第6話 頑張るよ、色々
その人の第一印象はチグハグだった。
あたしよりも幾分大きい背丈に、線は細いけれど引き締まった身体。男性にしては長めの、肩にかかるかかからないか位の、赤茶に染めているだろう髪を襟足のところで束ねてる。
肌とか嫉妬するくらい白くてきめ細かい。目元は切れ長で涼やかな感じ。鼻筋もくっきり通っており、一見するとちょっとチャラそう。これは何人も女の子を泣かせてるに違いないな、うん。
だというのに、着てる服はユニセックスなデザインのゆったりめのシャツ……のはずなんだけどやたらぴっちりとしてる。明らかにサイズが合っていない。下はハーフパンツみたいなのを履いてるんだけど……これも……んー、丈がやたら違和感がある。
せっかくのイケメンさんなのに残念なことになっている。
だというのに、ちょっとした仕草とか所作はやたら気品があるような気がするのだが……
………あれだ、チャラいんじゃない。
『ヅカっぽい』んだわ。
男なのにヅカっぽい。うーん、伝わるかな、この微妙なニュアンス!
ふと、この人がそれっぽい衣装着てカラオケとかで歌ってる姿が妙にしっくり想像できて、なんだか笑いがこみ上げてきてしまった。
よし、彼のことは心の中でヅカさんと呼ぼう。
……んー、でもこの人どこかで見たような気がするんだよね。気のせいかな?
男の子の知り合いなんて沢村君と……晶は数に加えていいか悩むところだな……
「…………」
「…………」
「…………」
3人見つめあう、というより観察しあう。
とくにその男性の視線は晶の方にくぎ付けだ。
好みなのかな?
でも晶の心は男だぞう?
「あきら、行こ」
「う、うん」
腐った考えに染まりそうな思考を振り払うように、強引にその場を去ろうとする。
「あき……ら……?」
その彼はこちらに振り返り、これでもかと目を見開いて晶を見た。
遠慮とかデリカシーといったものをどこかに置き去りにした無遠慮な視線は、自分に向けられたものじゃないとしても、さすがに目に余る。
一体晶がどうしたというのか?
…………もしかして一目惚れ?
いやいやいやいや!
いかん、いかんですよ!?
見た目は美少女でそこいらの娘様方より女子力は高いけれど、中身は男子高校生ですよ?!
なんか晶の心持次第じゃありかもしれないけれど、それはそう、なんか……あたしがヤダ。
というわけで初対面の奴なんぞに晶はやらん!
「ごめんなさい、先急ぐので」
「あっ……」
強引に晶の手首を取って、足早にその場を離れる。
◇ ◇ ◇ ◇
「みやこ、ちゃんっ……ちょっと、まって……っ!」
「え、あっ……、ごめん」
既に駅前は通り過ぎて住宅街までの帰り道。
あれから強引に手を引いて小走りに近いはや歩きでここまで来たのだが、晶の息が上がってる。
歩幅が違うので晶にはかなりの負担がかかってたようだ。
「急に引っ張り出してびっくりしたよ。一体どうしたの?」
「ごめんごめん。何かちょっとね」
「さっきの人?」
「そうなんだけど…………なんていうか、勘?」
「勘?」
そうなのだ。
あのまま、ヅカさんと関わってると何かややこしいことになりそうな気がしたのだ。理由は特に無い。
だから何故と聞かれても困る。
というわけで、この話はこれで終わりと話題を変える。
「そだ、この後あきらの部屋行こう」
「ボクの部屋?」
「そうそう、戦利品とか確かめないとね」
「戦利品……ねぇ」
眉間に皺を寄せながら微妙な表情をつくる晶。
うんうん。きっとあたしも似たような顔をしてそう。
そうと決まれば、とコンビニを目指す。
あたしは今ココアとミルクプリンが欲しいのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
幹線道路から車の音が聞こえなくなるほど離れた住宅街にあたしと晶の家はある。
近所には住宅の合間を縫うようにして小規模な畑が点在している、ほどよい田舎だ。
静かでいいとこなんだけど、夜はその分暗いんだよね。
「おじゃましまーす」
「どうぞ」
幼い頃から幾度と無くお邪魔しているので今更感もあるけれど、そこは親しきものにも礼儀あり。
晶はコンビニで買った飲み物とお菓子を入れるものを用意してくれるらしく、あたしは先に晶の部屋に向かう。
二階のあたしの家側にある角部屋が晶の部屋だ。
机にベッド、小さな本棚。それと時計やちょっとした小物が少々程度。それらや布団、カーテンとかは青の寒色系で纏められている。
一見すると殺風景に見えるけど、綺麗好きで世話焼きなくせに自分のことは無頓着というか面倒臭がりな部屋主の性格がよく現れてると思う。
クローゼットの中にある折りたたみ式のローテーブルを勝手に取り出して広げ、ベッドの枕元にあるクッションを拝借してドカッと腰と荷物を降ろす。
ぐてーっと足を伸ばしながら部屋を眺める。
昨日あんなことがあったままだから、脱いだままの服と乱れたベッドが目に付くけれど、あたしが知る男の子の晶の部屋のまんまだ。
……………
まぁ当然なんだけれどね、年頃の女の子の部屋っぽくはない。
これから先どうなっちゃうかわからないけれど……いっそこの際だからと女の子生活を楽しむくらいの余裕をもってもいいと思うんだ。
というわけで、はい!
先ほどのお店で買ってきたインテリア雑貨があります。
殺風景なお部屋を甘く彩る食品サンプルのティラミス1/1(324円税込)。ココアパウダーがおいしそうですね。
部屋に潤いを与える精巧な今にも飛び跳ねそうなアマガエルの置物(324円税込み)。白いお腹と緑のコントラストがまるで冷奴にかけたネギのよう。
そして最後はとぐろを巻いた、これまた精巧なヘビの置物(324円税込み)。凛々しく睨み付ける様はなんともいえません。しかもこれ貯金箱として使えます。
この3点がなんと972円のところが、3点何でも500円コーナーで購入したので税込みで500円! まぁお得!
これらをこう、ローテーブルの上でああでもないこうでもないと弄くる。
そして出来上がったのが、題して『ティラミスに飛び掛るカエルを牽制するヘビ睨み』。
「みやこちゃん、お待た…………って、それ何?」
「どぅよ、なかなかの力作っしょ?」
「うん、だからそれ何?」
「だから……うん」
……ドヤ顔で見せてたけど、冷静になって考えると何なんだろうね、これ?
とりあえずの勢いのままやっちまったってのだけは判る。
「…………若気の至り?」
「…………ふぅん」
うっ……晶が慈しむような瞳で見てくる……っ!
「…………ちゃうねん……セットしてるときは凄くいいもの作ったと思っててん……」
「うん、そうだね……そうだね……でもそれどうにかしようね?」
慰められるように肩をぽんぽんってされる。
おかしい。こんなはずじゃなかったのに……
ちなみにヘビは貯金箱として、ティラミスは机の飾り物として使われることになりましたとさ。
カエル?
彼はあたしの部屋の子になることになりましたよ。
◇ ◇ ◇ ◇
「てわけで、着替えてみよっか」
「え」
何言い出すの? と、晶が抗議を含めた驚きの声を上げる。
「せっかく色々買ったんだしさ、衣装合わせしてみようよ」
「ぇえぇ、これを?」
「いいじゃん。あたし見てみたい」
「……ね、みやこちゃんさ」
「んう?」
「ボクの女装ファッションショーなんて見たい?」
…………
いや、うん、そうだよね。
見た目は美少女でも心は男の子なんだよね。
そりゃあ、晶の立場で考えたら、幼馴染の女子から女装ファッションショーしてくれって……
…………
「うん、超見たい」
「………………ぇ〝」
うん、まぁ可愛いんだから可愛いもの見たいんだからしょうがない。
あたしがそうなんだから、元が男の子の晶なら、もっと可愛い子を見たいって気持ちがあるんじゃないかな? だから、うん。問題無い筈。多分。
…………
よく考えたら元の晶でも似合ってたんじゃないかな?
むしろそちらも……いや、これ以上考えるのはやめとこう。
「だって似合うと思うし。それにさ、やっぱり」
「なにさ?」
「あきらは可愛いほうがいい」
「……ッ! そ、そう……ッ!」
可愛い。そう、可愛い存在なんだよね。
あたしの方が誕生日的にもお姉さんだし。3日くらい。
だからついつい構いたくなるん。
「みやこちゃんが言うなら、やってもいいんだけど」
「だけど?」
「みやこちゃんもさっき買った奴、着替えてよ」
「………………ぅえ」
…………前言撤回。
たまに可愛くない。
◇ ◇ ◇ ◇
はい、というわけで着替えました!
胸元を強調するかのようにざっくり開いた真っ白なパフスリーブのブラウスは、可憐さを演出するレースとリボンがピンポイントであしらわれている。胸を押し上げるコルセットつきの濃紺のスカートは、膝が見えるか見えないか位の長さでふんわりと広がっている。
全体的に清楚なイメージを与えつつも、どこか色気も振りまいているかの衣装は『被着・童貞殺し』と呼ばれるもの。
……この色気ポイントって胸だよね? あたしにはちょっと……(地方在住16歳女子高生談)
自分の絶壁に絶望して、つい床に手を付き打ちひしがれてしまう。
すいません……おっぱいが雄っぱいですいません……
自分はいいんだそれより晶だ、と奮い立って着替えていた客間から部屋に戻る。
「着替えたよ、おまた……ぅわおぉ!」
「うぅ、これでいいの? ちゃんと出来てる?」
黒地にフリルとレースがふんだんに使われたワンピースにヘッドドレス。胸元は赤いリボンで編み上げられ、引き絞られた腰からはパニエで膨らませた白レースのスカートが広がっている。
所謂ゴスロリである。ロリと名が付くのであたしには無縁のジャンルである(偏見)。
これは美少女である。保護せねばなるまい。
気が付いたらあたしはスマホでパシャパシャ撮っていた。
「ちょ! いきなり撮らないでよ!」
「は! いつの間に!」
うん、その恥ずかしそうにしてる顔も尊い。保護保存。…………ん?
「ちょ! いきなり撮らないでよ!」
「みやこちゃんだって撮ったでしょ!」
その後二人して不毛な撮影合戦になった。
他にも、え? これコスプレじゃない? みたいなのや、特定の街にいくとそういう系統の着てる人いるよね、なのとかも買い込んでいたので合わせたりもした。
そしてふいに衝動買いの魔法が解ける。
少し頭が冷えて冷静になり、ポーズまで取ってノリノリだったのは、思い返すと顔が熱くなる。
多分、晶の黒歴史が生まれたのは想像に難くない。
「一体これ、どうしたらいいんだろうね?」
「みやこちゃんずるい、自分だけ先に正気にもどるなんて」
「そ、それにしてもこれ可愛いけれど、普段着たまま外は歩けないよね」
「……買った半分は服というより衣装だよ」
「やー安かったからね! ついね! 若気の至りだね!」
「みやこちゃん、それ言い訳じゃないから」
「ぐっ……」
だってしょうがないじゃん!
こういう一度は着てみたいかもな奴が数百円で転がってたんだよ?!
もしサイズが合わなくてもこの値段ならまぁネタになるよね? って買っちゃうよ普通!
ゆえに我が買い物に一片の悔い無し!
「そだ、外は無理だけど部屋着にすればいいじゃん」
「みやこちゃんも部屋着にするんだ?」
「ジャージって最高っすよね!」
はい、ごめんなさい。
色々とあたしが軽率だったことは認めます。
ですが後悔はしてません。
「まったく、みやこちゃんは昔からそうなんだから」
だって、晶が笑ってるんだもん。
◇ ◇ ◇ ◇
今日の夕食はあたしの家で一緒なので一緒にあたしんちに移動した。
出掛ける時に晶が着ていたのを返す為、早速今日買ったものに着替えている。
特に当たり障りの無いデザインのゆったりとしたニットにハーフパンツ……普通だ。いや、普通でいいんだけどね。
ちなみに夕飯は昨日の残りのカレーをパスタにかけたもの。
二日連続同じというのを微妙に避ける母の知恵である。
「明日学校に行こうと思います」
食事中、唐突に晶が宣言した。
「大丈夫? まだ色々と慣れてないんじゃない?」
「明日土曜日だよ? 週が明けてからでもいいんじゃ?」
うちの両親が心配そうに反応する。
「んー土曜日だから逆に都合がいいんじゃない? 騒ぎになるかもだけどお昼には帰るし、それに休日挟んだら熱もある程度冷めるだろうし」
「それもそうね」
「おかげさまで落ち着いたから、少しでも早く元の日常に戻れたらと思って」
まぁしばらくは平穏とは掛け離れた日常になりそうだけれど。
とはいえ、あれこれ考えていても仕方が無い。
あたしの方でも色々とフォローできればいい。
「じゃあね、おやすみ」
といって玄関口で晶と別れてから自分の部屋へ戻る。
ベッドに寝転がっていると、しばらくして窓から晶の部屋の明かりがついたのが見えた。
たった1日だけど、ずぅっと一緒だったから帰ってしまって寂しくなる。
うぅぅう……あ、そうだ! 晶のおばさんは、晶の声しか聞いてなかったんだった。
電話で状況は聞いているかもしれないけれど、自分の息子が今どうなってるか心配しているはず。
さっき撮りまくったファッションショーの画像をおばさんに送らなきゃ(使命感)。
ぽちぽちと、大量に撮った画像を厳選して…………厳選して……厳選……
……どれがいいか判らないのでとりあえず全部送っておこう。
100枚近くあるけど大丈夫だよね、うん。
事前に『ちょっと多いけど』とメッセージを打ってから、せっせと画像を送る。
さすがにこの量を送るのには結構な手間がかかった。
気付けばそれなりの時間が流れてる。
『何か問題起きてない?』
晶のことが気になりメッセージを送ってみた。
学校とか外に出ている時はともかく、普段こういう時は何か用があったら直接訪ねたりするので、部屋に居ながら晶にメッセージ送るのは何か新鮮だ。
『別に』
『大丈夫?』
『大丈夫』
『そっか』
『うん』
『何かあったら言ってね』
……会話が終わってしまった。
大体今日ずっと一緒にいたわけだし、何か話題になるような事もないよね。
普段の会話もこんなもんだし。
そしてたっぷり10分ほど時間を空けて、あたしがちょっとうつらうつらし始めた頃に返事がきた。
『頑張るよ、色々』
……そっか。前向きな気持ちに変われたってことかな。
じゃああたしもそれを手伝えたらいいな。
とりあえずは明日の学校だ。
あたし一人じゃ手に余る事態があるかもしれない。
その時は……つかさちゃんにも協力してもらおう。
意識が落ちる前、晶に関する具体的な内容はぼかしてつかさちゃんにメッセージを送った。
『なんか大変だー! へるぷりーず!』
我ながら何の意味かよくわからない文である。
つかさちゃんからはツッコミの返事すらこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます