第16話 空白の時と、「またね」の言葉
元から試験まで時間が無かったこともあり、あっという間に金曜日、テスト当日である。
朝は早めに出て教室で、放課後は門が閉まるまで晶とつかさちゃんと勉強。
帰ってから夕飯を食べ終えた頃から、晶と一緒に日付が変わる位まで勉強。
なんだかやたらと晶が張り切っちゃってて、高校受験の頃でさえここまで勉強したこと無かった気がするな………
おかげ様と言うべきか、手応えは今まで受けてきたどのテストよりもよかった。
初日のテストが全て終わったとき、思わずガッツポーズを取ってしまうほどの達成感と高揚感に襲われたくらいだ。
「今日は午前で終わるから、明日に向けてたっぷり勉強できるね」
そんなにこやかな顔で絶望的な事をのたまう可愛い悪魔がいた。
晶である。
「まぁまぁ、いつも同じ場所だとなんだし、気分転換に場所を変えるって手もあるよね」
勉強はして当然、迷うのは場所くらいよと絶望を幇助するイケメンがいた。
つかさちゃんである。
「あ、頭使うと甘いもの食べたくなるよね」
せめて自分の行きたい場所の希望を出すくらいしかできない哀れな女がいた。
あたしである。
そんなわけで駅前にある、安さに定評のあるイタリアンなファミレスにやってきた。
毎回ここに来るたびに、メニューを見てどれにしようか迷うのだけれど、結局いつもドリアを頼んでしまっている自分がいる。
299円だもの、味と値段を天秤にかけたらついつい選んでしまう。
「なんであーしがここにいるのかわかんないんですけど」
明るい感じに染められて、ゆるくパーマがかけられたふわふわな髪。ブラウスのボタンを2つ外してカーディガンを着崩しているのは、家庭科部の部長のしあーしさんだ。
下駄箱のところで1人帰ろうとしていたところを発見したので拉致ったのだ(生贄感)。
店の隅っこの方にある4人掛けの席に、あたしと晶、つかさちゃんと部長さんといった感じで座ってる。
「まぁまぁいいじゃん、勉強するなら皆でしたほうが捗るんじゃない?」
それと、2人の監視の目が緩まるのと休憩時間が増えるのを期待しています。
「別にいいけど………」
「ん? なに?」
ちょいちょい、と手招きされて顔を寄せてくる部長さん。顔がちょっと赤いと言うか興奮気味でちょっと怖い。
「(あのイケメンだれ?! 紹介してほしいんですけど!)」
チラチラと視線をつかさちゃんに送る部長さん。気になります、という態度がわかりやすい。
そういえばつかさちゃんが女のときでも面識がなかったっけ。
つかさちゃんの方をみると、あっちもあっちでこの人だれ? リア充グループぽいとことはカースト違うんですけど? といった視線を送ってくる。
「そういや2人は初対面になるんだっけ? こっちはうちのクラスのつかさちゃん。中学からの親友ね」
「どうも、江崎つかさです」
爽やかで、それでいて初対面だからか少しはにかむような笑顔で挨拶するつかさちゃん。
女心を知り尽くし、計算し尽くされた、女を蕩けさせる見事な養殖産イケメンスマイルである。
いつもぎゃいぎゃい姦しい部長さんが真っ赤になって縮み上がって、もじもじしている。
あれ、部長さんこんなに可愛いかったっけ?
「そいで、こっちはしあーしさん。あきらの部活の部長さんね。」
「しあーしじゃないし、白石だし! に、2年A組の白石です。白石真琴」
「えっ!」
「なんで紹介しているあんたが驚いてんのさ!」
「同じ2年だったんだ………」
「何で知らなかったのさ!」
「だって部長だし」
さらに言えば、下の名前が真琴だっていうのも初めて知った。それについて言うと拗れそうなのでやめとこう、うん。
「そうなんだ。君みたいな綺麗で華やかな女の子とお近づきになれて嬉しいよ。真琴って名前も響きが綺麗だよね」
「え……う……そんなこと」
つかさちゃんはさりげなく握手をしようと手を差し出して、おずおずと伸ばされた手をまるでお姫様の手を取るかのように握り締めたりする。
歯の浮くような台詞に、さりげなくそれでいて大胆に手を握られるとか、これがイケメンじゃなかったら噴飯モノだろう。
だがしかし今のつかさちゃんは女心がよくわかると言うかイケメンの皮を被ったヅカ王子なのだ。部長さんは頭から煙を上げそうなほど顔が真っ赤で効果はばつぐんだ。
「でもつかさちゃん、中身女の子だから気をつけてね。あきらの逆パターンのやつ」
「そうなのよね、気を抜くとオネエになるから困っちゃう」
「は? え? あ? え?」
片手を頬に当ててくねくねするつかさちゃん。急な変化で頭が付いていかないのか、混乱してぐるぐる目を回す部長。
「みやこちゃん、江崎さんのこといきなりバラしてよかったの?」
「あ……やばかった……?」
「別にいいわよ、学校通ってれば遅かれ早かれわかることだし」
「江崎さんがいいなら別にいいけど」
「え、いや、ちょっとまって、もうちょっとあーしにも説明しろし!」
その後部長さんが落ち着くまでメニューとにらめっこした。
うん、やっぱりドリアに落ち着いてしまう。
◇ ◇ ◇ ◇
注文したものを平らげて、お店の人に心の中でちょっとごめんなさいと思いながら勉強道具を広げ始める。
平日で人も少ないし、後でデザート類頼むからいいよね?
「ところでしあーし部長、得意な科目とかあるの?」
「は? いいけど、あとであんたも教えろし」
…………
……………………
色々聞いた結果、数学や化学系は弱いけれど、そのほかは押し並べて平均以上を取っていることがわかった。
あれ? この中で成績やばいのあたしだけ?
そんな現実にちょっと打ちひしがれながら勉強を進めていく。
ほぼほぼあたしだけ、たまに部長さんがわからないことを聞いて、時折ドリンクバーに席を立つ以外は静かなものだ。
うぅ~、ちょっと息が詰まっちゃうよぅ。
そんなこんなで黙々と勉強すること2時間ちょい、『小腹が空いた』という部長様のお言葉によりスイーツを頼んで小休止となったのだ。
部長様グッジョブ。見た目に反して真面目過ぎだよ~、とか思っていてごめんなさい!
あたしが頼んだのはティラミスとプリンの盛り合わせ。
最初はプリンだけだったんだけど、目の前にいるつかさちゃんの赤茶の髪の毛とメニューをみてると、なんとなくティラミスも食べたくなってきちゃったのだ。
「やっぱり、ティラミスも頼んだんだ?」
にこにこ、というよりはニヤニヤと話しかけてくるのはつかさちゃん。
「う、その髪の色を見てると、ついね」
「出合った頃から、そこ変わらないわね」
「あんた達って中学からの親友って言ってたけど、どうやって知り合ったのさ?」
「ボクもちょっと知りたいかな」
部長さんはともかく、晶まで知りたいと言ってきたのは意外だった。
いや、それより。
「あきら、知らなかったっけ?」
「…………そうだよ」
「そうだっけ?」
なんだかちょっと不機嫌で、拗ねてる様にも見える。む、困った。でもちょっと可愛いやつ。
「んー、ちょっと話はズレるんだけど」
と前置きするつかさちゃん。
「この髪、地毛なんだ」
「え、うそ凄くない?! 綺麗な色だし羨ましいんですけど!」
「皆が白石さんみたいに言ってくれたら良かったんだけどね」
「あ……てことは」
「うん、中学上がってイジメにあった。目立つからね、この髪は。別の学区から来た女子に混じって同じ小学校から友達だと思ってた子にも無視されたり、離れていった。ひどい子だと一緒にイジメに参加したりとかも」
ちょっとした好奇心で聞いたら、結構重い過去の話が飛び出して悪いこと聞いちゃったなってバツの悪い顔をする部長さん。こういう人の機微に聡いところがリア充ぽい。
「悩んで悩んで、いっそもう丸坊主にしようかと思ってた時に、ある女子生徒がよく私を見てることに気が付いたんだ」
「それがコイツだった?」
「他の人は目障りなものを見るか、目にも入れたくも無いって感じで私を見るんだけど、その子だけは違っててね。好奇心とも違うよくわからない視線でさ、当時の私は荒れてたし、なんか文句でもあるんだと思ってイライラしてたんだ」
隣を見ると、晶からご厚情賜りしてと言わんばかりの目と合ってしまう。あ、何かこれオチもう読まれてそう。
「だから、思わず声を掛けたんだ。『何見てんのよ、文句あるなら言えよ!』今から考えたら喧嘩売ってるとしか思えない話し方だよね」
「それでコイツは何て言ったのさ?」
「ショコラみたい」
「は?」
「ココアも飲みたいって、それはもう美味しそうな目で見てきてね」
「は、はぁ?!」
「あは、あははははは………」
乾いた笑いをあげるあたしの隣からは、晶がいっそ見ているほうが切なくなるような慈心溢れるオーラを漏らしている。
「だってしょうがないじゃない、美味しそうな色してるんだから!」
「もうね、これだから色々と馬鹿らしくなっちゃってさ。気が付いたらイジメとかどうでもよくなってた」
「あんたって、昔から変わってないのね」
「まぁみやこちゃんだし」
そんな何とも言えない空気の中、気恥ずかしさを誤魔化すようにティラミスを口に運ぶのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
ファミレスのディナータイムが近づいた17時過ぎ、さすがに長居し過ぎたというのもあって店を出た。
つかさちゃんと部長さんの顔合わせは成功だったみたいで、思いのほか仲良くなったのか番号やらアドレスやら交換していた。
その2人とは帰る方角が違うのでファミレスの前で別れた。今は晶と夕暮れの道をのんびり歩く。
無言な時間も居心地が悪くない。
心なしか距離も近い。
「江崎さんとあんな出会いだったんだ」
「あはは、まぁね」
晶が感情のあまりこもらない、抑揚の無い声で呟いた。
多分、なんとなく思ってた言葉が口を出たって感じだ。
「みやこちゃんは江崎さんがイジメられてるって知ってた?」
「いや全然。目立つ髪だし、今考えればねぇ。あきらは知ってた?」
「知ってたよ、有名だったし。美人だから男子の間で結構モテてたし」
「え」
どう見ても小柄な美少女の口から、男子の間でモテてたという台詞に思いがけず動揺する。
そりゃそうだ。ほんの1週間前まで晶は男の子だったのだ。中学生なんて多感な年頃、男子同士でそういう話をすることもあるだろう。
今の晶の姿も相まり想像することが出来なくて、胸の中にもやもやとした処理できない感情が生まれてくる。
「だからそんな子とまるで接点が無さそうだったのに、いつの間にか仲良くなっててビックリした」
「あきらでも、そんな話するんだ」
自分でそう言って、これは失敗したっていうのがわかる。
多分今のあたし達が意図的に避けていたかもしれない話題。
「ふぅん、気になるんだ?」
だというのに、一歩あたしの前に行ってくるりと反転、悪戯っぽい目をして挑発するように問いかけてくる。
「あの頃、ボク達疎遠だったからね」
そしてまたくるりと反転、どこか寂しげな声色でポツリと呟く。
それがまるでこれ以上の話はおしまいとばかりにそのまま歩いて行く様は、拒絶しているようにも見えた。
そう、中学上がってから1年半、あたし達は急に距離を取った。
きっかけは何だったんだっけ?
どうやって元に戻ったんだっけ?
晶の事は昔から一緒で何でもわかってると思っていたのに。
なんだか急によく知らないもののように思えてきては、その考えをかぶりを振って否定する。
「じゃ、また後で。いつもの時間にみやこちゃんのとこ行くよ」
気付いたら家に帰っていたらしい。
『いつもの時間』という言葉に、不安がってた心がなんだか晴れていく気がする。
うん、あたしって結構単純だな。
「またあたしの部屋?」
「ボクの部屋だと母さんくるよ……」
「あはは、だよね」
「そういうわけだから、ね?」
そういって晶は、門の前で背を向け家に入ろうとする。
「あ、ねぇ」
自分でもわけがわからないまま声を掛けてしまった。
「どうしたの?」
くるりと振り返った晶の顔は、いつもの晶の顔だった。
「んー、なんで呼んだんだろ?」
「そんなの知らないよ」
わけのわからないあたしにクスクスと笑う晶。
なんだかそれが、やたらと落ち着いて。
「またね」
そんな言葉が夕闇に溶けていくのが惜しいと思った。
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