第12話 勉強をしよう!

 夕飯を食べ終えて一息ついた19時半。

 ソファにだらしない格好で寝転がって、ぼんち揚げをお茶請けにぼんやりテレビを見ながら幸せを噛み締めていると、『おじゃましまーす』の声と共に晶がうちにあがってきた。

 このへんはほどよい田舎なので、玄関に鍵が掛かるのは寝る前くらいなのだ。


「あ゛~、あきらいらっしゃぃ」


 やる気の無さをこれでもかと滲ませた声をあげながら振り返ると、中学のセーラー服を着た晶がいた。

 髪は左右で三つ編みにしてお下げにし、背の小ささもあっていつもより幼い感じがする。

 うん、これはこれで連れ去りたい気持ちに駆られる可愛さがある。


「ね、お持ち帰りしていい?」

「何馬鹿な事いってるの、自分ちでしょ。ほら、部屋に行って勉強するよ」

「えぇぇ、この番組終わるまで、いいでしょ?」

「ダメ。大体それ2時間の特番じゃん」

「ちっ」


 呆れた顔の晶に手を引っ張られ、無理やり立たされ部屋に連れて行かれる。

 なんだか今日は晶に引っ張られてばかりだな……


「そういえば、あきらと試験勉強するのって初めてな気がする」

「そういやそうだね」

「ところで何でセーラー服?」

「……家に帰って着替えずにいたら母さんが、制服が好きならこっちもあるからって」

「あぁ……」


 どこかげっそりとした顔で語る晶。その様子が事細かに想像できてしまった。

 まぁ可愛い姿を見れるのはいい目の保養になるから、あたし的にはグッジョブなんだけどね。


 部屋に招き入れ、ごちゃごちゃとあまり整理の行き届いていない様子を目に入れられると、ジト目でため息をつかれる。

 はっはっは、これでも片付けたほうなのだよ。


 隅のほうに立て掛けられていた、年代物って感じの古い折りたたみ式のローテーブルを広げる。

 表面には何で付いたかわからない傷や汚れがそこかしこにある。


「懐かしいね。小学校の頃とか、これで夏休みの宿題とかしてたっけ」

「いつの間にかあたしの部屋まで来ることがなくなってたんだよね。家自体にはそれなりに来ているのに」

「そりゃあ、当たり前でしょ」

「そうなの?」


 せっかくうちに来たなら部屋まで遊びに来てくれてもいいのに、と思う。

 おかげで部屋が荒れ放題だ。快適な部屋作りのために是非ともちょくちょく足を運んで欲しい(他力本願)。


「迷惑じゃない?」

「え、何で?」


 何を遠慮しているのかわからないけれど、思わずきょとんとした顔で返してしまった。

 思春期の晶は難しいなぁ!


「みやこちゃんがいいなら、遠慮しないよ」


 色めくような、どこか甘えるような顔で微笑む晶。

 なんだか胸がざわめいてしまう。



  ◇  ◇  ◇  ◇ 



 互いに向き合うかのような姿勢で筆を進めることおよそ2時間。

 2人で同じ演習問題を解きつつ、わからないことがあったら教えてもらう形でせっせと試験範囲を洗っていく。

 成績上位者で貼り出されることも多い晶の教え方は上手く、気付けばそれだけの時間があっという間に過ぎていった。

 これだけ集中して勉強したのは受験以来じゃないかな?


「うぅ~、ちょっと休憩しよ? あたしお腹空いちゃった」

「休憩はいいけど、こんな時間に食べたら太るよ?」


 そうなのだ。でも頭を使うと結構お腹が空いちゃうのだ。

 やれやれといった体で、手を止めて立ち上がる晶。


「食べ物はあれだけど、何か飲み物なら。甘いものでも淹れる?」

「じゃああたしミルクココア! ミルクさらに追加で!」

「わかった。家にある? 無いなら自分ちに一回戻るけど」

「あるはず。わからなかったらお母さんに聞いて」

「はいはい。じゃあちょっと待ってて」


 そういって勝手知ったる我が家の台所に向かう晶を見送り、勉強から開放感から大きく手を上げて伸びをした。

 肩がぱきぱきと音を立て、思った以上に凝り固まってたのがわかる。

 そのまま背筋を伸ばそうと仰け反ったら、壁際に吊ってある制服が目に入った。


「中学の制服かぁ」


 中学といえば、なんでかわからないけれど一時期晶と疎遠になってたんだっけ。

 そして気付いたら今の距離感。疎遠になった時期を境に幼年期の関係が終わってしまったって感じがする。

 なんだか今と過去の狭間を象徴するものの様に思えてきた。これを着たら、あの時のことがわかるかな………


 ………とかなんとか小難しい理屈を考えてみたものの、要は着てみたくなっただけなのだ。

 セーラー服はセーラー服で可愛いんだよね。

 ただ、中学の制服って考えると何だか年下に思われたくない、少しでも大人に見られたいみたいな? 変な抵抗感? プライド? っぽいのがあったりして、きっかけがなきゃ着ることもない。

 

 というわけでクローゼットの奥のほうに眠っていたセーラー服を手に取り、埃避けに使われている近所のクリーニング店のロゴが入ったビニール袋から丁寧に取り出していく。

 1年ちょっと前まではこれ着てたんだよね。だから着られないということはないと思うけれど、なんて思いながら袖を通していく。

 中1の頃ちょっと大きめのサイズで作ったそれは、袖のカフスは幾分か擦り切れており、スカートもお尻のほうとかてかてか光ってたりする。

 3年間の刻まれた歴史ってやつだ。


「ん~、ちょっと小さいって気はするかな」


 そう、実は高校に入ってからも身長が5cmほど伸びてたりする。スカートの丈が記憶の位置よりちょっとだけ高い………気もする。

 なお胸は………うん。そっちはいいよね。別に。うん。ぐすん。


 スカートのウェスト部分を内側に2回くるりと巻いてミニスカートにして、ひだを整える。

 姿見の前でポーズを決めてくるりと一回転。スカートが舞って、中身が見えそうになる。

 次は、片足だけ膝を立ててぺたんと座る。悩ましげに足に手を添えて、膝の角度を徐々に鋭くしていき、これまた見えるか見えないかのぎりぎりのラインを攻めていく。


 そう、これはあたしのかんがえたさいきょーのせくしーぽーずの研究である。

 えろいなーこれはうぶなしんにゅうせいをのうさつしちゃうよー。


「…………何してるの?」

「…………せくしーぽーず」

「………………うーん、どちらかというと痴女っぽい、ていうか馬鹿っぽい」

「ひどっ!」


 ココアを淹れて戻ってきた晶の目は冷ややかであった。

 まぁね、自分でもちょっとお馬鹿っぽいって思ってたんだけどね!


「ところで何で中学の制服?」

「あきらが着てるから、着たくなった!」

「ふぅん?」


 受け取ったミルクココアは、ミルクを追加で足した為か、冷ます必要がない丁度いい温さだった。

 両手でマグカップを抱えて口をつけ、赤茶よりは随分白みが増したココアを口の中でもてあそびながら味わっていると、ふとつかさちゃんの事が頭によぎる。


「つかさちゃん」


 その単語にぴくっと晶が反応する。


「つかさちゃんも変わっちゃってたね。男の子になっちゃってた」

「そう……だね……」


 なんとも歯切れの悪い返事をする晶。

 自分以外にも性別が変わってしまった人が居たのだ。晶としても何かしら思うところがあったりするんじゃないかな?


 つかさちゃんといえば、竹を割ったようなという表現がよく似合うさばさばした性格の頼れるお姉さんって感じの女の子だ。同い年だけど。


 中学の頃に知り合って以来、よく率先して遊びに連れてってくれたり、勉強だけじゃなく色んな事を教えてくれたり、よくお世話に………って、よく考えたらあたしの方だけ一方的に世話になりまくってないかな?! あっるぇ~?


 そんな親友ともいえるつかさちゃんなんだけど、出会った頃はイジメを受けてたりしてたんだよね。

 返り討ちにしてたみたいだけど。


「うーん、でもなんかつかさちゃんが困ってるっていうのが想像できない」


 むしろ、自分が変わってしまったことで戸惑うこちら側のことを気にかけてそう。


「困ってないってことは無いと思うけどな。でも、江崎さんはたくましいよ」

「たくましいかぁ、つかさちゃんにぴったりな言葉だね」

「ほんとにね………」

「そっかぁ………あ、そのことでつかさちゃんと何か話した?」

「……え」


 え?


「どうして、そう思う?」

「どうしてって……」

「ねぇ?」

「う……」


 さっきはちょっと動揺したような素振りを見せた晶が、ジリジリと、身体はちっこいくせに妙に大きな迫力でもって迫ってくる。

 あれ、あたしも動揺してる? 何に? 動揺した晶に? 動揺して動揺した自分に? あれ、もうわけがわかんない。

 

「………べ」

「………べ?」

「勉強の続きをしよう!」


 そうだ、こんなこと考えてもきっと答えなんて出ない。

 それよりは、目下迫ってきているテストの点数の方が重要だ。

 うん、そうだ、そうに違いない。


「そっか、みやこちゃんがやる気だしてくれて嬉しいよ」


 え?


 なにそのいい笑顔? もしかしてあたしハメられた?!


「だ、騙したな!」

「えぇぇ、人聞きの悪い」

「純朴だったあきらはどこ?!」

「馬鹿言ってないで休憩終わり、今日は数学全部終わるまで寝かさないよ」

「え゛」

「それくらいのペースじゃないと間に合わないでしょ? さぁ、やるよ」

「ひぃー、鬼ー!」


 きっと。


 色々と考えなきゃいけないことがたくさんあるのだろうけど。


 二人ならなんとかなるかなって、ぼろぼろのローテーブルを囲みながらそんなことを思った。 










 ちなみに日付が変わるまでみっちり勉強させられた。

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