第27話 女子力


 金曜日の朝は休日前の大きな山場というイメージがあり、気分も上がらない。

 しかしその山場を越えた土曜日の朝というのは、希望に満ち溢れているのだ。

 授業も半日だけだし午後から何しようか、どこいこうか、日曜はあれしよう、こうしようと考えるだけでも浮かれてくる。


 本日土曜日、うーん、トーストに塗ったイチゴジャムがいつもより甘い!


『――今年の夏は冷夏になると予想され、農作物への影響が懸念され――』

「あらやだ、野菜また高くなっちゃうのかしらね」


 テレビの朝のニュースと母が会話していた。

 そうか、今年の夏は農作物にとって大変なのか。


 農作物と言えば思い浮かべるのは神隠しの時に出会ったウカちゃん。


 食べ物を作ってるって言っていたけど、ニュースの事と何か関係あったりするのかな?

 何か知ってそうなきな子は………狐だし、意思の疎通が出来そうで出来なさそうというか。


 むぅ、晶の事も含めて知らないことばかりだ。





「なんだか受け身で流されてばかりな気がする」

「おはよう、みやこちゃん。朝から一体どうしたの?」

「あ、おはよ、あきら」


 特に約束もしていないのにも関わらず、今日も玄関先で合流。

 顔にかかっていた髪を掻き揚げて後ろに流し返す様も、ずいぶん様になってきたように見える。


「なんだか仕草とかすっかり女の子だよねぇ、前からそうだったみたい」

「え゛っ」


 しみじみとそんなことを呟いたら、晶が物凄い表情をして固まった。

 え、あたし変なこと言ったっけ?!


「みやこちゃん!」

「ん、なに?」

「ボク、もっと男を磨くよ!」

「うんうん、がんばって」


 胸の前で手を握って意気込みを宣言してくる姿はとても愛らしく、思わず頬も緩んでしまう。

 それが気に入らなかったのか、晶は不満げな顔をしていた。


 うん、その格好で男を磨くと言われても……ねぇ?



  ◇  ◇  ◇  ◇



 その日の授業中はなんだか上の空で、あたしは何をすべきか、そんなことばかり考えていた。

 物事には何においても、原因があってその結果があるという。

 すなわち因果応報。

 望まぬ結果であればその原因を取り除けばいいし、望む結果に導くにはその原因を執り行えばいい。


 あたし自身が経験した不思議な出来事といえば神隠し。

 神隠しと言えばウカちゃん。

 ということは不思議な出来事を深く知ろうと思うと、ウカちゃんに近づけば良いのではないか?

 そしてウカちゃんといえば巨乳、豊穣な作物におっぱい。大事なことなので言い方を変えて2回。


 つまり、不思議な何かを知ろうと思うと作物を育てて巨乳になればいいのか。

 むしろ巨乳になる為には作物を育ててればいいのか。

 実りを称える、母なる大地という言葉がある。

 土いじりとはすなわち女子力が高まりおっぱいも大きくなる効能があるんじゃないの?


 よしわかった育ててやろうではないか。さらば無乳!


「みやこちゃんスマホで何調べてるの?」

「園芸用品。その、女子力を育てようと思って」

「ジョシリョク……? ごめん、どんな字書くの?」

「お、女の子の力……」

「…………そうなんだ」


 見ているほうが切なくなるような笑みを返してきた晶。

 おのれ晶め、今朝の意趣返しのつもりか!






 そんなわけで帰宅後、お昼を済ませてから郊外にあるホームセンターに向かっていた。

 あたし一人で行くつもりだったのだけれど、晶も行くと言ってくれたのだ。


「家に居ると、母さんと2人になるから………」


 なんでも連日深夜までアニメを見ながらミシンを走らせているそうだ。その後の展開が手に取るようにわかってしまって辛い。

 強く、生きて………あたしにはおばさんを止められない。


 ちなみにあたしの恰好はというと、いつだったかと同じスキニージーンズに七部袖の大き目のシャツ、それとスニーカー。

 一方晶はというとクリーム色の生地に花柄プリントがされたノースリーブのチュニックワンピに薄手のケープ。ワンピはハイウェストでリボンで絞られており、花をあしらった厚底のサンダルにニーソックスがむき出しの太ももを強調している。

 ガーリーっぽい服だけど、小柄な晶が着るとどちらかというと甘ロリっぽい感じだ。


 というかですね。


「あきら、それパンツ見えそうなくらい短いけど大丈夫?」

「だ、大丈夫じゃないよ! 歩く時すごく気を遣うし靴もこんなの歩きにくいし! 絶対これ階段とかじゃ見えちゃう!!」

「何でそんなの着て………あ、ごめん、愚問だったね」


 晶は俯き、とても苦いものを口にしたような顔をして言う。


「それでもボクには、これの代わりにドピンクフリフリのゴスロリ着てホームセンターに行く勇気はなかった……」

「あ、はい」


 都子学んだ。あれこそ苦渋を嘗めた顔だということを。

 そして知った。今朝男を磨くといった晶に、何も言わない武士の情けという言葉を。





 最近暑くなってきたねという会話から、晶のおばさんが夏用のパジャマはベビードールかしらと不穏な事を呟いているので、どうにか回避したいという相談を受けていたら目的地に着いた。

 ………ベビードールって下着というよりランジェリーって言ったほうが的確なスケスケヒラヒラのあれだよね? 案外ギャップで似合うかもしれ………いやいやいや、まだ高校生ですよ? けしからん、エロけしからんです!!!


「みやこちゃん、急に頭振りだしてどうしたの?」

「何でもないですよけしからん!!」

「けしからんって何がさ?」

「へ? あ、あははははは」


 ともあれホームセンターである。


 ほどよい田舎の地方都市にあるホームセンターなので、その無駄に余ってる土地をあますことなく利用しており、駐車場を合わせればそこいらのアミューズメントパークに負けないくらいの敷地面積を誇る。

 事務OA用品館、園芸生活館、資材DIY館の3つの建物の他、同じ敷地にディスカウントスーパーや屋台、飲食店も併設されていて、見ているだけでもウキウキしてくる。

 もっともあたしとしてはディスカウントスーパーが如何に安さを売りにしているとはいえ、惣菜コーナーの8個100円のたこ焼きや178円の唐揚げ弁当なんか見ていると、安すぎてかえって不安になってしまう。

 そうなると狙い目は、そこいらでもよく売られているメーカーのお菓子とかになってくるのだ。確かに他の店より安いけれど、血眼になるほどってわけじゃないんだけどね。


「みやこちゃん、そっちスーパー」

「い、行かないよ?」


 なんだか信用されていないかのような視線を受けて園芸生活館に向かう。

 既に館の外では一部の駐車場スペースを侵略して、植物の苗やレンガや砂利等の石材、そして園芸用の土等が置かれている。そうだよね、土とか苗とか場所を取るから屋内に置ききれないよね。


 まずはどんな種類のものが置いてあるのか、苗のコーナーに向かう。

 目立つところではミニひまわりやバーベナ、マリーゴールドといったよく見かける花が置いてある。

 野菜はというと、メジャーどころでは茄子やスイカ、ゴーヤ、枝豆といったものが置いてあるが、植える旬の時期を少々過ぎているのか、育ちすぎている感じがする。


「みやこちゃん、何か目星つけてるの?」

「まずは茄子かな。『親の小言とナスビの花は千に一つの無駄もない』あたしも調べて初めて知った言葉だけど、それだけ育てやすいってことだから初心者には向いてると思ってさ」

「へぇ、そんな言葉ボクも初めて聞いた」

「でしょ? あとは、なんか枝豆って育てやすいとか聞いたことがあるからそれと、一つくらい何か物珍しいものにチャレンジしようかなって」

「なるほど」


 園芸という言葉しか言っていないのに、なぜか花でなく野菜を育てることが既定事項になっている気がするのは何故だろう?

 これが幼馴染の以心伝心ってやつ? 

 うぐぐ……なんだか悔しいので、花を探してやろうか、と思っていたら、あるコーナーの一角に目が留まった。


 ズッキーニ。


 フランスやイタリアでは実だけじゃなく花をつかった料理ってなかったっけ? こないだテレビか何かでやってるのを見たぞぅ。


「よし、3つ目はズッキーニにしよう」

「あ、それこないだ花ズッキーニを揚げてるのテレビで見たよ」


 にこにこ笑顔の晶さん。うん。心を見透かすなよぉ!



 屋内の方はというと、風呂や台所の洗剤、小物、清掃用品をはじめ、カーテンや畳、寝具用品、クッション、そして一部の区画で薬品類など生活に必要なものを置いてある。

 屋内の園芸関係の商品といえば、プランターや草刈り機、肥料や植物の種、作業着なんかが置いてあったりする。


「ねね、あきら。作業着コーナーに甚平あるの、不思議だよね。浴衣は売ってないのに」

「いかにも職人って感じの人が着てるの想像したら、ありじゃない?」

「うーん、納得するようなしないような」

「ボクもああいうの着たら男っぷりが上がるかな………」


 いえ、多分おばさんにふりふりした可愛らしいのに改造されると思います。


 それはさておき、植えるものが決まったので、それに合うようなプランターを選びに来たのだ。

 茄子と枝豆にはプラスチック製のよく見かけるような形の鉢植えを、ズッキーニは結構広い場所が必要になるそうなので、底は浅めで広い大きな洗面器みたいなものを選ぶ。


「うーん、肥料か」

「なんか野菜用に適した土が売ってるし、とりあえずはいらないんじゃない?」

「予算の都合もあるし、今回は見送っとこ」


 色んな種類があって値段もピンキリ、正直どれを買っていいかわらかん!


 屋内での会計を済ませ、外で土と苗を購入することにする。ううむ、中と外で会計別とかちょっとめんどい。

 苗は予定のものを1株ずつ、土は容量30リットル野菜用の土と銘打った袋に入ったもの、それから要るかどうかわからないけど鉢底石を買った。

 合計締めて2204円。高いか安いか判断に困る数字だ。


 30リットル入りの袋の土は一抱え程もあり、小柄な晶が抱えて持とうとすると前が見えなくなりそうなほどの大きさがあった。あと両手を使えば持ち歩けない程ではないけれど、地味に重い。


 ううん、持って帰る時の想定が甘かったかな?


 晶に持たせるわけにもいかないので、土はあたしが抱え込み、プランターと苗を持ってもらう。『ボクが持つのに』と男気(?)を見せてくれているけど、ダメダメ。あたしの体裁が悪い。

 さぁ、頑張って気合入れて持ち帰るぞー! と意気込んだところで、ホームセンターの敷地の出入り口に見慣れたモフモフがいた。


『ケェーン!』


 きな子だ。あたし達に気付いて近寄ってきたかと思えば、目の前でちょこんとお座り。その際『ケェン?』と可愛らしく鳴いて首を傾げることも忘れない。うん、今日もいいぶりっ子だ。騙されてやる(モフモフ)!


「え、うそ、あれ狐?」

「尻尾と耳おっきー、さわりたーい」

「スカーフ? あの子飼われてるの?」


 うん、凄く目立っていた。そりゃあ、街中で狐なんて珍しいし目立つ。

 しかもきな子はその視線を意識しているのか、目が合った人には鳴いて挨拶し、あたしに猫のように頭をこすり付けてなついてる私可愛いでしょアピールをするなど芸が細かいから、更に注目を集める。


 何か厄介なことが起きる前に帰ろうと1人と1匹を促すと、きな子はあたしが抱えてる土に興味を持った。あたしの顔と土、そして自分の背中を何度も交互に見てくる。


「え、背中に載っけろ?」

『ケェーン!』

「きな子と同じくらいの大きさあるよ。大丈夫?」

『ケンケェーン!』


 むしろ載せてくれないとイヤとまでの言う。なにこれ芸が細かいじらし可愛い。

 しかも載せたら載せたで、可愛いだけじゃなくて頼りになる感を演出して揚々と歩き出す。コイツ、できるな! 周囲の人も指差して歓声上げてるし!


 あまり目立つのも、晶が恥ずかしがるし、まぁあたしも気恥ずかしいのでさっさと帰ろうとする。

 するのだが。


 仁王立ちした1人の女の子に立ち塞がれた。


「ちょっとあんた達待ちなさいよ!」


 あたしの方が待って欲しい。


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