子。しかも、自分のことを知っているでしょと言わんばかりの態度。

 ヒヨリって名前ねぇ……もう一度思い出そうと考えてみるけれど、やっぱり思い当たる節はない。

 そんな困惑してるあたしを、その女の子は小ばかにするように肩をすくめる。


「そこのでっかいのはひよりのことは知らないかもね、でもそっちの子ならわかるんじゃない?」

「ボク?」

「そうよ。そのワンピ、ブランドKSKの夏の最新作じゃない? サンダルもこないだのコラボのやつだし、まだ雑誌にも取り上げられてないはずよ。そういうのに興味ある子なら、私の事とかどこかで見たことあるはずよ」


 あー、なるほど。このヒヨリちゃんとやら、雑誌とかのモデルか何かしてるのね。それじゃ、あたしが知ってるわけないや。あっはっは。はぁ………


 それで晶は知ってるの? と視線を送ってみるけれど、知らないと顔を横に振るだけ。

 そりゃあそうだろう。自分で選んでるんじゃなくて問答無用で着せられているだけだもの。ていうかおばさんブランド物のとかどれだけ買い込んでるんだろうか? 聞くのが怖い。


「ボク、そういうのあまり興味ないんで、それじゃ」

「なっ、あなた!」


 話は終わりとばかりに去っていこうとする晶。結局何だったんだろうと首を傾げながらそれに追随しようとするのだけれど。


「ちょっと可愛いからって調子に乗って! 胸もひよりより大きいからって生意気! パットじゃないの、これ?!」

「ぅひゃあっ!」


 急に、女の子に胸を揉みしだかれる晶。

 え? 何かどうなってんの?


「はぁ?! 本物だしムカつく。なにさ、これブラもかなり良いの使ってない?!」

「ちょ、やめ、それ……ぁん」


 んぅ?! 晶、最後のそれ何?! どういうこと?!

 ちょっとお腹の奥がぐつぐつしてくるんですが!


 そんなあたしの心のうちを知ってか知らずか、きな子が2人の間に割ってはいる。


『ケェン!』

「ちょ、この子! あん、もぅ、仕方ないわね」


 案外あっさりと女の子は離れてくれた。そしてきな子が気になって仕方が無いという風に、チラチラと視線を送る。

 晶はというと、ちょっぴり涙目になりながら胸を隠すように後ずさっていた。


『ケーン?』

「んもぅ、あなたジャレすぎ。あはっ」


 甘えるようにじゃれ付くきな子に、先ほどまでの顔はどこへやらのヒヨリさん。


 あ、はい、なるほどね。

 この子、さっきから絡んで来たのはきな子と遊びたかったってわけね。


 うん。わかるか!


「きな子、やっておしまい!」

『ケンケェーン!』

「あはっ、ちょっとくすぐったいって! あはははっ」


 持ちうるあらゆるテクでもって甘えるきな子。

 そんなやり取りを見ていた周囲の人もいつの間にか集まってきていて、きな子に触れ合う。

 きな子もちやほやされて満更じゃない様子。

 どうやら、目立ったりちやほやされるのが好きな性格のようだ。


 狐は人を化かすというけど………うーん?



 その後1時間以上遊ばれ、ぐったりとするきな子であった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 日付は変わって日曜日。

 なんだかんだで昨日は帰ったら夕方近くになっていたので、苗を植えるのは翌日である今日に持ち越したのだ。


「さー、家庭菜園を作るぞー!」

「おー」

『ケーン!』

「ちょっと、あんた達、こっち向きなさいよ」


 お寝坊してノロノロ起きてきたので、太陽はもう中央に近い。

 あたしがもそもそと庭に出てきたのに気がついて、晶も合流したのだ。

 きな子は最初から庭で日向ぼっこしており、昨日見かけた女の子が庭の柵から顔を出していた。


「水遣りのこと考えると、どこに置いたらいいんだろうね?」

「みやこちゃん、ホースかなにかあったっけ?」

「物置探して無かったら無いかなぁ」

『ケェン?』

「ちょっとぉ、おーいってば!」


 プランターを置く場所は日当たりの良い庭先、とだけ決まってる。

 植物を育てるってことは水も必要になるし、そうなると水場のこととかも考えないといけないよね。

 ジョウロくらいあったかなぁ?


「そんなに大げさなものじゃないし、水遣りなんて最悪コップでやればいけるんじゃない?」

「それもそうだね」

『ケーン』

「無・視・し・な・い・で・よ!!」


 ……………

 いい加減無視するのも難しくなってきた。

 塀から顔を出してこちらを伺っているのは昨日の女の子ことヒヨリちゃんである。


「ええっと、何の用かな?」

「べっつにー? 特に用っていう用はないんだけどー?」

「はぁ………」


 うん、あれだね、多分ツンデレさんとかいうやつ。

 きっと好きな人は好きなんだろうけど……あたしそういう属性ないっていうかその……正直じゃない人は、うん、めんどい!


「はいはい、用が無いなら帰ってね。さよーならー」

「な、ちょ、な、まってよ!!」

「えぇぇ………」


「ほ、ほら、ひよりがいたら色々捗るし?」

「いや、結構ですんで」

「ひ、ひよりがいたほうが場が華やぐし」

「あきらがいるんで大丈夫」

「みやこちゃんそれどういうこと?」

「ひ、ひよりが、ひよりが……ひよりが……う、……うぐ、うっ……ひっく……ひよりが、ひよりがぁ」


 な、泣いちゃったよぉ?!

 明らかに年下っぽい中学生の子を泣かすとなると、さすがに体裁が悪い。

 しかもあたしんちの目の前だったりするし。


「きな子、ゴー!」

『ケーン』


 柵を飛び越え、ヒヨリちゃんの前に行って全力で甘えるきな子。

 全身で甘えたりじゃれたり、ぺろぺろしたりしている。

 そうしたら、あら不思議。泣いたカラスがなんとやら。


「ふ、ふん! ほら、この子がそんなに言うんならね!」

「あーはいはい、そこだと車が通るからこっち入っておいで。んでもって、そのへんできな子と遊……相手してて」

「ふふん、いいわよ。有難く思うことね」


 あ、うん。この子も存外チョロいな!

 あたしも(美味しいものを目の前にしたら)チョロっぽい自覚はあるけどさ!


 ちなみにヒヨリちゃんの恰好はワンポイントにリボンをあしらったカットソーにデニムのスカート。シンプルながらも、溢れんばかりの活発さと可愛さが同居していて、ぶっちゃけちょっとあんな子みたいに、なんて憧れるところもある。


 一方晶はと言えば、彼女が動とすれば静って感じのコーデ。

 真っ白なワンピース………ワンピースというよりかはサマードレスといったほうがしっくり来る感じの清楚さ、そして華やかさと可憐さが危うい状況でマッチしている上品な装い。麦わら帽子が非常によく似合います。

 そして一方あたしはというと………その………起き抜けやから大き目のTシャツにハーフパンツっていう寝間着のまんまやねん………


「…………あんた、そのワンピ、ていうかサマードレス」

「え、ボク?」

「見たことないデザインだけど、この特徴的な刺繍とか………偽者じゃ真似できないし、絶対KSKブランドのやつじゃない? どういうこと?」

「さ、さぁ?」

「むぅぅううぅぅ」

「裏地もタグも見せなさいよ」

「ちょっ! こんなところで捲らないでよ!」

「いいじゃん、ちょっとくらい。女同士減るもんじゃないし」

「減るっ! 減るからっ! ボクの中の色々なものが!」


 うんうん、美少女同士の微笑ましい絡みは見ていてほっこりする。度が過ぎればなんかモヤったりするし、片方中身男子校生だったりするけど。

 んぅ? てことはこれって逆セクハラ?


 ………よし、答えの出ないことを考えても仕方が無い。プランターを作ろう。


 まずは底に鉢底石を入れる。

 最初鉢底石なんて存在自体知らなかったし、入れる予定はなかったのだけれど、土の隣で『プランターに最適!』なんてポップで煽られてついつい買ってしまった。値段も高くもないし、量も少ないからかさばる物でもなかったしね。


 次は野菜用の土だ。

 ジョキジョキとハサミで袋を半分だけ開ける。そこから水を流すような感覚でプランターに入れようとするのだが………大きいし重いしで結構むずいな。

 うん、ここは素直に手伝ってもらおう。後ろの方を持ってもらって流し込みやすくするだけで随分変わるはずだ。


「ね、あきら手伝っ…………何してんの?」

「さ、さぁ?」

『ケェン』


 警戒するように後ずさっている晶に、ドヤ顔で麦わら帽子をかぶって立ち塞がるきな子。そしてレスリングの選手というか、熊が襲い掛かるような両手を上げたポーズで威嚇するヒヨリさん。しかし表情は満面の笑顔だ。

 うん、一体どういう状況なんだろう?


「ま、いっか。あきら、ちょっと持つの手伝ってよ。きな子はそのちみっこいの相手してあげといて」

「はぁ?! ひより、ちみっこくないし! ちょ、この、もふもふ、あはっ!」

『ケェーン!』


 相変わらずあの子チョロいな? きな子も対外チョロいけど!


 駆けずり回るきな子達を横目に、晶が前で受け口を狙ってもらって、後ろであたしが持ち上げて量を調整する。

 適度な量の土が入ったら、小さい頃に砂場遊びとかで使っていたスコップでそれっぽい穴を作り、昨日買って来た苗を植え込む。

 最後にいい感じになるように土をかぶせて水をやればおしまい!


「みやこちゃん、雑すぎ」

「え゛」

「スコップ貸して」

「はい……」


 とまぁ、晶にダメ出しを入れられました。

 うん、言うだけあってあたしがやった時より心なしか形が綺麗な気がする。

 同じ園芸初心者のはずなのにこの差は一体……女子力、女子力の差がそうだと言うのか! うぅ……




「水遣りどうしよう?」

「んー、ボクんちにジョウロあるかどうか見てみる」

「わぁ、おねがい」


 晶にジョウロを探してもらっている間、どこにプランターを置くか考えてみる。

 日当たりがいいのが第一条件として、日当たりがいい場所ってのは洗濯物を干す場所にも使われてるってことなんだよね。

 んー、毎日ってほどじゃないけど、頻繁に水遣りをしなきゃなんないってことを考えたら、出入り口に近い場所の方が捗るはず。


 というわけで、じゃん! リビングから外の庭に出てすぐの壁際!

 ここなら部屋の中から窓開けて直接水遣りとかもできるはず! 履物使わずに出来るというのは、いいポイントだと思うの。


「みやこちゃん、あったよ。昔使ってた子供用のやつ。あと先っちょのシャワーにする部分のやつないけど」

「ありがと。そこは無くてもなんとかなるよ」


 さっそくジョウロに水を入れて、苗にあげてみる。


 ………


 ………………


 なんだろう、このよくわからない感情は。

 水を浴びて水滴を反射させる苗を見ていると、なんともいえない感覚に陥ってくる。それは決して嫌なものじゃない。


 この苗はあたしが買って、あたしが育てると決めた。

 なんだか、この小さくも生きている苗を見ていたら、私が守らなきゃっていう思いが溢れてくる。



 なるほど、これが………これこそが、母性か!!!



 胸に広がりあふれ出す女子力が乳腺を刺激し乳房を肥大化させてくれるに違いない。

 そう幻視したあたしは両手で自分の胸に手を当てた。


「………みやこちゃん、何やってんの?」

「へ?! あ、いや、その、おっぱい大きくなったかなと………」

「…………………………え?」

「え、あ、その………ナンデモナイデス」

「……ふぅん?」


 そんな目であたしを見ないで! ちょっと夢見ただけなんだから!!



  ◇  ◇  ◇  ◇



「邪魔したわね、ひよりはこれで帰るわ」


 と言うなり、ささーっと帰っていってしまった。嵐のような女の子である。

 相手をしていたきな子はというと、遊び疲れたのかぐったりしている。


「あの子、またきな子目当てできたのかな?」

「そうなんじゃない? よくみやこちゃんの家わかったものだと」

「狐がいる家とか珍しいから、そのへんはすぐわかったんじゃない?」

「それもそっか」


 ヒヨリちゃん、か。モデルをしてる風な事を言っていただけあって、容姿は非常に愛らしい。

 うちに強引に押しかけたり我が儘っぽいところもあるけど、多分波長が合う人同士だったらすごく楽しめる子なんだろう。甘え上手とか世渡り上手っていうのかな?


 逆に波長とか合わなかったら、う~ん、ちょっと……な感じなんだけどね。

 


「あの子、ひよりちゃん? あれって男の子的にはどうなの?」

「んーそうだね、凄く可愛らしいし、モテそうっていうか、彼女にしたらすごく楽しそうな子かな」


 …………え?


「え? いや、うん? あー……そうかも?」

「でしょ? 甘え上手っぽいし、上手く振り回してくれそうっていうか、ボクみたいな受身な性格だと特にね」


 あれ? あるぇえ? どうしてこんな会話になってるんだろう? てか晶その発言どういうこと?!


「も、もしかしてあきらって、ああいう子が好みのタイプなの?」


 言って、しまった! って思った。

 そういうんじゃない。あーもう、なにやってんだよ、あたし!

 まじまじと晶の顔を見てしまう。


 言うな、聞きたくない、でもやっぱり聞きたいような。

 なんだよぅ、もう、あたし馬鹿じゃん。


「違うよ」


 …………


「…………」


 ………うん。


「ボクのタイプじゃない」


「……そ、っか……」





 今、すごく自分が安心したのがわかった。

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