第17話 ぴざ
初日に引き続き、2日目のテストも無事終わった。
残り半分、このままの勢いで一気に終わりたいところなのだけれど―……
「せっかくの日曜日が潰れるのが憂鬱……」
日曜日といえば、お昼近くまで惰眠を貪り、お菓子とジュースを部屋に持ち込んでゴロゴロ昼寝を貪ったり、夕飯の後お茶と甘味を持ち込んでぐてーっとして早寝をすることが許される素敵な日である。
そんな素敵タイムを思い浮かべながらテーブルの上でだらんと脱力して垂れる。
うん、あたし寝てばっかだな?! ね、寝る子は育つし! 身長は……これ以上いらない気もするし、いっそ170欲しいっていう気もしないでもない。
でもあたしも小柄で女の子らしい感じに可愛く生まれたかったなぁ……なんて思いながら晶の横顔をみる。うん、あれずるい。
「みやこちゃん、後半のテストの勉強疎かになってたからラッキーだと思わないと」
「うぐっ」
「てか、あんたそれ勉強の邪魔だし」
「ほら都子、後半分なんだから頑張らないと」
昨日と同じ面子で、これまた同じファミレスに来ていた。奇しくも席も一緒だったりする。
今日は何組かあたし達と同じように勉強する学生もいて、心なしか騒がしい。
「う~、なんていうかですね、潤いが欲しいのですよ、潤いが!」
「ふふ、じゃあ私が今夜君を蕩けさせるようなエスコートをしてあげるよ?」
そっと手で足を触りながら、端正なイケメン王子面を耳に近づけて息を吹きかけようとしてくる。
さすがに足に手が置かれた段階でゾワゾワと背筋に来たので抗議をしようとしたら、すかさず晶がインタラプト。
「江崎さん、それはアウト」
「それは残念」
少し不機嫌な晶と、飄々とかわすつかさちゃん。そんなやり取りを、何か凄いものを見るような目で見てる部長さん。
何か小声でぶつぶつと『いや、それは』『むしろあり?』『カップリング』とか不穏なことを呟きながら小声で話しかけてくる。
「(ね、江崎さんって女の子が好きなの?)」
「(なんで小声なの?)」
「(いいから!)」
「(中身女の子だよ? 逆にさ、あきらに男の子が好きかって聞ける?)」
その言葉で、部長さんが目をこれでもかと見開いて固まる。
天啓を受けた人ってこういう表情になるのかもしれない。
あれ、あたし今変なこと言ってないよね? あ、あたしじゃない! あたしは悪くない! 自己弁護終了!
「で、みやこちゃん、何食べたいの?」
「さすがあきら、わかってるぅ!」
「え、あれリクエストだったの?」
そう、晶には胃袋を掴まれているのだ。たまにはおいしい物をあたしの胃袋に放り込んであげないと、釣った魚にえさをあげないようなものなのだ。
「これ、シカゴ風ピザって一回食べてみたい!」
スマホからシカゴ風ピザと画像検索したものを3人に見せる。
見た目はまるでケーキにピザのトッピングをかけたよう。
分厚い生地に、切り分けられたピザを持ち上げる画像からは、これでもかとチーズとミートソースが溢れてる。
モノによっては中に分厚いハンバーグがまるまる入っていたりする。
カロリーと言う単語を気にしていては、決して口に入れることは出来ない乙女の天敵。
それこそがシカゴ風ピザである。
「ディープディッシュピザっていったりもするやつね。あーしも作ったことはないっていうか、これは………」
「都子、これカロリーとか超凄そうだけど」
「だ、大丈夫、ピザは野菜だし」
「それ英子先生が言ってた、某国では大さじ2杯以上のトマトソース使ってたら野菜ってやつだね」
太ると言う言葉が禁句の年頃なので、反応はいまいちの様子。
「でも、おいしそうだよね」
だけど、デブりそうなものこそ美味しそうと思うのも事実なのだ。
「まぁあーしも、食べ過ぎなければ大丈夫だと思うし?」
「私も味は気になるかな? 男になって身体も大きくなったから多少食べてもね」
「ボクも初めて作るから、上手にできるかどうかわからないからね」
「大丈夫、あたしが美味しく出来るまで食べてあげるから!」
なお、あたしがイタリアンなファミレスで頼んだのは二日連続でドリアである。
◇ ◇ ◇ ◇
次の日の日曜の朝。
あたしはドタバタと部屋の片付けに追われていた。
「これは捨ててもいいの? やっぱり普段からもうちょっと片付けておかないと」
「うぅぅ、だってぇ」
昨日あの後の話の流れから、今日はうちで勉強会をするという運びになったのだ。
ちなみに、日曜も集まってとの言いだしっぺは部長さん。思った以上に勉強が捗るのだとか。
あたしとしても、誰か居るとサボり防止になるからその気持ちはよくわかる。
というわけであたしの部屋で勉強会となったのだが、晶と2人だけならともかく、さすがに4人ともなると見栄え的にも掃除しないとちょっとやばい。ほら、花も恥じらうじょしこーせーだし?
晶が手伝いに来てくれているおかげで、偶然発見した昔の漫画やら懐かしいものを発見して時間が潰れるというイベントは回避出来ている。うん、後で見る。
おかげさまで小一時間ほどで見違えるほど綺麗になった。
ふぅ、部屋が綺麗だと気持ちがいいね!
「みやこちゃん、そっち足出して広げて」
「オッケー」
晶の部屋から持ってきた折り畳みのローテーブルをあたしの部屋のと繋げれば、はい完成。
皆が来るまでは結構時間に余裕があった。
晶はといえば、布巾でローテーブルを拭いている。
そんな晶の今日の格好はというと、普通だった。
ちょっと大き目のプリントTシャツにハーフパンツ。
髪も後ろで一つに纏めてるだけ。
そう、普通。
部屋着状態のあたしも似たような格好だし。
「今日は随分大人しい服だね」
「これが普通だから。今までがおかしかっただけだから」
「あはは、よくおばさんが見逃したね」
「今日は掃除するし、ひらひらしてたら邪魔だし汚すって言ってさ」
「なるほどねー」
掃除とか家事をしやすい服装。
何かフラグを立てているような気もする。
「どうする? もう先に始めとく?」
「んー、あたしとしてはその前にお茶飲みたいかな」
「何がいい?」
「ミルクティー、牛乳たっぷり砂糖少な目」
「いつものね」
晶に淹れてもらったお茶を飲みながらちょっとだらだらしていたら、約束の時間より15分ほど早くインターホンが鳴った。
「いらっしゃい」
「何で晶が先に出てくるし」
そんな晶の頭越しに見てみれば、玄関前にいたのは派手な格好をした女の子こと部長さん。
大胆な花柄がデザインされた、肩の肌色が眩しいオフショルダーのワンピース。当然丈はミニ。肩紐を結んでリボンにしている黒のインナーがちょっと大人っぽく見える。そのくせ足元は可愛いデザインのミュールというギャップ。明るい髪色のゆるふわパーマと相まって、本日も非常にリア充ぽい格好です。
うん、完全にもう夏って感じの服装だけど寒くないのかな?
「は? べ、別に寒くないし!」
あれ、心から言葉漏れてた?
「まぁまぁ、相手は都子だし。おはよう、2人とも」
その隣に居たのは赤茶の髪を帽子に押し込めたイケメンことつかさちゃん。
カーキのチノパンに、ボーダーのシャツに濃い色合いのカーディガンを羽織ってる。
見ているだけで爽やかさな感じだ。
「しあーし部長、よくうちの場所わかりましたね?」
「しあーしじゃないし、白石だし!」
「私と駅前で合流して一緒にきたのよ」
「なーるー。ま、上がって」
そんなこんなであたしの部屋に案内する。
晶はキッチンで2人の分のお茶とあたし達の分の淹れ直しをしている。
「へぇ、ここがあんたの部屋ね。案外綺麗じゃない」
「はっはっは、朝から急いで片付けたからね!」
「楠園君が?」
「あ、あたしもちゃんとやったし!」
「晶とあんたってほんと………まぁ別にいいし、ところで」
じろじろと見定めるようにあたしを見る部長さん。
「あんた、もうちょっとちゃんとした格好しろし」
「え?」
「え?」
「自分の家で部屋の中だよ?」
「いや、だから晶の目もあるし、この、うぅぅうぅぅ~~~~!」
なんだか意見が食い合わない中、お茶の準備が出来た晶が入ってきた。
「ねぇ、部長? 勉強にはフリルもレースもリボンも要らないんだよ?」
そしてその目はドロリと濁っていた。
「「あ、はい」」
そしてあたしたちはその目に突っ込むことが出来なかった。
ひと悶着があったものの、いざ勉強を始めると静かに進められていく。
テスト勉強始めるのが遅かったのもあり、後半日程の科目は躓くところが多い。
わからないところがある度に晶やつかさちゃん、たまに部長さんにもからかわれながら教えてもらう。
う、もしこれ皆と勉強してなかったら今回悲惨だったんじゃないかな?
そんなこんなで勉強始めて集中力も切れ始める2時間ちょっと経過、お昼には早い11時半過ぎ。
なんだか美味しそうな匂いが漂い始めてきた。
「うぅ、この匂いはおなかに来ちゃう………」
「確かにいいにおいだね、何だろう?」
あたしに釣られるつかさちゃん。
そしてクンカクンカと鼻を動かす部長さん。
「ん、この香りは………もしかして」
「ん、昨日言ってたシカゴ風ピザ、仕込んできたんだ。母さんに時間見計らって焼いてって」
マジかー! うちに掃除手伝いに来る前に昨日の今日でピザまで仕込んできてくれてたのかー!
「あきら、好き」
「ッ!?」
思わず胸元に抱きしめてしまう。そして髪の毛にすりすり。さらさらの黒髪がオリーブの実みたいに思えてくる。
さらに腕に当たるほっぺたのもちもちが、ピザ生地のもちもち具合を連想させられ、ぐぅ、と思わずお腹が鳴る。
「ちょっ、みやこちゃん?! てかお腹鳴った?! 今お腹鳴らしたよね?!」
「うわ、都子あんた大胆ね……」
「な、ちょ、な、あ、な、ああぁあぁっ?!」
「はっ! 思わず引き寄せやすかったから!」
バッと、ものすごい勢いで身体を引き離す。
晶は物凄く真っ赤にしていて、つかさちゃんもとても驚いた顔をしている。部長さんに至ってはこっちを指差してぷるぷる小刻みに震えてる。
あーうん、ないわー。あたしやっちゃったわー。自分でも色々どこから突っ込めばいいかわからんです、はい。でも言い訳させて? あんなことされたら誰だって抱きしめちゃわない?
「(晶、……たも……ね)」
「(い……で…、……って…か…)」
目の前で堂々と晶と部長が小声で内緒話。うぅぅぅ。
如何とも気恥ずかしい空気の中、階下から救世主がやってきた。
「あきら、みやこちゃん、出来たわよ!」
救世主は何故かピザでなく、メイド服を抱えてた。
「あれ、おばさん?!」
隣家に居るはずのおばさんだった。
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