第18話 それが、理由
「おばさん! ピザ焼いててくれてたのって」
「わたしよ、みやこちゃん。でもね、一足先にこっちの方が完成しちゃって」
ジャン! と擬音がつきそうなにこにこ笑顔で取り出したるは、胸元を強調するかのようなブラウスにミニ丈のジャンパースカート、それに前掛けエプロン。
言うまでも無く、あちらこちらにフリルとレースに彩られたるそれは、機能性なにそれおいしいの?でもこれかわいいでしょ、という自己主張が激しい、これぞジャパニーズメイド服。
もちろんホワイトブリムにも手抜かりがありません。
「ちょっ、なんで母さんが!」
「もちろんメイド服が出来たからよ!」
「何でメイド服なのさ!」
「もちろん、掃除とか家事のしやすい服が欲しいって言ってたからよ!」
本気で頭を抱えて悲鳴に近い声を上げながら涙目で抗議する小柄な黒髪ロングの美少女と、鼻息荒くメイド服を着させようと強引迫って服を脱がせようとするぽやっとした妙齢の女性。
酷い絵面でしょう? あれ母と息子なんだぜ?
もはやあたしにとっては見慣れた光景になりつつあるのだけれど、初めて見るつかさちゃんと部長さんは突然のことにビックリして固まっている。
そうだよね、普通何が起こってるかわからなくてそんな反応になるよね。
「おばさんおばさん」
「んぇ? 何かしらみやこちゃん」
「こちらあきらのおばさんね、おばさん、こっちが友達のつかさちゃんにしあーしさん」
「あらやだ、わたしったら興奮しちゃって………楠園晶の母でございます」
新しい顔ぶれがいたので、晶に助け舟を出すつもりで2人を紹介する。
既に着ていたプリントTシャツはひん剥かれており、メイド服のブラウスを胸に抱えて胸元を隠している。
髪が少し乱れ、ブラの肩紐がずり落ちてる様は、まるで暴漢に襲われたかのようで、その、何か変なイケナイ気分になる。ぶっちゃけちょっと興奮する。
「あらやだ私ったら男の子がいる前であきらを………」
「あー、それなんだけどおばさん………」
つかさちゃんが元女の子だっていう説明をする。
「まあまあ! 何か衣装で困った事があったら相談してね?」
「あ、あはは」
うん、普通あっても相談できないかと思います。
「そうそう、衣装で思い出したわ。はいこれ、みやこちゃん」
「へ?」
手渡されたものを広げてみると、膝がすっぽり隠れて脛まである丈のワンピース、そして華美になり過ぎない程度にフリルとレースがあしらわれている純白のエプロン。
清楚さと貞淑さ、そして可憐さが同居するそれは、紛うことなきクラシカルなメイド服。
え? どういうこと?
「みやこちゃんはね、身長あるから絶対ロングスカートが似合うと思うの!」
「あ、はい。え?」
「実際ね、わたしも迷ったの。踝まで隠れるほどの長さがいいかどうかって。でもね、靴まで履いた時を考えたら、編み上げのブーツがちらりと見えたほうが、あきらと一緒にしたとき映えるかなって思って!」
あたしもターゲットにされてる?! 助けてつかさちゃん!
希望を込めて親友の方を見てみると、にっこり眩しいくらいのイケメンスマイル。
「都子の方だと、カチューシャの方が似合いますよね」
「! そうなの! わかってくれる?!」
「えぇ」
見事な裏切りである。
くっ、以前の演劇部前での仕返しだな?! そうだな?!
「みやこちゃんも着替えよ? きっと似合うよ?」
ぽん、と背後から肩を叩いたのはいつの間にかメイド服に着替えていた晶だった。
おばさんが晶の為にデザインして一から作っただけあり、非常に可愛く似合ってる。
まるで悟りを開いたかのような、どこかあたしを慈しむかのように見てくるのだが、きっと開いてるのは新たな扉だろう。
これはまずい。この状況を変えるには……部長さん、部長さんはどこ?!
「え、うそこれ手縫い? 裏地までの作り込みとかすごいんですけど?!」
そこには晶の後ろから、興奮気味にスカートの裾をつまんだり覗いたり触って確かめている部長さんがいた。
傍から見れば変態さんの行動である。
「あら、あなたわかるの?」
「いえ、その、あーしもちょっと自分で作ったりするというか、その………」
「こういう可愛い系なのも好きなのかしら?」
「……………………………………………はい」
いかにもギャルって感じの部長さんが、実はこういう可愛いのが好きとか何それちょっと萌えるんですけど!
「そう、ごめんなさいね、2人の分しか用意していないの。サイズもあの子達極端だし」
「あ、あの、いや、そういうわけじゃ」
「でも可愛いの着たいんだよね?」
「……………………………………………うん」
乙女やわーちょー乙女やわー。ほっこりするわー。
でも相手はおばさんだからね? 半端な覚悟でそんなことを言ってはいけないと思うの。
なので、あたしがちょっと忠告と言うか流れを変えるためというか声をあげよう。
「あのね、おばさ」
「ちょっと待ってて、わたしのお古になっちゃうけど、丁度いいのがあるの!」
言うや否や部屋を出て行くと、隣の部屋から何かを持ってきたかのようなスピードで舞い戻る。
あれ? うちに何か置いてあるとかないよね?
「はい、これ! わたしと背丈が似通ってるし、似合うと思うの!」
「こ、これは!」
そういって取り出したるは、サテンの生地の光沢がきらりと光る、花をイメージした原色豊かな可愛らしいデザインのワンピースっぽいもの。
ぽいもの、というのは、フリルやらアクセントのリボンやらが不自然なくらいやたらと大きい。あとふわふわした、どういう構造になってるんだと言いたくなるド派手な帽子。
だというのに、どこか昔見たことのあるようなその衣装は。
「魔法少女ぷにっとフラワーの戦闘服! しかもこれは立ち消え寸前の黎明期といわれた1期初めのデザインのやつ!」
コスプレ衣装だった。
そして部長さんは詳しかった。
「あら、あなたわかるのね」
「今でこそシリーズ化してスピンオフもある、大きなお友達にも人気が出た作品………だけど、今で言う1期目は打ち切りの憂き目にあい、再放送から人気が出たと言う」
なるほどぅ。昔どこかで見たと感じたのは、再放送のだったのか。
「そうね、あの時はわたしも悔しかったわ。こんなに可愛くて素晴らしい作品なのに………だからその衣装を作って、この作品はすごいんだぞって戦ったのよ」
「あ、あーしも! 今好きな作品があって、推しキャラがいるんだけど人気が無くて、悔しくて……だからっ、戦っ………!」
どこか興奮していた様子の部長さんが急に静かになる。
そして何かとても重要なことに気付いてしまったという顔になった。
「も、もしかして、『Faith』の妖精姫キアラや『ついっぷ!』の有栖ノ宮うらら、『インスタグス』のメリニア様の衣装を持っていたりしませんか?!」
「………そう、わたしを知ってるのね?」
「《不敗不動》………っ!」
うん、なんだろう……部長さんが言っている事がわからない。
晶? 隣で顔を横に振っている子ですねわかります。
「《不敗不動》って何?」
あ、つかさちゃん、それ聞いちゃうんだ?
「《不敗不動》を知らないの?! 21世紀初頭、4度に渡って繰り広げられた有明戦争においての西軍の雄、東西唯一無敗を誇った伝説の次鋒コスプレイヤーよ!」
「懐かしいわ……東軍には《腐敗婦道》と揶揄されたものよ」
うん、知らない。有明戦争ってなに? コスプレとどういう関係があるの?
晶? 隣で顔を手で覆って俯いている子ですねわかります。
「お、お願いがあります《不敗不動》! このコンクロード太平記のアンゼローデ姫の衣装を作っ」
「それは出来ないわ」
「そう……ですよね……。厚かましいことだって……わか」
「勘違いしないで。あなたがそのキャラの衣装を作りたいのは何故?」
「愛してるからです!」
「そう……ならわかるわね? わたしに出来るのは技術を教えることだけよ」
「あ、ありがとうございますっ!」
跪き、感涙の涙を流しながらおばさんの手を取る部長さん。
ええっと……何がどうしてこうなってるのだろう?
晶? 隣で床に手を付き打ちひしがれている子ですねわかります。
◇ ◇ ◇ ◇
アクシデントはあったものの、ピザが焼けたということで晶の家に移動してのお昼にすることになった。
リビングのテーブルで、作った本人の晶が切り分けて用意してくれている。
メイド服姿のままで。
当然、晶は着替えたいと要求したけれど、許可が下りなかった。
おばさんと部長さんから。
「え、そんなに似合ってるのにどうして着替えるの?」
部長さんに至っては、心底不思議そうな顔でそう聞いていた。
ちなみにあたしはとばっちりで着替えさせられないよう同調するだけだった。うん、さすがに恥ずい。
つかさちゃんが、やたら真剣な表情で晶を見ていたのが印象的だった。
あれかな? つかさちゃんも愛でたいのかな?
オーブンから取り出されたピザは大皿へと盛り付けられる。
それをホールケーキを切り分けるかのように、6等分にカットしていく。
そしてこれまたケーキを取り分けるときに使うケーキサーバーで各自のお皿に乗せていく。
そのとき断面から溢れたチーズや肉汁、トマトソースをもったいないって思ったのはあたしだけじゃないはず。
生地の一番上に乗っているのがミートローフみたいなひき肉の層。その上にチーズを乗せてさらに野菜たっぷりのトマトソースの層を形成している。
全高があたしの中指よりも長くなってるので、これもうミートケーキって言ってもいいんじゃない?
「んー、固めになるよう焼きもいれたんだけど、やっぱソースはこぼれやすいね」
「あーしならソースよりクリーム状にするかな」
「ピザはおいしい組み合わせがいっぱいあるから迷うよね」
晶と部長さんが食べ物談義をしているが、あたしはもう目の前にシカゴ風ピザに釘付けだ。
もうおいしい。ぜったいおいしい。それがわかる。堪らない。気分は待て! を言い渡された飼い犬の気分。
「都子が待ちきれないみたいよ」
「それじゃあいただきますをしましょう?」
つかさちゃんとおばさんが促してくれる。ありがとう、2人とも大好き!
手を合わせた後、早速手に取ったのだけれど、出来立てだけあって熱くて持つのがきつい。
ふぅふぅ、と息を吹きかけて少し冷めたところを口に運ぶ。
「んふ~~~~っ」
広がる肉汁、それと合わさるトマトソース。そしてもっちりとした生地とチーズが口の中でマイルドに調和して、噛めば噛むほどまた一味違ったものへと昇華してくれる。
なにより、このボリューム。食べ応えがあるね!
食べながら、土手の部分と言うべきか、耳と言ったほうがいいのだろうか、生地の端っこの方に思いを乗せる。
中身を支えなきゃいけないので、その部分は結構分厚い。そこだけ具材無しで食べるという事態は避けなきゃいけない。
しかし考える猶予はあまりなかった。おいしすぎてあっという間にそこまで食べてしまったのだ。
迷いは一瞬。口を大きく開け、まだ残っている具材の部分と一緒に一口で食べた。美味、美味である。
溢れたソースが指についていたので、ちょっとはしたないけれど、舐めて綺麗にする。
ちなみに皆は大きなフォークでケーキを食べるかのようにして食べていた。
ここに居るのはあたし、晶、つかさちゃん、部長さん、そしておばさんの5人。
そして、切り分けられたのは6等分。
………………
………………………………
いやいやいや、ダメだから!
さすがにはしたないから! 残り一つしかないし!
こんなにおいしいんだもの、他の皆も食べたいに違いない。
そう、カロリー!
さすがに2個もいっちゃうとやばそうだし!
我慢、我慢よ都子!
………………
せめて見るだけならいいよね?
「………………」
「みやこちゃん、残り食べる?」
「うぇっ?! いやいやいや、いらんとですよ?! ふ、ふふ太るし?」
「都子、あんた………」
「あーし、晶があんたに料理作る気持ちがわかったわ」
なんだか皆のあたしを見る目が生暖かい気がした。
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