第19話 変わるもの、変わらないもの、変わりゆくもの 前半


 終わった。


 テストが全部終わった!


 そう、あたしは今自由になった!!!


 ちなみに月曜日の放課後もいつものファミレスで勉強会。

 部長さんも相変わらず参加していた。

 日曜のおばさんとの邂逅以来、なんていうか、その。

 うん、彼女の名誉の為やめとこう。


「みやこちゃん、お疲れ様だね」

「うん、ほんともう疲れたよー」


 とてとてと、鞄に荷物を詰めた晶がどうする? 帰る? と小首を傾げて話しかけてくる。その様はとても可愛らしい。眼福です。

 ……………あれ? 最近、晶を女の子的に可愛いと思うことが多くない?

 あれだよ、晶は男の子だよ? あ、まって、目の前でその長い髪型がちゃんとしてるかとか気にしながら整えようとしないで! わからなくなっちゃう!


 そんな何とも言えないことに煩悶していると、教室の外からあたしを呼ぶ声が聞こえた。

 しあーし部長さんだ。


「いいからあんた、ちょっとこっち来るし!」


 ジレッたいという感じで教室まで入ってきたと思ったら、強引にあたしの手を引いて非常階段まで引っ張っていく。


「はい、これ!」

「これは……」


 手渡されたのは5冊のラノベ。以前モールで貸してもらった奴の続きだ。


「あ、これこないだのやつの続き!」

「試験終わったし!」

「わぁ、ありがとう!」


 面白くて、一気に読み終えたのも記憶に新しい。

 試験前だということで、晶からそういった娯楽類は禁止されていたのだ。

 嫁というよりはお母さんの所業である。

 あたしはというと、目の前のお預けされてたケーキを解禁されて、思わずにんまり頬が緩む。


「渡した分は次の章からの分なんだけど、前章とはまた違ったタッチが描かれていてそれぞれのキャラの新たな一面が描かれて凄いっていうか、もちろんあーしの推しは姫様なんだけどやっぱあの芽生えた恋心と身分違いに悩むところとかもどかしくちょっかいかけるとこが堪んないというか、そのくせネットとかじゃストーカー(笑)とか必死過ぎ(笑)とか叩かれてるのが許せないというか、この章から登場する一番人気の妹系キャラが」

「ま、まってまって部長さん」

「あ、ごめんなさい……」


 まるで晶のおばさんを髣髴とさせる嵐っぷり。巻き込まれては敵わないと思わず声を遮った。


「新キャラの話とかネタバレになるものね……本当にごめんなさい……」

「いや、違う。それは違うから」


 どーしてこうなった!

 あれ以来、見るからにリア充ギャルグループの部長さんは、実はオタクだということを隠すことを自重しなくなった。

 既にバレたあたし達限定で。

 覚醒したと言ってもいい。


『好きなものを好きって言いたいの! でも周りの目が気になって普段は言えないの……だからわかって?!』


 との事らしい。

 わかるような、わからないような、なんとなくわかる。

 うん、わかったから隙あらば布教しようとするのは抑えてくれないかな?!


「読み終えたら、また感想あーしに教えろし!」

「それはもちろん!」


 この作品が面白い事には変わりはない。

 その感想を交えて語り合う事には否やはないのだ。


 非常階段で部長さんと別れた後、5冊の本を鞄に直す為に教室に帰る。

 戻った教室の人はまばらで、晶の姿もつかさちゃんの姿もない。

 スマホをチェックしてみれば、晶から部活に顔を出すという連絡があった。


「あたしも顔だけ出しに行くかな」



  ◇  ◇  ◇  ◇



「おい、このノート助かった!」

「沢村。お前がテスト勉強とかなー」

「やっぱ何かあったんじゃね?」

「ち、ちげーし!」


 顔だけ出す感じで制服のまま体育館に足を伸ばしたら、男バス部員に囲まれた沢村君がいた。

 男バスと女バスの活動場所は近い。

 だから、その、まあ顔を会わす確率は高いというか……気まずい。

 体育館に足を踏み入れるのを躊躇して、盗み聞きするような格好になってしまった。


「しかし、赤点常習犯の沢村がなぁ」

「勉強頑張ったところで脈ねーだろ?」

「てか、女子としては慎みとか無縁なやつだし、どこがいいんだ?」

「恋愛とか興味なさそうな感じだしな」

「だーっ、うっせぇ、そんなんじゃねぇ!」


 あー、うん。そういう事に疎いあたしでもわかる。

 ていうか、テスト前に宣言されたわけだし。

 沢村君は成績はあんまだけれど、顔も性格も女バスの中では結構評判がいい。真っ直ぐで曲がったことが嫌いなところはよく知っている。

 胸も絶壁、性格もまぁ花より団子気味、顔は並だと信じたい……そんなあたしにとって、これほど思ってくれる沢村君は望外の相手なのかもしれない。


 じゃあ恋人として付き合ってみてもいいんじゃないか?

 そんな事を冷静に考えてみるものの、あたしにとって彼はいつも突っかかってきてじゃれるように喧嘩する相手なのだ。

 それがいきなり、好きだ恋だどうこう言われても実感も湧かない。


 正直、急に態度を変えられて困っているっていうのが実情だ。

 そう、男の人は急に変わっちゃうから、だから………


 ……………


 え?


「ぅぷっ、ぉえ」


 急に何か、得体の知れないもやのようなものが胸を襲い、思わず吐き気を催す。

 え? え? どういうこと?

 そんなあたしに自分で驚く。


 人は変わる。

 それは当たり前のことだろう。


 その時あたしの脳裏によぎったのは、性別すら変わってしまった幼馴染の顔だった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 その場に居続けるとなんだか悪いことが起こるような気がして離れた。

 吐き気を催すようなよくわからない状態に陥ったけれど、今はすっきりさっぱり、そんな事の欠片もない。


 あれは何だったんだろうなと自分で首を傾げ、体育館から校舎への連絡通路を歩く。


 なんとなく晶の顔が見たくなったのだ。

 八つ当たりじみた感情をぶつけようとしているのも自覚している。

 でも晶ならいっかとか、なんとなくそういう気分の時もあるとか分かってくれるとか、まぁつまるところただの甘えだろう。


 そんな風に自分の感情を持て余しながら部室棟がある校舎に差し掛かったところで、裏手の方に向かうつかさちゃんの姿が見えた。

 もともと髪の長さが女の子だった時のショートボブの頃のままなので、その色も相まってよく目立つ。


「つか………」


 丁度いいや生贄見つけたり、と親友のつかさちゃんに愚痴って甘えるのだーと思って声をかけようとしたのだが、できなかった。


 つかさちゃんは女の子に抱き付かれていた。

 相手は三つ編みをおさげにしており、子犬っぽくてどこか少し幼い感じのする子だ。

 確かつかさちゃんと同じ演劇部の後輩の1年だったかな……何度か顔は見たことある。


 すぐさまつかさちゃんは押し退けたりするけれど、後輩ちゃんは縋りつくように抱き付こうとする。

 その2人の表情はどこか剣呑としており、とてもふざけあっている様には見えなかった。

 幸いというか生憎というか、あたしの声は聞こえなかったようで、ひとまず胸を下す。

 もっとも向こうの会話も聞こえないので何を話しているかは分からないけれど、何かとんでもないことが起こっているのだけはわかる。


 え?

 これってそういうこと?


 そりゃあ、つかさちゃんは女の子の時から姉御!って感じで同性からもモテてたわけで、それが男の子になって王子様っぽいイケメンになったりしたもんだから、憧れてた子にとっちゃもうのっぴきならない状態になっちゃてえええええええっ?!


 あたしが今のっぴきならん状態になっとるですよ?!


 こういうのって当人同士の問題だしあたしがどうこう言えたものじゃないけれど、それに今のつかさちゃんは男の子なんだから別に問題ないっちゃ問題ないし、こないだ確か男だからこそ出来ることがやってみたいとか言ってたけど………


 …………

 ……………………


 うん、なんかこういうの覗いてちゃいけないよね。

 見なかった事にするにはちょっと衝撃が強いけど。


 そっと、視界に2人を入れないようにしてその場を去った。

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