第26話 女子の群れ
「おはよう、みやこちゃん」
「おはよ、あきら。夏服も似合ってるね」
「そう言われるのも微妙だけど……」
「まぁまぁ、可愛いからいいじゃん」
6月に入ったので夏服に衣替えしたのだ。
2人とも半袖のブラウスに薄手のスカートに身を包み、まだまだ寒い日もあるのであたしはカーディガン、晶はサマーベストを着ている。
「うぅ、今日の体育どうしよう」
「いきなりどうしたの、あきら?」
きな子がやってきた翌朝、最初の話題がそれだった。
「身体が変わったから、ちゃんと運動できるかどうか不安?」
「それもあるけど、その……着替えどうしたらいいかなって」
「女子更衣室でいいんじゃ?」
「ダメでしょ」
「ダメかな?」
「ボク男だよ?」
「…………」
「ちょっと何その沈黙」
ジト目で睨まれた。
うーん、でもだってねぇ?
あたしの腕にもすっぽり収まるくらいの小柄な身体。そのくせ制服の上からでもはっきりとわかる胸の双丘。指の引っかかりを感じさせないサラサラの髪は艶があるだけじゃなく、近くで嗅ぐといい匂いがするのも知っている。
さらには細かい所によく気が付いて世話してくれる上に、料理が上手い。なにこれあたしよりよっぽど女子力高いんですけど。どうしよう嫁にしたい。
それになー、うーん。
「別に今更晶に見られても困らんし?」
「ぼ、ボクが困るの!」
「一緒にお風呂入ってたじゃん」
「何時の話さ! それにみやこちゃんが良くても、他の人はそうじゃないでしょ!」
「むぅ、それもそうか」
そんなわけで登校後すぐに職員室に行って、担任の英子ちゃん先生に相談してみた。
「え、どうしよう。そういうの全然考えてなかった」
という、心強いお言葉を頂いた。
英子ちゃん先生は、今日も大きな垂れ目が眠そうで、投げやりに対処されてる感を助長している。
………本当は違うよね? ね?
「ボクとしては切実な問題なんですけど……」
「そうよね。うーん、でもそういう手術をしたっていうわけじゃなくて、生物学的にも完全に女性になってるでしょう? だから学校としては他の女子生徒と同じように扱うしかないんだよね」
「ボク、中身は男ですよ? 男に着替え堂々と見られるのって、問題あるじゃないですか」
「……………」
「……………」
「………男?」
「先生、首傾げないでください!」
「案外皆気にしないと思うんだけどねぇ……?」
「それは先生だけです!」
顔を真っ赤にして抗議する晶。その、なんていうか、自分で男だと主張する美少女に違和感しか感じない。
幼馴染のあたしでさえそうなのだ、英子ちゃん先生もこちらにどこか同意を求める視線を送ってくる。
英子ちゃん先生の言い分もわかる。そしておそらくはその通りなのかもしれない。だけれども、それとは別に懸念するべき事態があるのだ。
「先生、いいですか?」
「何かな、宮路さん?」
「女子の群れに放り込んだら、逆にあきらが犯されると思います」
「そっちがあったか」
「えっ?!」
女子でも押せば倒れそうな小柄で華奢な身体に、不釣り合いな大きさの胸、そして元男子という事実。
好奇心に強い群れた女子達は、着替えと共に自制心も脱ぎさって揉みくちゃにするに違いない。
ブラなんか剥ぎ取られて、代わるがわる直に揉まれるくらいはされるんじゃないかな?
なんだか考えただけでちょっとムカムカしてきた。あたしだって揉むどころか見たこともないんだぞう。ちょっと触れただけだし!
「じゃあ、どこか空き教室使えるよう手配しとくよ」
「頼みましたよ~、先生」
「むぅ……」
晶だけが、どこか納得いかないって顔をしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「確かに、そういう事態はありそうだね。楠園君は可愛いから」
「そりゃどーも」
教室で先程の職員室でのやりとりを話すと、つかさちゃんはクツクツと笑い出した。晶はぶすーとした顔で不機嫌そうだ。
「そういやつかさちゃんはどうするの?」
「どうするって、体育の着替え?」
「そうそう。別室用意してもらうなら今のうちに言っといた方がいいんじゃない?」
「いやいや、そんなの勿体ない」
ニッ、と猛禽類のような笑みを浮かべて楽しそうな表情をするつかさちゃん。
「男子の着替えとか気にならない? うちの学校運動系に力入ってるから、筋肉とか気になる人とかいるじゃん?」
「あー、朝練やってるとことかだと、すごい人とかいるね。つかさちゃん、そういうの好きだったっけ?」
「別にそんな好きとかいうわけじゃなかったけど、合法的に見られるんなら見たくなるもんじゃん?」
「うーん、そんなもんかなぁ?」
「女子でも、着替えの時に胸の大きい人いたらついついチラ見してたのと一緒の感覚よ」
「なるほど!」
そんな事を話しながら晶の胸に視線を移す。
うん、華奢な割に結構な大きさ。どうなってるか生で見てみたくなる。なまじ自分のが小さい(誇張表現)だけに!
会話の内容と視線でどこを見られているか気づいた晶は、自分の身を抱きかかえるようにして後ずさる。
「み、見せないからね!」
「晶が心開いてくれない!」
「それと胸を見せるのとは関係ないから!」
「ケチー」
◇ ◇ ◇ ◇
体育の授業はお昼直前の4限目だ。身体を動かしお腹が空いたあとにお弁当とは最高の時間割である。
晶はというと、生物室やら視聴覚室やらがある特別授業棟の普段使っていない倉庫で着替えることになった。
教室から離れているのと、カギの開け閉めの為に一旦職員室に寄らないといけないので面倒臭そうだ。
今日の体育は隣のクラスと合同で、男子はサッカー、女子はマラソン。
女子はひたすら走るだけかー! てブーイングが出ているけれど、あたしは結構マラソンは好きだったりする。
うちの学校のマラソンはただひたすらグラウンドを走るんじゃなく、学校周辺のおよそ5キロ程のコースを走る。
そのコースもいくつかあって、今回はどこのコースかなとお散歩気分で走れるのが気持ちいいのだ。
あと競技とかと違ってルールとか駆け引きとか小難しい事考えず身体を動かせるし、走って走って、しんどさの壁を突き破ったあとの爽快さもたまらない。
「みやこちゃん、それランナーズハイだから」
「え、そうなの?」
肩を並べて走る晶に突っ込まれた。
今日のコースは通称田畑見学コース。
学校側から山手の方には田んぼを初め葉菜、果菜、根菜など様々な畑が広がっていて、その先にある何かの遺構だかで、何もなさげな場所を折り返してくるコースだ。
「うーん、きもちいー」
初夏の独特の日差しの中、勾配も少ない道を緑を見ながら走るのはなんとも贅沢に感じる。風が頬に当たる感触もなんともいえない。
畑を見てみれば枝豆やトマトといった、見慣れた野菜が実をつけはじめているのもわかる。収穫にはもうちょっと先かな?
畑のずっと向こうには大きな立体の幹線道路や高速道路、電車が走っていたりするのが見える。田舎の生命線だ。
近辺を走る殆どの車はそこを通っているので、あたしたちの走るコースに来るのは農家の人の軽トラばかり。景色もいいし、走るには打って付けの場所だ。
「それにしても、よくあたしに付いてこれてるよね」
天気も景色も良くて気分が高揚してたから、結構なペースで走っていたのだけれど、晶があたしと並走しているのに少々驚く。あんなに身体ちっこいのに。
「持久走は体格がよければ有利ってもんじゃないし。ほら、マラソン選手にマッチョな人とかあまり見ないでしょ?」
「あーそう言われてみれば?」
身体が小さい分、体力の燃費は良くなっているのかもしれない。
あのおばさんに付き合わされてるのだもの、体力は鍛えられていてもおかしくはない。
先頭グループに近い位置で、この後のお昼が如何においしいか、如何に楽しみかを力説しながら走る。
そうこうしているうちに、折り返し地点の遺構にまでやってきた。
パッと見体育館位の広さの土地に、柱やらの跡が残されているだけの何もないところだ。
案内板によれば、源平の時代には既に今のような何もない跡地になっていたらしい。
唯一目を引くのはお寺とかでたまに見かける、ボロボロになった四角やら三角やら丸を象った石を積み上げたものがあるくらいで、案内板によると五輪塔というものだそうだ。
そんな何もないはずの場所に、先頭集団の何人かが足を止めて集まっているのが見えた。
「なにこれ可愛いんだけど」
「すごく毛並みいいよね」
「スカーフ巻いてるし、どこかで飼われてるんじゃない?」
「撫でても大丈夫かな?」
『ケーン!』
どこかで聞いたような鳴き声に、思わず晶と顔を見合わせてしまう。
「きな子?」
『ケェン!』
案の定人だかりの中心にはきな子がいた。
あたし達に気付くと媚びたような鳴き声をあげ、犬のように尻尾を振ってくる。ちなみに尻尾は1つにまとめている。
「宮路さん、知ってる子?」
「知ってるというかなんていうか……賢い子だよ」
「触っても大丈夫?」
「尻尾は嫌がるからそれ以外なら……だよね、きな子?」
『ケェーン』
言うや否やモフられはじめるきな子。あたし達より後からきたグループもなになにと合流し、モフられる。
ちやほやされて本人も満更じゃない様子。うん、まぁそれはいいんだけどね。
「きな子、何しに来たんだろう?」
「みやこちゃん、あれ」
「え?」
遺構の五輪塔の下から、黒いモヤのようなものが漏れ出していた。
「なに、あれ………」
「わからない、けど………」
みんなはきな子をモフっているおかげか黒いモヤに気付いていない。
晶は緊張で貌を強張らせつつも、まるでモヤからあたしを護るかのように身体を割り込ませる。
……あれ、でもあのモヤどこかでみたような……
『ケェーーンッ!』
「きゃっ!」
「なになに?!」
「この鳴き声って、この子やっぱ狐?!」
急にきな子が遠吠えのように吠えたかと思ったら、モヤが燃え上がって霧散する。
え、なに? 何が起こってるの?
きな子の方を見ると、すました顔をしてモフられている。
「一体何がどうなってるの?」
「あたしにもさっぱり」
◇ ◇ ◇ ◇
帰宅すると、庭先ではきな子が丸まって寝そべっていた。
「きな子」
『ケェン?』
あたしに気付いたきな子は立ち上がり、こちらを向いて何か用? とばかりに可愛らしく泣いて首をかしげる。いちいち芸が細かい。
「昼間、あそこにいたのは偶然じゃないよね? きな子がここに来たのは、あの黒いのと何か関係あるの?」
『ケン(コクコク)』
「あたしたちに何か悪さしに来たんじゃないよね?」
『ケ、ケンケン(ブンブン)』
ほんとかなぁ、とジト目できな子を睨んでみる。
きな子はというと無邪気な瞳で『ケェン?』と媚びた鳴き声を上げたかと思えば、ぽてんと転がりお腹を見せてくる。
くっ、計算し尽されたその行動、可愛いと思わざるをえないっ!
「ま、いいけどさ」
その後思いっきりお腹をモフった都子であった。
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