第10話 変わる親友と忘れていた事

 週明けの月曜日。


 夜中に雨が降ったのか、地面が少し湿ってる。

 最近はどんどん暑くなってきていたのだけれど、そのせいか今朝はいつもよりちょっと肌寒い。


「セーターでも下に着てくればよかったかな?」

「昼はきっと暑くなると思うよ」


 そう独りごちるあたしに答えたのは、家玄関から出てきたばかりの晶。


「おはよ、あきら」

「おはよう、みやこちゃん」


 体型に合った真新しいブレザーに膝上15cmほどのスカート、ふくらはぎまでを覆う紺色のソックスに胸元には新品のリボン。髪は緩く編みこまれ、よく見ればうっすらと化粧も施されている。

 ごく一般的なうちの高校の女子の制服姿だけど、着る人の素材がいいのか、うちの制服ってこんな可愛かったっけ? て思ってしまう。

 なんていうか、おばさんグッジョブ! って、言いたいところなのだけれど、思わずあたしの口を出た台詞というのは。


「なんかその………大人しいね?」

「……ボク制服好きになってしまいそうだよ」

「あは、あははは……」


 と、すっかり疲れきった声で答えてくれた。その哀愁は16歳がだせるものじゃないぞぅ?


「ところで、今日はお弁当作ってみたんだけど」

「え! やた! あきらメシだ!」

「体格変わって台所で色々するのに、違和感があった部分とかあったりしたから……失敗してたらごめんね?」

「大丈夫、こないだの餃子はおいしかったし」


 お弁当をもらったりすると、なんだか日常に帰ってきたような気がする。

 まぁ実際は何も解決してないんだけれどね。


「それより急がないと。時間ぎりぎりでしょ?」

「そだね」


 そう、今日は敢えて時間ぎりぎりに着くような遅い時間なのだ。

 早く着いて質問攻めとかされたりするのもイヤだからね。

 バスを使うという手もあるけど、少しでも時刻が遅れたりしたらアウトなので却下。

 そんな感じで歩き出したのだけれど、いつもと違う女の子の晶の歩幅が気になる。


「ね、手を繋ごっか?」

「えっ!?」


 突然の提案に晶が顔を真っ赤にして、思った以上にびっくりする。

 あたしもびっくりして焦っちゃうじゃないか!


「ほら、歩幅。手を引っ張ったら遅れることも無いだろうし」


 う~、なんかこれ自分で言ってて言い訳みたいだぞぅ!


「みやこちゃん、そういうとこ見てくれてたんだ?」

「そりゃ、まぁね」

「そっか」


 表情が一転、やたらいい笑顔を浮かべた晶があたしの左手を握ってくる。


「じゃ、お願いね」

「お、おぅ! 任せて!」


 あたしが右で晶が左。昔からの定位置。


 不謹慎かもだけど。

 最近なんだか昔みたいに晶との距離が縮まった感じがして、ちょっと嬉しい。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 教室に着いたのはチャイムと同時だった。つまりギリギリ。

 道中遅刻しやしないかと内心ちょっとひやひやしていたけれど、余計な詮索やらされることが無かったので、まぁ良しとする。


「ちょっとは落ち着いてくれてればいいんだけど」

「多少は覚悟してるよ」


 そんなことを晶と小声で話しながら英子ちゃん先生が来るのを待つ。

 あれ、今日もつかさちゃんいないな? もしかして厄介な風邪でもひいてるのかな?


「はーい、みんな席についてるー? 今朝のHRはじめるよー?」


 ふわふわの髪を強引に後ろでひっつめて、今朝は冷え込んだ為か着ているジャージが心なしかいつもよりもこもこしている。そしてそのもこもこ具合が大きな垂れ目を眠そうな顔へと演出している。


「世の中にはちょっと不思議で知りたくなるようなことがありますよね? 深海に住む生物がどんな生態をしているのか? 月の裏側がどうなっているのか? そして最近学生時代の面子での女子会が『あ、彼氏といちゃこらするから出られないやごめんね(てへ』なんていう輩に対しての殺意と妬みをどう抑えればいいのかとそんな事がありますね?」


 あ、うん。英子ちゃんの闇が漏れ出してる。これは非常にいけない。誰か! 誰か英子ちゃんを彼女にしてあげて?! まだ手遅れになる前に! 今ならまだ間に合うから!

 などと、まだ見知らぬイケメンに祈りの電波を飛ばしていると、ガラリと、突如扉が開いて一人の男性が入ってくる。


 180cmに近い高い身長に、甘い言葉が似合いそうな端正な顔立ち、男子にしては長い髪を後ろで縛り、色は赤茶でまるでココアの様。

 芝居がかって優雅に歩いてくるさまはまるで王子様のよう……いや王子様というより、ていうか見覚えがある顔だった。


「ヅカさんじゃん」


 そんな台詞が思わず口から飛び出してしまった。

 そのヅカさんはというと、あたしを見つけ、そして晶を見る。そしてもう一度あたしの方を見てにっこり王子役スマイル。


「ヅカじゃないよ。つかさ。江崎つかさ」

「……………」

「……………」

「…………ぇ?」


 ん? どういうこと? ヅカさんの名前が江崎つかさ? つかさちゃん??!


「元女子の江崎つかさ。楠園君とは逆のパターンかな?」


 と、くつくつと笑いを堪えるかのように口元に手を持っていく。

 

 ………


 ………………


『『『ええええええええええええええっ?!?!』』』


「ど、ど、どういうこと?! 江崎さんってあの演劇部のつかさちゃんだよね?!」 

「よく見れば顔に面影あるけど……身長もかなり伸びてるよね?!」

「江崎さん、むしろこっちのほうが本物ってくらい似合ってる……」

「あ、それわかる!」

「せ、拙者江崎殿になら、つ、つ、つかさルートに入っても良いでござるぅぅぅっ!」

「しーずーかーに! 先生だって色々わかんないことだらけだし、ぶっちゃけちょっと好みだから色々お話したいのを我慢してるんだかねー!」


 晶のときと同じような大騒ぎになったのだった。

 そうか、英子ちゃん先生、ヅカさんみたいなのがタイプなのか。

 いや、ヅカさんはつかさちゃんだったのか。

 ……んぅ? つまりどういうこと?


 混乱した頭で晶のほうを見てみれば、羨望? 焦燥? 諦念? 見たことも無いような複雑な表情をする幼馴染の顔があった。


 それを見て、ゾクリ、と。首筋から心臓に向かって冷たい鋭利な何かを差し込まれたような、心が凍える恐怖に近い感情がどこからか押し上げられてくる。


「あきら?」


 思わず幼馴染の名前を呼ぶ。


「どうしたの、みやこちゃん?」

「………どうしたんだろう?」


 その顔をみたら、吐き気に近い何かは収まっていた。


「何が?」

「んー色々?」

「色々?」

「うん、色々」


 ほんと、何が色々どうなってるんだろう………



  ◇  ◇  ◇  ◇



 晶とつかさちゃん、2人の変化でそれはもう今日は一日中大騒ぎになるのかと思ったら、そうではなかった。

 相変わらず質問攻めになったりしている2人だけど、土曜日の時ほどじゃない。

 肩透かしではあるけれど、お昼休みになる頃には普段に近い空気になっていた。


「なんかもっと大騒ぎになると思ったんだけど、案外普通だよね」

「ボクとしては静かでいいけど」


 2人お弁当を広げお弁当を堪能する。


 以前大量に作って冷凍していた餃子にほうれん草入り出汁巻き卵、ポテトサラダにプチトマト。それに佃煮入りの俵結び。

 今日も女子力が高いあきらメシである。まぁ今実際女子だしね。

 晶に比べると大きい一口で、ぱくぱくと胃袋へと収めていく。


「ん? あきら箸が進んでないけど大丈夫? どっか具合悪い?」

「食欲がないんじゃなくて、その量が……男の時と同じかちょっと少ないくらいだったんだけれどね」


 お弁当の中身は半分に差し掛かったあたりから減ってないように見える。

 そういえば回転寿司でも3皿でお腹いっぱいになってたっけ?


「いらないなら食べてあげよっか?」

「……んー」


 一瞬呆れたような顔を見せたと思ったら、一転悪戯を思いついた顔に変わって、おかずを箸に掴んでこちらの口元に持ってくる。

 所謂『あ~ん』の構えである。


「こ、これは……っ!」

「あ~ん?」


 晶も恥ずかしがってはいるが口元はにやにやしてて、じゃれるような笑顔を浮かべている。

 くっ! この程度で怯むあたし(の食欲)じゃない!


「あむ」

「おぉ!」


 と、さしも抵抗感もなくあっさり食べる。よく考えたら昔同じようなことやってたし?

 ちなみに晶は『餌付けみたいで楽しい』なんて失礼なことをいいつつ、せっせと口にご飯を運んでくれた。

 今日もごちそうさまです。


「やぁ、二人とも」

「ヅカ……いやつかさちゃん?」

「江崎さん………」

「ふふ、楠園君は随分可愛らしいね。嫉妬してしまうよ」

「……そりゃどーも」



 ごそごそとお弁当箱を片付けている時にやってきたのはヅカさんでなく実はつかさちゃんだったヅカさん。

 むぅ、ややこしい。


「そもそも何でヅカなんだい?」

「なんかタカラヅカっぽいから」

「ぶっ! なるほどね! あはは、そうだったんだ!」


 けらけらといった表現が似合う位の大きな声で笑うつかさちゃん。

 目尻に涙まで浮かべております。どこがそこまでツボにはいったんだろう?


「ていうか、つかさちゃんはあたし達に気付いてたんだよね? 言ってくれればよかったのに?」

「いや、でも私随分姿が変わってるからね。言っても信じてもらえなかったと思ったんだけど………」


 と言いながら晶を見る。なるほど。


「あきらを見た、と」

「自分がこうなってなかったら思いもよらなかったけれど、あの時は一瞬でわかったね。楠園君だって」

「へぇ………あきらはどうだったの?」

「ボクはまさかとは思ったけど………いや、やっぱり気付いていなかったね」


 友人同士でやるような軽口を叩く感じで話を振ったんだけど……何かつかさちゃんと晶の視線が複雑に絡み合っている。

 ん? うんんん? どういうこと?

 二人を見ていると、なんか胸がもやもやとしてくる。言葉に出来ないもどかしさ。

 しかし視線が絡み合っていたのはそれほど長い時間じゃなく、またすぐに普段の空気に戻る。


「ところで土曜日は大変だったんだって?」

「そうそう、大変だったよー。学校中上へ下への大騒ぎ! だから今日はちょっと拍子抜けかな?」

「だろうね。まぁ今週末から定期テストあるし、それで皆は自分のことで手一杯なんじゃないかな?」

「ていきてすと?」


 ぎぎぎ、と油が切れた機械のように首を動かし晶のほうをみれば、え? 忘れてたの? とばかりに哀れなものを見るかのような憐憫の視線を返してくる。


「まさかみやこちゃん忘れてたの?」

「都子、あなた気付いてなかったの?」

「……………はい」


 すっかり忘れてました!!

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