第三章 その9
「認めるんだね?」
「はいはーい、そうでーす。私が江月さんを殺しましたー」
念押しの確認に対して、千倉奈央は悪びれもなく江月さんの殺害を自供した。
求めていた答えが返ってきたものの、千倉奈央の態度に怒りを覚えつつ、俺は拳を握り締めることで必死にその怒りを抑えた。
「金谷郷君の……違うか。岩井さんの推理の通りだよ。私は、相手の顔を見ればその人の記憶や知識、感情を読み取ることができるの。だからこの公園にいる人達が警察官であることも、もちろん分かってるよ」
やはり、千倉奈央は全てを理解していた。
そして、この彼女の言動から彼女のスキルの能力が、俺が推理したものでまず間違いないことになる。
「でも、たったあれだけの情報で私のスキルを当てることなんてできるんだね」
「過去に似た事例があったからね。過去の事例を調べるのはスキル犯罪捜査の基本だよ」
「そうなんだ。じゃあそういう意味だと、加名盛様ってやっぱり凄い人なんだね!」
「…………加名盛、様?」
唐突に千倉奈央が口にした言葉を俺はすぐに受け止めることができず、困惑した態度を千倉奈央に見せてしまう。
「私、加名盛様の大ファンなの!」
と、千倉奈央はまるであこがれのヒーローを話す子供のような口調で話を始めた。
「私がね、スキルを使えるようになって初めて見た相手の記憶が、加名盛様が起こした事件についてだったの。当時の私は加名盛様の事件についてまったく知らなかったんだけど、それが切っ掛けで興味を持つようになったんだ」
千倉奈央は饒舌に、加名盛に関することを話し続ける。
「で、たくさんの本や昔の新聞記事とかを読んで加名盛様について調べたんだけど、世間の注目を浴びたのにその正体はあまり知られてないって人が本当にこの世界にいるんだって知って、カッコいいなって感じて、もっともっと加名盛様のことを知りたいって思って、さらに調べてる内に気付いたら大ファンになってたの!」
だが俺の脳は、千倉奈央が話す内容をまったく理解できずにいた。
「けど、私個人が調べられる情報なんて限られていたから、じょじょにスキルを使って、色々な人の記憶を覗いて、加名盛様のことを調べることが多くなったの。その過程でさ、岩井さんが言っていた色々な知識を手に入れたんだ」
それでも、どうにか頭をフル回転させて必死に情報の整理を行い、俺は事件に関する情報の深掘りをしようと千倉奈央に疑問をぶつける。
「どうして、その知識を売ったりしたんだい?」
「お金が欲しかったの。加名盛様のことを調べるためのね」
「犯行現場をほぼ完璧に再現できたのは、俺の記憶を読み取ったから?」
「それと、犬成さんっていう刑事さんの記憶もだね。嬉しかったなー。いくら調べても分からなかった加名盛様が作り上げた当時の状況を知ることができて」
しかし、千倉奈央から返ってくる答えはどれも加名盛が関連しており、理解できないという感覚は俺の中でより強くなっていった。
はっきり言ってしまえば、もう思考を放棄して目の前にいる犯罪者の口を黙らせたかったが、そうする訳にはいかない。
俺がそもそもこうして千倉奈央と対峙しているのは、このことを直接問うためだ。
「千倉さん。君はなぜ、江月さんを殺したんだ?」
必死に自分の感情を押し殺し、俺は千倉奈央に問うた。
「それは、岩井さんへのお礼をするためです。私がまだ知らない加名盛様のことを、岩井さんがたっくさん教えてくれたから」
そして返ってきた千倉奈央の答えは考えもしていなかったものであり、その答えを聞いた俺は口を開けて茫然とするしかなかった。
だが千倉奈央は、そんな俺を無視して自身の犯行について喋り続けた。
「若山さん達の事件の時も、江月さんの依頼の調査をしていた時も、岩井さん、楽しんでいるのがよく分かったの。そして気付いたの。岩井さんにお礼をするなら、岩井さんが楽しめるような事件を提供すればいいんだって。で、岩井さんが楽しめそうな事件って何かなーって考えて、やっぱり殺人事件しかないなって思ったの。
だからちょっと殺人事件の準備をするための時間がほしくて、谷山さんだっけ? 駅前で見かけた時はバカなことしようとしているなー、としか思わなかったんだけど、時間稼ぎにはちょうどいいと思って、利用させてもらうことにしたの。江月さんを殺そうって決めたのは、江月さんを殺したらきっと岩井さんが本気で事件の推理をするって思ったから。
で、準備を整えて実行したの。相手を眠らせられるフェイクスキルを使って、帰宅途中の江月さんと新地先生を眠らせて教室まで運んで、加名盛様が作り出した状況を再現しようとしたわけ。
でも、そこで気付いたんだけど、私が知った加名盛様が作り出した状況って事後なわけで、加名盛様がどう殺したかまでは分からなかったの。だからそこは、私なりに想像して再現してみたんだ。江月さんと新地先生をイスに縛って、対面させた状態にして、新地先生の目の前で江月さんを殺したの。
あの時、新地先生に猿ぐつわ付けてたんだけど、それでも凄い叫びだったんだよ。でも当然といえば、当然だよね。だって江月さんと新地先生って相思相愛の仲だったんだから。江月さんのポケットに入っていたミサンガってね、岩井さんの推理通り江月さんが新地先生にプレゼントしたものなの。このミサンガが切れた時、私と付き合ってくださいって言いながらね。
岩井さんと江月さんが岩井さんの事務所で話していた時、江月さんのスマホに着信があったでしょ? あれ、新地先生からの連絡だったんだよ。でさ、新地先生、江月さんのこと呼び出して、切れたミサンガを江月さんに返したの。それでこう言ったの。今は付き合うことができないから、卒業式の日まで預かってくれ。卒業したら、そのミサンガをまた受け取るよって。
それってもう実質付き合ってもいい返事みたいなものでしょ? だから江月さん凄い喜んだんだよ。江月さんって、乙女だよね。そんなミサンガも、岩井さんが推理する時の材料の一つにしようって思って殺した江月さんのポケットに入れたままにしておいたの。岩井さんに送った私が作った捜査資料もその一つ。推理のいい材料だったでしょ?
あっ、そうだ。新地先生なんだけど、江月さんを殺したあと邪魔だったから殺したよ。死体は学校近くにある川に捨てて一応、浮き上がってこないよう細工はしたけど、多分警察の人が川の中を捜索すればすぐに見つけられると思うよ」
千倉奈央の話は、俺の言葉を待つことなく、一方的に続くものだった。
ただそれは、千倉奈央がスキルを使って俺の考えを事前に察知して、俺の言葉を待たずとも話すことができたからだと思われる。
それに、千倉奈央の話にはスキルを使わなければ絶対に知りえない情報も散らばっており、千倉奈央が日常的に他人の心を読んでいた証拠にもなるだろう。
しかし、俺は千倉奈央が話した内容を事実だと認めたくなかった。
こんな理不尽で身勝手な理由で二人の人間が殺されるなどあってたまるか。そう、思ったからだ。
だが、逃げることは許されない。俺は戦わなくちゃいけない。この悪魔と。
「…………つまり君は、こう言いたいわけだ。俺にお礼をしたくて、俺を楽しませたくて、江月さんと新地先生を殺した、と」
そして、俺は必死に感情を押し殺し、どうにか言葉を絞り出して千倉奈央に問うた。
「そうだよ。だって、加名盛様のことをより深く知れて私、本当に嬉しかったんだもん。だから岩井さんを楽しませることができて、よかったって思ってるよ」
俺の問いに、千倉奈央は笑顔で返答した。その笑顔が、俺の怒りをさらに上げる。
ダメだ。この悪魔の言葉を肯定してはならない。絶対に、否定しなければいけない。
「俺は、楽しいなんて思っていない。どうしてこんな理不尽過ぎることをしたのか、怒りを必死に抑えているところだ」
「えっ? 岩井さん、どうして――――」
やめろ。
その先の言葉を言うな。
それ以上の言葉を聞いたら俺はもう…………自分自身を誤魔化せない。
「そんな嘘をつくの?」
「お前!」
気付いたら俺は千倉奈央の胸倉を掴んでいた。
だが、千倉奈央は動揺することなく、まっすぐと俺を見つめたまま、話を続けた。
「金谷郷君の心は凄いぐちゃぐちゃしてて、まるで複数の感情を同時に読み取らなきゃいけない感じで、結局読み取れなかったんだよねー。ああ、そういう人も世の中にはいるんだって思った。でも、岩井さんはその逆。凄く純粋で、誰よりも読みやすい。だからさ、私に嘘をついても無駄だよ?」
千倉奈央のスキルの能力は相手の顔を見ることでその人物の記憶や知識、感情を読み取れるというもの。
つまり、千倉奈央を前にすると、自分の感情を隠すことなどできない。
若山さん達の事件の時も、江月さんの依頼の時も、そして……そして…………今回の江月さんが殺された事件も、俺はどんなに気を落としても、心のどこかでは推理することを楽しいと感じてしまっていたのだ。
「くっ!」
だが、そんな自分の感情を否定したいがために俺は右腕を振り上げ、その拳を千倉奈央に叩き込もうとし、
「ストップです、金谷郷さん!」
千倉奈央に向かっていった俺の拳は一般人に変装していた犬成によって止められた。
気付けば、俺と千倉奈央が座るベンチの周りには犬成を含む変装していた警察官達が集結していた。俺と千倉奈央のただならぬ様子を見て、慌てて集まったのだろう。
「あっ、犬成さんだ」
「えっ?」
自己紹介もしてないのに千倉奈央に自分の名前を呼ばれたことに犬成が驚くが、
「犬成さん、私自供しまーす。私が江月さんを殺しました。新地先生も殺して、学校近くの川に捨てています」
「なっ……」
その驚きは、続けて千倉奈央が話した突然の自供によってさらに大きなものになった。
だがすぐに犬成は刑事の目となり、千倉奈央の前に立った。
「その話は、本当なのかい?」
「はい!」
「……分かった。詳しい話は、警察署で聞くよ」
「分かりました」
そう言って元気よく千倉奈央はベンチから立ち上がり、両腕を犬成に差し出した。
犬成は千倉奈央の行動に唖然としつつも、すぐに手錠をかけた。
「あっ、そうだ。いわ……金谷郷君」
そして、手錠をかけられた時、唐突に千倉奈央は俺の方に視線を向け、金谷郷と言い直して俺に話しかけてきた。
「若山さん達の件で金谷郷君には助けてもらったけど、あれは正直どうでもよかったの」
千倉奈央の言葉を聞いた瞬間、自分でも驚くほど心が静まった。
だがすぐに俺の心は怒りの熱で燃え上がり始めた。
「というか、私をイジメることで自尊心を保っている若山さんを見て、私が楽しんでいたかな?」
「っ!」
限界は一瞬にして訪れた。気付いたら俺は、千倉奈央の顔面を殴り飛ばしていた。
慌てて周りの警察官達が俺のことを止めようと抑え込むが、俺はさらに千倉奈央のことを殴ろうと、全力で抵抗する。
だが、殴り飛ばされて鼻血を流す千倉奈央はゆっくりと俺の方を向き、微笑んだ。
千倉奈央が俺に向ける視線に、俺は既視感を覚えた。
そして俺は気付いた。
千倉奈央が向けてくる視線が、初めて対面した時に千倉奈央が俺に向けてきた視線と同じであることを。
その視線に、あこがれの感情が込められていることを。
そのあこがれが、俺の記憶の中から今も消えないでいる加名盛に向けられていることを。
そんなことを理解した俺は殴った拳の痛みを感じながら、ただただ空しいと思うしかなかった。
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