第1章-2 晶の女子高生デビュー
第7話 きっと、あたしはまだ……
「おぉ! 可愛いよあきら!」
「…………そう言われても複雑」
思わずパチパチと手を叩いて似合ってるよアピールするのだけれど、晶は眉間に皺を寄せて微妙な表情をしている。
ちなみにしっかりと撮影済み。また後でおばさんに送らなきゃ(強迫観念)。
本日土曜日、天気は晴れ。晶の学校女の子デビューには絶好の日である。
ちょっと大き目のブラウスにカーディガン、そして一足気が早いけれど夏服のスカートにタイツ、靴はローファー。
それら全てあたしのものだったりする。カーディガンとローファーは中学の頃のだけれどね。
スカートが夏服なのは、冬のは今あたしが使ってるからなのだ。
5月も中ごろを過ぎて暑くなってきたし、ちらちら夏服を使い出してる人もいるからそれほど目立たないでしょう、うん。
ちなみにスカートのホックのアジャスターを一番小さくしてもウェストが余裕だったのは地味にショック。ささやかな復讐にと、落ちないためだからと言いながら内側に折り込んで丈を短くしてやった。へへん。
「とりあえず行こっか。どうする? バス使う?」
「どれでもいいけど……でも自転車は無理。サイズがね」
時間はいつもより早めである。
昨日気付いたんだけど、身体が小さくなった分歩幅も小さくなっていたのだ。
徒歩だと学校に着くまでの時間が増えるかもしれない。
それならバスで行ったほうが確実かな……『じゃあ、』と言って提案しかけたら。
「やっぱ歩きで行こう。昨日ちょっと散財し過ぎたから」
「あー、あぁね……」
そうだった。昨日余計なモノまで買い込んでしまったのだった。
普段使いしてないからバスの定期を持ってるわけじゃない。
うん、そうだね。バス乗るのもタダじゃないんだ。お金は大切だよね………
というわけで、慣れ親しんだ道を歩いて学校を目指す。
晶の歩幅に合わせて歩くと、1テンポ遅らせると丁度いい感じになる。
せっかち気味という性格に自覚があるが、これが案外もどかしい。
そういえば、昨日いつものペースで一緒に歩いていた時はその分晶が早めてくれていたってことだよね? ……ええ子や。
「そういえばさ、今日学校でどうこうしろとかいうのって聞いてるの?」
「ボクも詳しくは聞いてないけど、とりあえずは最初に職員室に顔を出せって」
「まぁ急にこんなんなっちゃったからねー……転校生を紹介するみたいにするのかな?」
「そうじゃないかな? 一応、クラスの皆には説明しなきゃならないだろうし」
「転校生みたいに色々質問攻めにされそう」
「言わないでよ。それどう答えたもんかって憂鬱なんだから」
「そうなったら、こう、あたしがばーん!って助けてあげるから」
「……みやこちゃんは何も言わないほうがいいかも?」
「なんでっ?!」
一昨日のことを考えると、軽口を叩けるまでの調子を戻してるのはいい傾向だと思う。
…………
だけど、わかってしまった。
長年の付き合いから、ちょっとした感情の機微が、些細なことであろうとある程度わかる。
特に晶はあたしの事によく気付くし、あたしも結構晶のことはわかってるつもりだ。
軽口を叩いて平静を装っているけれど、これかなり緊張してる。不安もあるに違いない。
「ね、あきら」
「ん?」
あたしの左手で、緊張で強張ってた晶の右手を取って繋ぐ。
晶の顔は驚きと困惑の色をしている。
手を繋いで歩くなんていつ以来だろう?
「大丈夫だよ」
そうは言ってみたけれど、あたしも何が大丈夫かわからん。
まぁでもきっと大丈夫。そうに決まってる。今決めた。
「そっか」
そういって、晶の纏ってた空気が変わった。
うん、もうこれで大丈夫。
手を繋いで、いつもより5分長くかかった通学路は、ちょっと懐かしい感じがした。
◇ ◇ ◇ ◇
「おはよー」
「はよー」
そんな朝の挨拶が飛び交う教室の中、親友のつかさちゃんを探す。
いつもならあたしより先に来てるのに居ない。
んー、休みなのかな?
ちなみに晶は職員室に向かう為、靴箱のところで別れてる。
クラスメイトに一昨日の昼休み急に帰ってしまったことを突っ込まれて、あたふたと誤魔化していたら予鈴がなった。さして間を置かずに担任が入ってくる。
大きな垂れ目が、化粧っ気のない眠そうな顔を助長する年中ジャージ姿の20代半ばの女性。髪もパーマがかかっているのか、凄くふわふわなのに強引に後ろで一つに縛ってる。
このちょっと残念そうな感じのお姉さんが、うちの担任の英子ちゃん(25歳独身)。担当は英語。
女を捨てているかのような野暮ったい外見だけれど、面倒見が凄くいいので生徒の人気は高い。
その英子ちゃんが、普段と違う緊張した面持ちで口を開けた。
「世界には科学で解明されていない事がいっぱいあります。どうして宇宙ができたのか? 幽霊は本当にいるのか? 身近なところではセメントに水を加えたら何故固まるのかがわかっていませんし、先生が結婚どころか彼氏も出来たことがないのが本当に謎です」
そうなのかセメントって何で固まるのか解明されてないのか、と思わず膝を打ちながら、最後の部分に関しては『え、それマジで言ってる? ネタじゃなくて?』とクラス一同の心が一つになった。
英子ちゃんまだ気にする年齢じゃないと思うんだけどな。
「まぁ先生そんなに気にしてないんだけどね。でもね、そうであるという事実が重く圧し掛かる時があるのです。みなさんはそういう人には優しく出来る人になって欲しいと心から願ってます。入ってきてください」
ガラリ、と扉を開けて一人の美少女が入ってくる。
さらさらの流れるような長い黒髪をたなびかせながら、ちょこちょこと先生の隣にやってきた。教卓から覗かせる綺麗に整った顔の位置が、その小柄さを際立たせる。
「え、だれあの子? 転校生?」
「顔も小っさ。お人形さんみたい」
「やっぱ彼氏とかいんのかな?」
「ふぉぉぉぉ拙者の青春始まったでござるううっ!!」
「静かに! しーずーかーに! いいですか、みなさん。この子はですね」
クラスの反応を見てびくっと怯える晶。けど勇気を振り絞ったのか、少し大きめの声を上げる。
「あ、あの!」
件の騒ぎの注目元である美少女が声を上げたのだ。周囲は一瞬にして静まりかえる。
この場の急な変化と注目による視線に怖気づいたのか、少し身を怯ませ小さくする。
まるで助けを求めるように視線を彷徨わせて、あたしと目が合う。
大丈夫だよという意味を込めてにっこりと微笑み返したら、向こうも微笑み返してくれた。
んー、こうしてみると肌、白いなぁ。それでいてもっちりしてて、まるで白玉みたい。
あんみつ食べたくなってきちゃった。
「ボク、楠園晶です。このクラスの男子の。今はこんななってしまったけど……」
…………
……………………
『『『ええええええええええええええっ?!?!』』』
「え? え? 楠園君? え? どういうこと??」
「水曜来てた時はまだ男だったよね?」
「身長って縮むことってある? ねーよな? まじで??」
「ふぉぉぉぉ、これはこれでアリだぁああ、拙者の青春予期せぬルートに入ってしまったでござるるううぅぅっ!!」
一瞬にして教室が驚愕の声で震え上がった。
うん、そうだよね、信じられないよね。
あとうちのクラスに変な武士がいるな。
「みんな落ち着いて、先生も最初に言ったでしょう? 世の中にはわからない事があるって。それがただ楠園君が女の子になっちゃっただけの話よ。先生だって色々聞きたいのよ!」
などと英子ちゃん先生がたしなめようとするけれど、言ってる英子ちゃん自身が色々聞きたいとうずうずしているのがわかる。もちろん、あたしにその事がわかるくらいだから皆もわかっていて、止まらない驚きと質問の声は、1時限目の古典の先生が入ってくるまで続いたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
予想はしていたのだけれど、それはもう凄い騒ぎになった。
休み時間毎に人だかりが出来あがり、廊下にも一目見てみようと他のクラスどころか他の学年からも押し寄せる。あまりの騒ぎに教師が注意をしようとするが、そもそも人が多すぎて現地まで辿り着けない。
さぁ、ここで頼りになるのは誰か?
そう、あたしだ!
意気揚々と質問攻めに目を回す晶を助ける為、あたしが代わりに急に女の子になったから服を貸したとか、今もその制服はあたしの夏のを貸してるとか、一緒に下着も買いに行ったとかそういうのを答えてあげた。
だというのに、晶は顔を真っ赤にしながら何かを悟ったような目で、こう言ったのだった。
「みやこちゃんは何も言わず隣に居てて?」
そして側面からの人避けの盾にされた。
解せぬ!
そうしてやっと訪れた放課後。
休み時間毎の質問攻めで疲労困憊なのだけれど、周囲の目はまるで獲物を狙う飢えた野獣の目をしてらっしゃいます。HR終了を告げるチャイムはまるで、彼らを檻から解き放つ合図の様でございます。
うん、あれに捕まるのはまずいよね。
「あきら、行くよ!」
「え、ちょっ!」
鳴ったと同時、挨拶もそこそこに、強引に晶の手を引っ掴んで走り出す。
突然だが、あたしは晶の弁当が無いときは購買を利用している。そして購買食は非常に混んでいて、早く辿り着かないと目当てのものにあり付けない。
購買戦争―……週に5日も繰り広げられる仁義無き争い。
足遅き弱者は容赦なく淘汰される無慈悲な戦場を駆け抜け、数多のカツサンドを狩り尽くし勝利を収めてきた、このスタートダッシュ。
たとえ晶を引っ張りながらでも、遅れをとることは…………ないッ!!
「ちょっ……、みやこ……ちゃっ、ボクっ……鞄っ、がっ!」
「あっはっは!」
「笑っ……て、ない……でっ!」
脱兎というより、猫科の肉食獣が狩りをする瞬発力さながらの勢いで、転がり込むかのように校門から抜け出す。
不意打ちに近かったからか、晶の鞄の中身の半分以上は教室に置き去りである。
しかしそのおかげで、好奇の目の檻の中から脱出することが出来たのだ。
「ここまで来ればもう大丈夫かな?」
「はぁ、はぁ、……ったく、強引なんだから……」
「いいじゃん、おかげで助かったんじゃない?」
「それ、は……そうだけどさ」
息を整えながらゆっくりと歩き出す。
土曜日のお昼時、人や車の往来は少ない。
無言で歩いていると互いの息遣いだけが聞こえるようだ。
「月曜日には落ち着いてくれているといいんだけど……」
ポツリと、不安を吐き出すかのように晶が呟く。
「んー、なるようにしかならないだろうからねー。騒ぐのも最初だけだし、しばらくの辛抱だよ」
「だといいんだけど……」
まぁ実際考えても仕方が無い。
どんな時でも生きていれば眠くもなるし、お腹が空く。
心はもうあんみつに侵食されている。
「お昼はどうする?」
「家に帰って適当に、かな」
「たまにはどこか食べてかない?」
「いいよ。どこにする?」
「とりあえず、あたしは今あんみつモードなんだ」
「甘いものか」
◇ ◇ ◇ ◇
「うわ、サーモン寿司バーガーだって! これ、ただの酢飯と鮭のサンドイッチだよ。たーのもっと」
「…………」
「すし屋のまぐろカレーうどん……まぐろとカレーって合うのかな? よし、頼んでみよ」
「…………ねぇ」
「とんかつ……ほんとに握りの上にとんかつ乗っけ……って、何?」
「あんみつモードなんじゃなかったの?」
「あんみつモードだよ?」
やってきたのは幹線道路沿いにある、某回転寿司チェーン店。
時折変に心をくすぐる変り種が出るので、ちょくちょく足を運んでしまう。
サイドメニューも充実しており、すし屋に来たのに寿司を頼まず仕舞いになることもあったりする。
ボリュームもあるし、5~600円もあれば結構お腹いっぱいになれるのでお気に入りのお店だ。
「ほら、あるじゃん。抹茶あんみつパフェ180円皿」
タッチパネルを操作して、デザートメニューを指差す。
ついでにとばかりに注文する。
「ボクはてっきり喫茶店とかそういうところだと思ってたよ」
「そういうとこだと高いじゃん。」
いや、うん。だって、ねぇ?
そこであんみつ頼むお金があれば、ここだとうどんもお寿司も食べられるんだよ?
まぁ味は値段相応だけれど。
「ところで、あきらもう食べ終わり?」
「うん、何かこの体になってからすぐお腹いっぱいになっちゃって。後1皿いけるかいけないかくらいかな?」
目の前には積み上げられたお皿が3つ。
身体が小さいとはいえ、よくあれだけでお腹いっぱいになるな……あ、まぐろとカレー案外合ってる。
あんみつを食べ終え店から出た。
あんこって時たま無性に食べたくなるんだよね。
時刻は1時半を少し回ったところ。
「あきら、今日この後用事は?」
「特に何も。夕飯の買い物でもして帰るくらいかな」
「そっか。時間もあるし手の込んだもの作れるね。あたし餃子がいい。白菜たっぷりのやつ」
「え。うちに食べに来る気?」
「いいじゃん。最近あきらの料理食べてないし」
「最近って、まだ3日も経ってないじゃん」
「3日もだよ。週の半分以上はお弁当作ってもらってたし。」
「まぁいいけど」
「やった。ほらほら、荷物くらいは持つよー?」
「はいはい」
色々と事件が立て続き、翻弄された学校の時とは打って変わって、じゃれ合う様に言葉を交わす。
いつもの会話にいつもと違う歩幅。
いつまでも変わらないと思っていても、いつかは変わっていくのだと、その歩幅の分だけ物語っている気がした。
そうやって。
今はまだこうしていたいからと、無意識のうちに不安と共に自分の心に蓋をする。
きっとあたしはまだ、あきらとちゃんと向かい合っていない。
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