第9話 出会いと、出会いと、
思わず『ヅカさんだ』なんて言ってしまったけれど、彼の名前は知らない。
タカラヅカっぽいから心の中でヅカさんと呼んでいるだけだ。
「ええっと、なんでしょう?」
「みや、その……なんていうか……」
「はぁ」
何か妙に顔を赤くして、赤茶けたココアのような髪の毛先をいじくりながらうねうねしている。一体何だというんだろう? まだまだ肌寒いしホットココア飲みたい。
以前に会ったときもこの人……以前?
は! そういうことか!
あたしは不倶戴天の敵を牽制するような目で、ジトーっと睨み付ける。
「残念だけど、こないだ隣にいた小さくて可愛い子は一緒じゃありませんよ」
「え? は? あ、はい、いや違っ」
「あの子はダメだからね」
そう、きっとヅカさんの狙いは晶だろう。
見た目は小柄で華奢な美少女なのだ。
ヅカさん、身長は180cm近いんじゃないかな? こんな大きな人に強引に迫られたら、150cmもない晶なんて簡単に組み敷かれてしまう。
…………ゴクリ。
「あの子じゃない、私の目的は君なんだ」
「あたし?」
「そう。だからちょっといいかな?」
相変わらずどこか芝居がかった言い回しで、それでいて真剣な眼差しであたしを見つめながらその端正な顔を近づけてくる。
あたしの後ろに壁があったりしたらドンと手をつかれていたかもしれない勢いだ。
だが生憎ここは人の多い生鮮食品売り場で、手に持っているのは出来立てのカツオのたたきである。
しかもあたしの格好は自分でもさすがにどうかと思う部屋着ルック。ヒロイン検定とかあったら余裕で失格になるだろう。
ははぁ、なるほど。
晶の前に先ずあたしを篭絡するつもりか。
将を射んと欲すればなあれか! あたし馬か! ひひーん!
「よくない」
「え」
手に持っていたカツオのたたきをどうしたものか一瞬迷ったのち口に放り込み、ヅカさんを拒絶するかのように空の容器ごと手を突き出す。
「もぎゅもぐぐもぎゅもぎゅ」
「…………飲み込んでからで」
「もぎゅ、ぐ、ん…………こんな人が多いところで迷惑!」
「いや、それは」
「じゃ、そういうことで」
「待って!」
売り場からそそくさと離れようとするあたしの手を、しかし逃さないとばかりに鮮やかに手を取り、そして強引に引き寄せる。そのまままるで彼の腕の中へと抱き寄せられそうにな光景はまるで物語りの1シーンのように見えただろう。
だが、あたしの手の中にあったのはカツオのたたき(2切れ完食済み)なのだ。ねぎとポン酢がたっぷりかけられてておいしゅうございました。
そう、つまりどういうことか。
「うげ」
「あ……」
握られた手からはまるで涙を流すかのように、黒いポン酢が滴り落ちていったのであった(都子的詩的表現)。
貴公子然と振舞っていたヅカさんは予想外の出来事に弱いのか、オロオロと目を泳がせながら、あたしに縋るように訴えてくる。
だがあたしは、まるで親の敵を見るかのような怨嗟の籠もった目でにらみ返しす。
たたきは食べ終えたけど、溢れんばかりに盛られてたねぎがまだ結構な量残ってたんだぞう! ふんすー(鼻息)!
さすがに手がねぎとポン酢で汚れてるのは気持ち悪いので、近くのお手洗いへと駆け込んで手を洗う。
ヅカさんはこれを使ってとハンカチを出してくれたのだが丁重にお断り。ポン酢にまみれたハンカチなんて貰っても困るし、その場で突っ返されても嫌だろう。
エアタオルで乾かすのって妙に時間かかるからめんどいなぁ、なんて考えながらお手洗いを出たら、ヅカさんが壁に背をもたれさせながら待っていた。何気に様になってるのが、なんかちょっと悔しい気がする。
「さっきはごめん。かわりにお詫びさせてよ」
「けっこーです」
「ほら、あそこのモール内に入ってる喫茶店なんてどう?」
「行きません」
「ココア」
「っ!」
からかう様な、挑発するような目でそういった。
あたしが心の中でココアを連想していたのを読んだというのか?! エスパー?!
ヅカさんは堪え切れないとばかりに、くつくつと笑ってる。
「やっぱりココア飲みたくなったんだ?」
「…………違います。もう行きます」
「そっか。でもさっきは本当にごめんね」
そして、先ほどの強引さはどこへ行ったのかと思うくらい。
「今度はあっさり通してくれるんですね」
「君には嫌われたくないからね」
なんて、キザったらしい台詞を、何か眩しいものを見るかのように言ったのだった。
うーん、ヅカさんの考えてることはわからない。
悪い人って思えない分、なんだかやり辛い。
◇ ◇ ◇ ◇
次に向かったのは、モール内に入ってる家電量販店である。
結構な売り場面積があって、色々な展示品を見ているだけでも楽しい。
マッサージチェアに座りたいけれど、暇な近所のおじいさん達がいつも誰かいるので断念。さすがにそこに混じる程度の恥じらいは持ってるのだ。
あたしの目当ては奥の方にあるソフト関連のエリア。
ソフト関連とはあるものの、要は新品や中古のCDやDVD、BD等のゲームや映像、音楽ソフトに加え、漫画や雑誌まで置いてたりする。
特に欲しいものは無いけれど、どんなものがあるか色とりどりのジャケットやパッケージを見ているだけで楽しい。差し当たって新作に何あるかだけでも見てみるかと足を運んだら、その場とは不釣合いにも思える派手な女の子がいた。
年の頃は同じくらいで背丈はあたしより1回り低いというか、ごく平均的な身長。
明るいオレンジといった髪色に、ゆるっとふわふわしたパーマのかかった肩までのミディアムヘア。
派手な柄のオフショルダーのチュニックにホットパンツで肩と足を思いっきり露出している。
見るからに派手で、如何にもスクールカースト上位のリア充ギャルグループっぽそう。
だが……その、うん。胸が残念だ。絶壁だ。あたしといい勝負だ。ぶっちゃけその一点で親近感が沸いてる。うふふ。
そんな娘がアニメのBD、DVDコーナーの一画にて真剣な顔をして腕を組んで唸っているのだ。
不釣合い、は言い過ぎかもだけど違和感は覚えてしまう。ここはカースト下位の憩いの場ですよ? 上位の方々はオサレなカフェで奇抜なメニューでもインスタってなさい(偏見)。
だけどあの子、どこかで見たような…………ギャルグループに知り合いにいないし…………でもあの絶壁どこかで………あ!
「あーし部長じゃん!」
「は?! あーし白石だし! あーしじゃないし!」
急に話しかけたあたしに対し、脊椎反射のごとく噛みつかれる。
派手な格好とは裏腹に、そんな彼女は晶が所属する家庭科部の部長さんである。しかも凄く料理が上手(重要)。
晶を介して顔を合わせる知人って言うくらいの間柄なのだが、なんか目の敵にされているのかあたしと顔を会わすたびによく突っかかってくるのだ。
でもあたし知ってる。よく部活であまったおいしいお裾分けを晶に持たせてくれているのを。※なおその後あたしの胃袋に納められる模様。
「そうだった。しあーし部長さんだった」
「……あんま変わってない気がするんですけどー」
ジト目で睨まれる。派手な美人に睨まれるのはちょっと怖い。
「てか、あんたは晶のあれじゃん。あれ。なんていうかあれ晶の、うぅ~~~~」
「うん、いつもうちの晶がお世話になってます」
なんか言葉が出そうで出ないような歯痒い感じであーしさんが手を握り締め顔を真っ赤にぷるぷるしてる。
よくわからないけれど普段晶がお世話になっているし、今後のことも考えると迷惑を被ると思われる。なので、ついお母さん的な気持ちで頭を下げてしまった。
「あぁ、もう! てか昨日のあの騒ぎ何?! あーしのクラスでも身動き移動も出来ない位だったんですけど!」
「あ、それな! あーし部長さんにも頼みたいことがあるの!」
「あーしじゃないし! 白石だし!」
「あきらが大変な事になっててさ! しあーし部長さんにも色々協力してくれたらって……そだ、アドレス交換しません?」
「はぁ?! 晶が大変ってどういうことだし?! ちょっ、ちゃんと説明しなさいよ!」
「えっとね、これ……」
見せたほうが早いと、スマホをごそごそと探す……が見つからない。どうやら急いで出てきたので家に忘れてきたようだ。
しかも自分からアドレス交換しようといいながらこの始末。気まずい。
自分の体をまさぐる姿勢から、どう誤魔化して切り抜けようかと視線を彷徨わせる。
「そういえば、そのアニメBDのポスター見て悩んでたみたいですけど?」
「そうなのよ! 店舗ごとに微妙に違うから、どれにするか悩んでてさ!」
「お、おぅっ……」
パーソナルスペースなにそれおいしいの? といった興奮した勢いでどんどんとあたしに詰め寄ってくる。これが……これがリア充が為せる接近術かっ!
「人によって評価は分かれてるんだけどあーしは断然主人公推し! 捻りの無い王道だとかベタ過ぎだとかネットでも散々叩かれるけど、でもそれでも展開がアツくて見ていて涙がうるうるきちゃうときもあるし! それにいわゆる日常会で繰り広げられる勘違い系コメディも秀逸でさ! しかもその会が親友やヒロインとのすれ違いも巧みに本編の複線にされてて見逃せないし! その中でもあーしの一番のお勧めポイントは1期前半山場のっ………」
「あ、はい。はい。ソウナンダー。うん。」
見たことも無いキラキラとしたいい笑顔で力説する白石部長さん。そうか、こんな一面があったのか。
これ、どこかでみたような感じだと思ってたけど、晶のおばさんに似てる。うん、似てるなら晶に何かあったら………………いや何かしそうな側の人じゃないかな?
ん? もしかして地雷踏んじゃった?
………
………………
よし、あまり気にしないことにしよう! 考え過ぎはよくないね、うん。
「てゆーわけだから、あんたもこれ読めばいいし!」
「え、これは?」
「コンクロード太平記の小説版1~5巻とコミック版1~2巻! 大丈夫、これ布教用のやつだから!」
「布教用……?」
あたしのよく知らないリア充の文化だろうか?
いや、うん、まぁ違うと思うけど。
「あーしもう行くけど、今度感想聞かせろし!」
「は、はぁ」
「それの続き、まだあるから! じゃ!」
バッグ類を何も持ってきていないのに、むき出しの本7冊渡されても途方にくれてしまう。どうしろと?
まぁ時間は潰せたし家に帰ればいいのかな?
本より、ごはんの感想のほうを言いたいんだけど、と思いながら7冊の本を抱えながら家路に着いたのであった。
……ちょっと恥ずかしかった。
◇ ◇ ◇ ◇
家に帰ると誰もいなかった。
どうやらお母さんも一緒に晶たちと出掛けたらしい。逃げられなかったのか……
時刻は丁度お昼時、買い置きしてあったインスタントの塩焼きそばでお昼を摂る。
湯気を上げながら、台所のシンクがペコンとなるのが妙に楽しい。
その後部屋に戻ってもすることが無かったので、部長さんに借りた、もとい押し付けられた漫画を読み始める。
リビングから持ってきたカボスジュースを置いて、ベッドで寝転びながら読む時間は至福の一言。
………
………………
………………………
………………………………は!
気が付いたら日がすっかり落ちていた。サイドテーブルに置かれたカボスジュースが入ったグラスは、とっくに氷が溶けてしまってぬるくなっている。
それくらい面白かったのだ。
コミックスの2巻が丁度盛り上がるところで終わってしまい、普段活字なんて読まないあたしが続きが気になって小説版まで読み出すくらいだ。
貸し出された小説版の5巻で一つの山場が終わるのだけれど、まだまだ謎が残ってたり気になることが盛りだくさん。早く続きが読みたい。
そんな逸る気持ちを落ち着かせるように、溶けた氷の分薄くなったカボスジュースを一気に飲み干す。
ぐぅ。
時計を見れば結構いい時間だった。お腹の虫も鳴きだしている。
階下からは何か話し声。晶とおばさんも一緒なのかな?
今日はお米をまだ口にしていなかったので、夕飯は味の濃いがっつりしたものでごはんをいっぱい食べたい気分なのだ。
「ねー、今日のお夕飯どうする………の………?」
そこに居たのは白と赤と桃色と桜色と紅色とありとあらゆる目がチカチカするほどなパステルカラーのリボン、ピンタック、ピコフリル、レースを贅沢に使用されたボリュームのあるコーディネートがなされた晶だった。
もはや人が服を着るんじゃない、服のために人を添えている状態で、服飾という言葉について問いただしたい気持ちにさせられる。せめてもの服への反逆とばかりに、腰まで届くロングヘアーには色とりどりの髪飾りで装飾されているが、皮肉にも服を際立たせる結果になっている。
今までもこういった可愛らしいひらひらしてきたものは見てきたけれど、それらとは一線を画す規模である。他は亜流、これこそ本家と言わんばかりのKawaiiを詰め込んだもの、そうかのモノの名は―……
「ぴ、ピンクキャッスルっ!!」
「都子、あんた帰ってきてたの?」
「みてみて、みやこちゃん。思い切って買っちゃったの」
「うふふ、みやこちゃんどうかな? ボク可愛いかな?」
足を放り出して地べたに座るお母さんの顔は疲労を隠しきれていない。
その隣でパシャパシャと一生懸命撮影しているおばさんは肌がつやつやしていて、まるで若返ったかの様だ。やっぱり化け物かな?
そして晶はというと、その目はどこか慈愛の色を宿しながらもどこか諦観も混じっているような感じ。
ていうか、ぶっちゃけ何か新しい扉を開きかけているような顔にみえる。
………晶、それでいいのか?!
「今日の夕飯は外食かい?」
いつの間にか帰ってきてたお父さんが、リビングに入るなり状況を把握したのかそう言った。
「そうね、何も準備していないし」
「わたしもあきらちゃんの買い物で何も準備してないわ」
「じゃあ一緒にファミレスでも行かない?」
「いいわね、じゃあご一緒させてもらっていいかしら」
そんな母親達の会話で宮路・楠園両家の夕飯事情が決まっていく。
だがその会話で顔を青褪めさせたのは晶だ。
「外食…………?」
正気に戻ったというべきか、うん、さすがにこの格好でファミレスは行けないでしょ。どんな罰ゲーム状態。
結局泣いて懇願するおばさんを振り切って(比較的)大人しい格好に着替えてファミレスに向かうことに。
おじさんはいないけれど、お互いの親も混じっての食事なんていつ以来だろう?
中学に入ってすぐおじさんが単身赴任で居なくなっちゃったから数年ぶりかな?
だからかもしれない。その日食べたきのこのあんかけハンバーグは、何故かやたらおいしく感じたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
その日の夜。
『ねぇ、みやこちゃん聞いてる? あの後ボクほんとに大変だったんだからね』
『うん、聞いてる聞いてる。悪かったってー』
『ほんとかなぁ。それでね、制服作る時なんて、何故か中学の女子のやつまで作りそうになっちゃってさ』
『ああ、うちの中学セーラー服だったからねー』
『それからね、高崎屋デパートに行った時はね………』
生まれて初めての2時間半にも及ぶ長電話は、幼馴染の愚痴でした。
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