第15話 晶の部屋で

 現在時刻は大体19時半頃。

 いつもなら夕食を終えてまったりしてる時間帯である。


 しかし今はテスト前。このままゴロゴロしてたら特に約束はしていないけれど、そのうち晶が勉強しようとやってくるはずだ。


 だがそれでいいのか?


 それだと勉強をやらされてる感になってしまいやしないか?

 どうせやらねばならないのならば、こっちから打って出たほうが心理的負担が少ないのじゃないか?

 これはやられる前にやれ、なのだ。


 そう己を騙す、もとい鼓舞して立ち上がる。


「おかーさん、あきらんとこでテスト勉強してくる!」

「あら、そう。行くのはいいけど気をつけてね」

「大丈夫よ、どうせお隣だし。車も来ない歩いて何歩の距離の世界だし」

「いいえ、違うわ」


 そこで言葉を区切り、真剣な表情であたしを見つめる。


「気を付けるのはあきらの母親よ」

「あ、はい」


 まるで死地に赴く新兵を、心の底から心配する老兵の眼差しがそこにはあった。

 そしてあたしはそれを否定することができなかった。





「おじゃましまーす」


 昨日晶がそうだったように、勝手知ったるなんとやら。

 インターホンも押さず、ドアを開けながら声を上げる。


「ほら、母さんテスト勉強あるから。もうみやこちゃん来ちゃったから」

「あぁん、もうちょっとだけ、ダメ?」

「ダメだから」


 玄関入ってすぐ手前の和室から晶とおばさんが出てくる。


 今日の晶の格好は、黒地のシャツに赤の英字がおどろおどろしくプリントされており、肩口までざっくり大きく開いていて袖は短く、白と黒の縞々のアームカバー。下はパニエで膨らませた赤と黒のチェックのミニ丈の巻きスカートにチェーンベルト。髪型はツインテールに赤の大きなリボン。首には革のチョーカー。


 いわゆるバンドとか追っかけてる子っぽいファッションだった(※都子の偏見であり実際とはかけ離れてる恐れがあります)。


「この格好で真面目にテスト勉強するの。ロックでしょ?」

「あ、はい」


 おばさんはドヤ顔でウィンクなんかしながらサムズアップなんてしてくる。

 その隣の晶はあたしをまるで救世主を見るかのような顔をしている。

 うんうん、これに決まるまでどれだけの衣装に着替えたのかな?



 そそくさとその場を逃げ出すかのように一緒に階段を上がって晶の部屋にいく。

 相変わらず遊び心が無い殺風景な部屋だ。以前出したままのローテーブルがそのままだったので、勝手にクッションを敷いて座る。

 あーはじめるのやだなーなんて思いながら勉強道具を広げ、昨日と同じく向かい合って勉強を始める。


「……………」

「……………」


 静かな部屋にチッチッチッと時計が規則正しく針を刻み、トントンとかサッ、サーという紙にペンを走らせる不規則な音が部屋に響く。階下からは時折タタタタタタタタという機械音が聞こえる。


 テストに焦るあたしの心の中とは裏腹に、部屋には穏やかな空気が漂っている。

 時たま晶の長い髪の毛が机に垂れて、それを鬱陶しそうにかきあげている様子はなんだか微笑ましい


「……………」

「……………」


 ここ数日色々な出来事が起こって慌しかっただけに、こんな静かな時間がなんだか可笑しなものに思えてきたりする。

 ゆったりと流れるこの空気が気心が知れた相手とだからだろうか?

 でも昔みたいな近さにまで戻ったのもこの数日の………あれ、いつからあたし達の距離って変わったんだっけ……?


「……………」

「……………」


「……………ぐぅ」

「コラ、寝るな!」

「は! なんだか眠くなる空気だったから」

「もぅ……時間的にいい頃合だし、ちょっと休憩しよう」


 賛成、とばかりに手と足を大きく投げ出して伸びをしながら床に寝そべる。ひんやりと冷たいのが頬に気持ちいい。

 視線が下がると、テーブルの下からクッションの上で正座を崩したような、所謂女の子座りしている晶の膝とこんにちわ。

 そういえば英子ちゃん先生が、男だと骨盤が違うから女の子座りは難しいとかなんとか言っていたのを思い出して、なんだかやけに落ち着かない気になった。


「ね、膝枕してよ」

「え、やだよ。恥ずかしい」

「いいじゃん、減るもんじゃないし」

「ボクの中の色々なものが減るし」


 恥ずかしがる晶がなんだか可愛いから苛めたくなって、自分でもびっくり、ずいずい強引に迫っていく。


「ほら、ちょっとだけ。先の方だけでいいから」

「みやこちゃん、言い方なんだかヤラしいよ」

「こんな事頼めるのあきらしかいないし」

「………………………………………そう?」


 え? あれ?

 何その受け入れてもいいんだけど、もうちょっと後押しとか自分の言い訳になるようなの欲しいなってもじもじしてるの?

 なにこれあたし口説いちゃってる感じになってるの? あ、やばいやばい。胸がすんごくドキドキしてきたんですけど!


「……………」

「……………」


 正座に座りなおし、スカートの裾を気にする晶が、なんていうか、やたらエロいモノのように感じる。

 待て、晶は今女の子だぞ! いや、でも中身は男の子だしいいのか?! なんだよぅ、なんなんだよぅ、もう! そもそもあたしが女だぞ!!

 何その、潤んでどこかモノ欲しそうな瞳は! やめて! 頭がおかしくなっちゃう!


「…………みー、ちゃん」


 そんな、どこか甘えるような声で、幼い頃の呼び方であたしを呼んだのだった。


「………あー、くん」

「あきら!」


 バンッ! と変な空気を吹き飛ばす勢いで扉が開いた。


「お、おばさん?!」

「か、母さん、急に何?!」


 別に疚しいことをしていたわけじゃないけれど、なんだか空気に飲まれちゃったって感じもあって、変に動揺しちゃう。

 その一方でおばさんはいつもより興奮気味のにこにこ笑顔。なんだろう? 嫌な予感がする。


「見て見て、これ! ついに出来上がったの!」


 取り出したるは花か何かをイメージしたとしか言い様の無いモノだった。フリルやリボンもあるのだが、いつもと違うのはやたらと膨らみを持たしているという点。それでいてウェストはやたら細く見えるようにデザインされている。

 これなら遠くから見ても目だってわかりやすいだろうなと思われる、どこかで各種メディアで見たことがあるようなそれは、紛うことなきアイドル衣装だった。


「それ、かつて週末限定でアイドルやってたグループとかが着てそうなやつ!」

「そうなの! もうね、売ってないなら作っちゃえばいいと思って!」

「か、母さん、今テスト前だから……勉強中だから、ね?」


 なるほど、買えないなら作ればいいのか。うん、おばさんやっぱ化け物だ。

 そして素人目でも高い完成度とわかるクオリティ。さっき下から聞こえてたタタタタタタタって音はミシンだったわけね。


 あ、晶。抵抗は無駄なんじゃないかな? 一度着替えたら満足するんじゃない?

 そんな慈しむような目で見ていると、矛先があたしにも向いた。


「大丈夫よ、みやこちゃん。あなたの分もあるから!」

「え?!」

「み、みやこちゃんも似合うんじゃないかな?! ボクも見てみたいな!」

「あ、いや、ほら着替えるのとかね?! あきらの目があるからね?!」

「ボク部屋の外に出とくね」

「ちょ、おま、裏切り者ーっ!」


 …………


 ……………………この日の勉強はあまり捗りませんでした。

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