第24話 ボクが、護るから
「つまり、あたしがお昼を食べに戻らず、夕飯にも帰ってこなかったので何か事件に巻き込まれたと思った、と」
時刻は夜の9時過ぎ、あたしの家のリビングには両親と晶、おばさんが集まってお説教タイムが展開されていた。
「朝あんなメッセージ送ったっきり、お昼に戻った形跡もないし、夕飯にも戻ってこないとか一大事だって思うじゃん!」
「そうよ、私だって夕飯の時間になっても降りてこないと思ったら、晶……君? がお昼も居なかったって言うし、携帯も財布もそのままだし」
「あ、あのおばさん、君付けのところで迷わないで欲しいかな……」
「あらやだごめんなさいねオホホホホ」
まぁ確かに年頃の娘さんが帰ってこないとなれば一大事だと思う。
でも、まだそんな慌てるほどの時間じゃないと思うんだけどなぁ?
「俺も都子が朝から財布も持たず何も食べず夕飯になっても帰ってこないなんて聞いてビックリしてね、そろそろ警察に届け出ようとしていたところだったんだぞ」
「そうよ、みやこちゃんが何も食べないままご飯に戻ってこないとか大事件だと思うわ」
うん、何か焦点が食に集中しているよね?
あたしに対する認識ってどんなのかな?!
全く花も恥らう乙女をなんと心得るか。
「ま、まぁあたしの話も聞いてよ。信じてもらえるかどうか分からないけどさ」
早朝やること無くて散歩に行ったら狐に出会い、鳥居を潜ったら消えたので追いかけたら異世界みたいなところに出た。
そこで凄い(巨乳の)美人さんことウカちゃんがいておっぱい論争になる。
和解し、覚醒したウカちゃんが物凄く大きな樹を生み出し、友達になって帰ってきた。
そんなことをざっくり手振りを交えながら説明する。
なんだろう?
自分で言ってても要領を得ない内容だ。
結局晶に関することは何も得られなかったしね。
「それ、神隠しじゃないか?」
お父さんがそんなことをいう。
「まさかぁ、ちょっと異世界っぽいとこに行って、ちょっと人間じゃ無さそうな人とお友達になっただけだよ?」
「まんま神隠しじゃ」
「で、でも戻ってこれたし?」
「でも戻ってこられなくなる可能性もあったよね?」
あ、あれ? そう言われるとそんな気がしてきた。
もしかして、あたし結構ヤバイ状況だったんじゃ………
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
5つの沈黙が重なる。
う、気まずい。
「みやこちゃん……」
隣に座る晶があたしに身を寄せ、ぎゅっと両手で手を掴んでくる。
瞳を潤ませ心配そうに見上げてくる顔は、気遣われているにも関わらず庇護欲を誘う。大変愛らしゅうございます。
「だ、大丈夫だよ。ウカちゃん悪いモノじゃないと思うし」
晶だけじゃなく、全員から本当かな? と疑いの眼差しが突き刺さる。
ご、ご飯作ってる人に悪い人なんていないよ! きっと!
◇ ◇ ◇ ◇
「みやこちゃん忘れ物ない? あとリボン曲がってるよ」
「う、うん、大丈夫だから」
次の日晶はいつもより近い距離で、そしていつもより過剰に甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
歩いてる最中も視線をちょくちょくあたしに送ってきて、なんだか落ち着かない。
まぁ昨日が昨日だし、心配する気持ちもわかる。逆の立場ならあたしもそうする。
心配かけた罰だと思って、しばらくはされるがままにされとこう。
「やぁ、おはよう2人共」
「はよー、つかさちゃん」
昇降口でつかさちゃんに出会う。他の人の目もあるのでヅカモードだ。
いつもならここで手を握ってきてナンパまがいのことをされるものだが、今日はそれがこない。
晶が素早く身を挺してブロックしていた。にっこり笑顔で。
「楠園君も今日も可愛いね」
「それはどーもおはよう、江崎さん」
まるで小動物に護られているような感じがして、これはこれでほっこりする。抱きしめてもいいかな?
「何だか今日は、いつもより距離が近いんだね?」
「あはは………昨日ちょっと色々ありまして」
「えっ」
なんかやけに目を泳がせて動揺するつかさちゃん。
「ど、どういうこと?! 2人の距離が縮まるような出来事があったってこと?!」
「そのぉ、なんていうかですね………神隠しに会ってしまいまして」
「えっ」
今度は目をカッと見開いて、固まるつかさちゃん。
目の前では晶が大きくため息をついている。
いきなり『神隠し』なんて聞きなれない単語を聞いたらそうもなるでしょう、はい。
「ど、ど、ど、どういうこと?!」
「さ、さぁ?」
「そ、そそ、そんな事があるわけ……あ、いやわたしも楠園君も十分非常識か」
とまぁ、自分で言いながら納得してくれた。
あたしだってよくわかっていないのだ。
何故、とか何で、とか聞かれても困る。
「それで、楠園君がその距離なのね」
「みやこちゃんは目が離せないから」
そんなことを言いながら、神妙な顔で見つめ合う2人。
うぅ~、なんだか手の掛かる子扱いされてる気がする。
◇ ◇ ◇ ◇
「ちょっとあんた達、近くない?」
「ですよねー」
そんなつっこみを入れたのは、お昼時間に顔を出した部長さんだ。
多分借りてたラノベの話をしに来たのだと思う。
晶はというとあたしのとなりに椅子をぴったりくっつけて、お弁当を食べるのに邪魔にならないぎりぎりの距離で箸を動かしている。
食事中だからこの程度で済んでいるけれど、今日は中休み毎にあたしの傍まできてはぴったりくっついていたのだ。
その様子はクラスでどう見られたかというと『侍らされてる』『どんな弱みを握ったの?』『楠園君あんなに健気なのに……』『宮路うらやまけしからん!』といった感じで、あたしってばどう見られてるんですかね?!
その晶本人は心配するような目であたしを伺ってくるので、まぁこんな顔をされたら邪険にはできないよねー。
「で、あんた何やらかしたし」
「あたしっすか!」
「は? 何もしてないの?」
「あ、はい。実はですね……」
さすがに神隠しなんて事を大っぴらにする話でもないので、小声でざっくり昨日の出来事を説明する。
「はぁ、あんた何やってるし」
「あははは……」
「呆れたのはあんただけじゃない、晶もだし」
「ボク……?」
いい? よく聞きなさいよと言わんばかりの仁王立ちで、声高に言い含めるかのよう指先を晶に付きつけた。
「束縛しすぎると、返って誰かに掻っ攫われる!」
「部、長……?」
「確かに、適度の束縛は愛情の裏返しみたいなもので可愛いものだと思う。だけど、行き過ぎると男は窮屈に感じて………他の女に走ってしまうわ」
と、悔しさを滲ませた部長さんが、俯きながら目に涙さえ浮かべながら、妙に実感の籠もった説得力のあることを言ってのけた。
「不安になるのもわかる、もし離れて行ったとしても、最後は自分を選んでくれるよう己を磨いて頑張るんよ!」
悲哀に満ちた、それでいて覚悟を決めた顔で「あーしも信じてるし」何て言っている。
さて、部長さんは本来ヒエラルキー上位のギャルグループである。
そんな彼女が熱弁をふるっていれば、それはもう目立つ。
「白石、あんた……」
「まこっちマジ健気……なにその元彼浮気したの?」
「ええっ~、白石さん料理とか裁縫とかめっさ上手いのにその男信じらんない」
「そんな男忘れて次いこうよ、次」
案の定うちのクラスのギャルグループが寄ってきた。
なんだか部長さんを慰めている。
「ううん、大丈夫。可能性が無いわけじゃないし、あーしまだ頑張るから!」
部長さんはといえばそんなことを言っているけれど、都子知ってる。
あれ、好きなラノベの推しヒロインと主人公のことだって。
「そういえばまこっち、よく休みの日とか都合付かない時おおかったよね?」
「え、マジ? デートとかしてたん? うわぁ、気付かなかったわー」
「ね、ね、どんなとこ行ってたりしてたん?!」
「んー、結構色んな場所いったねー、 結構人混みがあるとこが多かったかな?」
それ、コスプレイベントか何かですよね?
「でもまじ真琴捨てるなんて最悪、そんな男やめときなよ」
「そうだよ、その男何股もかけてそうじゃね?」
「可能性があるっていっても、他のにしたほうが絶対いいって」
「何度も悩んだけど、あーしの好きって気持ちに嘘は付けないから……だからあーしが頑張りたいんだ」
うん、何かいい事言ってるようにみえるけど、それ推しキャラの覇権争いのことですよね?
そりゃ何人もの女の子とよさげな感じになりますよね? ヒロインが複数いるんだもの。
「あーしも頑張るから、晶も頑張るし!」
「う、うん」
勢いそのままに晶の手を取り鼓舞する部長さん。
その気迫に圧されて頷くだけしかできない晶。
そもそも晶の中身は男だしあたしは女だし色々突っ込むところは多いけれど、恋バナで盛り上がるギャルグループに訂正を求めるのは無理な話だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「あ、やっぱり部長の話ってラノベの話だったんだ?」
その日の帰り道、晶と昼間の部長さんの話題で盛り上がる。
「そうそう、おばさんにお願いしようとしてた事あったじゃん? あれのキャラのね」
「もう、最近すっかり部長を見る目が変わっちゃったよ」
「んー、でもあたしは今の部長さんのほうが取っ付きやすくて好きかなー」
「ボクも今の方が親しみやすいかな。ちょっとハラハラする事多くなったけど」
「あはは、確かに」
その話題が尽きて無言で歩いていたら、ふと表情を落とした晶があたしに話しかけてきた。
「みやこちゃん、ごめんね?」
「へ? いきなりどうしたの?」
「さすがに今日のボクうざかったかなって、自分でもちょっとやり過ぎだったかなって……」
「あーあー、それね」
部長さんが言った台詞に思うところもあったのか、殊勝な態度になっている。
「あれはあたしも悪かったとこあるからね、仕方ないよ。逆の立場だったら、きっとあたしも同じことするし」
「…………………かも」
「ん?」
「なんでもない!」
どこか機嫌が良くなった晶は、足取り軽く隣を歩く。
その距離は今朝ほど近くはなくて、なんだかちょっっぴり寂しい気もしたり。
「ね、みやこちゃ………みやこちゃんっ!」
寂しいなんて思ってたら、急に晶が抱き付いてきた。
むにゅ、とお腹のあたりに柔らかいものが押し付けられる。
…………結構大きいな、どうして人は生まれながらにして不公平なのか(哲学感)?
というかですね、さすがにそんな熱烈に抱き付かれると恥ずかしいのですが!
「ど、どうしたの?」
急に何があったのかと、いきなり大胆な行動を取った幼馴染の顔を覗きこもうと視線を下げたら、その顔はそっぽ向いていた。
………あれぇ?
「みやこちゃんは、ボクが護るから」
「え?」
より一層強い力で抱きついてくる晶が顔を向けている先を見てみると、一匹の獣がいた。
犬より大きな三角形の耳に不釣合いなほど大きな尻尾。黄金色の毛並みをたなびかせ、首元には朱色のスカーフみたいなものが巻かれている。
なにより目を引いたのは、その獣は宙に浮いていた。
「きな子?」
同じ高さの視線で目が合うと、どこか切羽詰った声で鳴いた。
『ケェーン!』
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