第20話 変わるもの、変わらないもの、変わりゆくもの 後半
◇ ◇ ◇ ◇
色々と混乱する頭で足を進めてたら、いつの間にか家庭科部の前にまで来てしまっていた。
もはや体育館で感じたことはどうでもよくなっていたけれど、それ以上に自分でもどうしていいかわからない感情を持て余している。
ただ、むやみやたらに人に言うべき事でもないし、それを考えると、扉に手をかけるかどうか悩んでしまう。
『『『『きゃあああっ!!』』』』
すわ何事?! とばかりに目の前の扉の奥から黄色い声が上がった。
『え、ほんとに女の子?! あ、おっぱい本物だ』
『うわぁ、うわぁ、肌きめ細かっ! お手入れとかどうやってんの?!』
『髪さらっさらなんですけど! シャンプー何使ってる?!』
『あの、ちょ、やめ、うひゃあん!』
『おぉおぉぉぉおお?!』
『ちょっとあんたどこ触ってんの?!』
『やっぱ気になるじゃん?』
『わかるけどさぁ!』
あー、うん。なんとなく何が起こっているかはわかる。
きっと晶が揉みくちゃにされているのだろう。
そりゃ、男の子が女の子に変わったのだ。色々と気になる気持ちもわかる。
でも、あたしでさえそんな色々べたべた触った事ないんだよ?
…………あー、なんか胃がムカムカしてきた。
「ちょっと! あんた達あたしの嫁に何やってんのさ?!」
ガラリ、と感情に任せたまま勢いよく扉を開ける。
「みやこちゃん………」
晶は涙目だった。鼻にかかった声であたしの名前を呼ぶ。あと嫁じゃないとも言ってる。
ブレザーは脱がされ、家庭科部の女子達に前後左右囲まれ、何かを確認するかのごとくベタベタ身体を触られている。
さすがにあたしが入ってきたことに気付いたのか、少し距離をとる。
「あたしだって色々確認してみたいのに!」
「みやこちゃん………?」
晶は自分の身を守るかのようにブレザーを胸に抱き寄せ、あたしからも距離を取る。
あれ? ひどくない? ここはあたしの胸に飛び込んできてくれてもいい場面じゃない?
う、うーん、何か気まずい空気だ。
「ちょっとあんた達! 何騒いでるし!」
あたしの背後からやってきたのは部長さん。
この状況を見てある程度のことを察したのか、両手を腰に当てながら大きくため息をつく。
美人なギャルにそんなことをされると、妙に迫力があって怖い。
「大方あんた達が晶をべたべた触りまくって、こいつがキレたってとこ? まったく、何やってんだし」
着乱れた晶、そして女子部員達を威嚇するかのように見やった後、あたしを見て、再度ため息。
「だって、ねぇ………?」
「胸とか本物かどうかとか気になるじゃん」
「髪とかいい匂いするんだよね」
「肌もどうなってるのとか気になるし」
まるで可愛いから悪いと言わんばかりの自己弁護する女子部員達。
うん、一理ある。
「あーしも気持ちは分かるし、あまりとやかくは言いたくないんだけど」
だが、あんたら全く分かってないと言わんばかりの部長さん。
「いい? 『踊り子に手を触れてはいけません』こんな言葉聞いた事無い? 全てはこの言葉に集約される。可愛いものを愛でたい気持ちはわかる、でもそこにはマナーとルールがあるのよ。やはりオーソドックスな愛で方としては写真に撮るというのがあるわ。でもいきなり撮ったりなんかしちゃダメ、ちゃんとレイヤーさんの許可を取らないと。あんた達だってプリクラ撮る時どの角度が一番可愛く撮れるか考えてやってるでしょ? それと一緒。その衣装に対してどうすれば一番見栄えがよくなるかわかってるのはレイヤーさん本人なんだから、それをカメラにきちんと収めるというのが、撮る側の礼儀だし」
そして懇々とイベントにおける被写体とカメラマンのマナーが如何に大切かと言うことを語っていく。
あ、こいつもう隠す気ないな?!
「素晴らしいものが撮れたから皆にも見せてこの気持ちをわかちあいたい……でも、レイヤーさんの中には家族に内緒にしているって子もいるわ。だから撮ったものを他人に見せていいかどうかは必ず本人に許可を取ること! てわけで晶、見せてもいい?」
「あ、うん。うん? え、ちょっと待って何を」
「許可が出たし。あんた達これを見るべし」
そういってスマホを女子部員達に見せる部長さん。
そして食い入るように見る彼女達。
「「「「………………………」」」」
「こちらの画像を見て? ………そして今度はこっち。どう? 角度によってこれだけ見栄えが変わる。ちょー面白くない?」
「「「「…………ッ!!!!」」」」
ぐるりと、一斉に女子部員達が首を回してこっちを向く。
何あれ怖い。
「ごめんなさい楠園君、私間違ってたわ……」
「尊い……尊いわ……でも私達はそれを汚すところだったのね」
「どうか許して欲しい………そして叶う事ならこのメイド服を着て欲しい」
「むしろ私も着たい。出来ることなら作りたい」
あれきっと一昨日のメイド服の写真だよね? あれは確かに可愛かった。うん、気持ちは分かる。
なんていうか彼女達は、その、何かに目覚めたかのような晴れ晴れとしたいい笑顔をしていた。
それとは対照的に、晶の顔は引きつっていた。
あたしはこの日初めて、人が深淵を覗き堕ちていく瞬間を見てしまった。
後に家庭科部女子部員の1人は語る。この日が人生の転機だったと。
◇ ◇ ◇ ◇
ぐったりとした顔で、2人無言で家路を歩く。
今日は顔見せだけだったはずなのに、随分疲れてしまった。
何だか色々あって頭の中もぐるんぐるんだし、なんだか顔も強張ってる気がする。
「みやこちゃん、怒ってる?」
「ん、別に」
晶が恐る恐る伺うように聞いてくる。
別に怒ってるわけじゃないんだけど、疲れてて返事がおざなりになった。
「難しい顔してる」
「そうかな?」
「うん」
難しい顔……自分で眉間をつまんで揉んでみる。
難しい、難しいかぁ。うーん、何が難しいんだろう?
よくわからない。
せっかく勉強漬けから開放されたというのに、難しい事はお腹いっぱいだ。
「んー、難しいって思い込んでるだけで実はそうでもないんじゃないかな」
例えばレストランに行って何を食べるか選ぶとき、店に入る前は何を食べようか思い描きながら入ったくせに、いざメニューを開いたら色々目移りして悩んでしまう。
これも非常に難しい問題だ。
しかも、その時というのは空腹ということもあって猶予の時間も非常に少ない。
そんな時、いつもどうしていたか?
そう、いつも最終的な判断を下すのは己の直感であり、本能が求めたものだというのを知っている。
難しく考えずシンプルにいこう。
このもやもやした気持ちへの向き合い方をそう結論付ける。
ぐぅ。
心が安心したら身体も安心したのかお腹が鳴った。
時刻は正午をちょっと回ったくらい。お昼ごはんはまだなのだ。
「ん、いつものみやこちゃんになった」
隣で首を傾げ覗き込むように見ていた晶が、なんだか嬉しそうに頬を染めながら言ってきた。
「あきらは何だかご機嫌ね」
「そうだね」
「何でさ?」
「何でだろうね?」
むぅ、質問を質問で返すとはなっちょらんぞぅ。
「ボクにもわからないけど、多分」
一歩進んで立ち止まり、くるりと回ってあたしと向き合った。
そして陽だまりに咲く花がこちらにおいでよと誘うような笑顔で言葉を紡ぐ。
「みやこちゃんが、みやこちゃんだからかな」
心がなんだか温かくなって、気持ちがふらふらと陽だまりに引き寄せられていく。
そして、その花を手折りたくなる欲望が沸いてることに気付いて驚いた。
変わったものがあって。
変わらないものがあって。
変わっていくものがあって。
そしてまた、何かが動き出す予感がした。
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