第三章 その8
「金谷郷君。言っている意味が分からないよ? どうして私が江月さんを殺すの?」
千倉奈央が発言した内容は予想の範囲内だった。
先ほどまで俺が千倉奈央に話した推理には、千倉奈央が犯人だと思った理由をわざと含めてない。
それは今から、じっくりと話すことだからだ。
「江月さんを殺した理由は君自身から聞くしかない。だから何で俺が江月さんを殺した犯人が君だと思ったのか、その理由を話そう」
そう言いながら俺は、懐から一枚の写真を取り出し、千倉奈央にその写真を見せた。
写真は、以前にも千倉奈央に見せた谷山が写っているものだ。
「この顔に見覚えはあるよね? 俺と江月さんが探していた人間の一人だ。名前は谷山亮二。彼は、さっき話した反社会グループのメンバーであり、そのグループから集団リンチを受け、つい先日亡くなった。そんな彼が死の直前にある言葉を残した。どうやら谷山はグループから抜けようとしていたみたいだ」
「ねぇ、金谷郷君。どうして、谷山さんって人のことを私に話すの? 金谷郷君が、私が犯人だと思った理由と関係のない話だと思うんだけど?」
千倉奈央は自分が犯人である理由と谷山がまったく結びつかないと言うがそれは違う。
むしろ、千倉奈央が犯人である理由と谷山は強く結びついているのである。
千倉奈央がしたある証言によって。
「関係あるよ。谷山はリンチを受けたあの日、グループから抜けるためメンバー達のもとに向かったんだ。その谷山を君は目撃していた。そして俺と江月さんにこう証言した。谷山が、悪質なナンパをしていた、と。
あの時は君の証言を信じたけど、あらためて考えると君の証言はおかしいんだ。なぜなら、今からグループを抜けようとしている谷山がその道中に悪質なナンパをするだろうか? 普通はしないよ、そんなこと」
そもそも、谷山がリンチを受けている現場に俺と江月さんが向かうことができたのは千倉奈央の証言のおかげだ。
だが、その時千倉奈央がした証言の内容は谷山が駅前で悪質なナンパをしていたというもの。
今からグループを抜けようとしている人間が、その道中で悪質なナンパをするわけがない。
それに谷山は死の直前まで自分の今までの行いを悔やんでいた。
だから俺は確信したのだ。あの時、谷山は悪質なナンパなどしていないと。
無論、このことは俺の感情論だけで確定したことではない。
きちんと、物的証拠も押さえており、その証拠を突きつけるため俺はスマートフォンを操作し、ある映像を千倉奈央に見せる。
「これは、君が証言した谷山がナンパをしたとされる当日の駅前の防犯カメラの映像だ。この映像に、谷山が映っていた。だが、谷山はナンパなんかしてなかった。まっすぐメンバー達のもとに向かっていたんだ。つまり君は、俺に嘘をついていたことになる」
それは千倉奈央の証言が嘘であることを証明する決定的な証拠であった。
そんな証拠を千倉奈央は反論することなく、黙ったまま見続けていた。
「このことが切っ掛けで俺は君を疑うようになり、君のこれまでの行動を振り返った。すると、どうだ。不可解な点があるじゃないか」
そして、今が畳み掛ける瞬間だと判断した俺は用意していた一冊の本を取り出した。
その本は、俺が千倉奈央から借りていた本であった。
「これは、君が俺に貸してくれた本だ。俺は君が貸してくれた本を見て、こんな偶然があるもんなんだな、と思った。何でだと思う? 君が貸してくれた本は、死んだ俺の相棒が俺に薦めてくれた本なんだ。だけど、君がスキラーであることを考えるとこれは偶然じゃなくて必然だ。君はスキルを使い俺の記憶を見て相棒が俺に薦めた本を知り、その本を俺に貸したんだ」
この世には数え切れないほどの本が存在している。
その中から蓮が俺に薦めた本を二冊連続で引き当てる確立はどのくらいか。
偶然の可能性はもちろんあるが、スキルを使って選んだ可能性の方が現実的と言っていい。
「本当は俺を視界に収めた時点で、俺が何を話そうとしていたのか分かっていたんだろ? この公園にいる人々が皆、変装している警察官だということも、そして、俺が金谷郷政太郎じゃないということも、君は最初から知っていたんだ。とぼけるなら、とぼければいい。残念ながらまだ俺の手元には君を追い詰めるだけの物的証拠は揃っていない」
千倉奈央が犯人であると立証できるだけの証拠はまだ揃い切っていない。
そもそも千倉奈央のスキルを証明するのは並大抵のことではないのだ。
それでも、俺がこうして千倉奈央に自分の推理を話したのは彼女を落とす自信があるからだ。
「けど君を追い詰める手立てはいくらでもある。例えば俺に送ってきた捜査資料。本物と見間違うほどの捜査資料を作るために用意した備品の入手ルート、犯行現場を撮影したカメラのデータ、作成した捜査資料を金谷郷家の屋敷までに送った配送ルート。
どれも完璧に隠蔽はしているんだろうけど、隠蔽に使った全ての企業、個人を買収して君に繋がる証拠を見つけることだってできる。それは、これまた完璧に隠蔽したであろう反社会グループのリーダーとのやり取りだって同じことだ」
千倉奈央は間違いなくあらゆる証拠を隠蔽している。しかも自身のスキルを使って完璧に。
だが、隠蔽したといってもその証拠を見つけられないわけじゃない。幸い今の俺には、証拠を見つけるために必要な金ならいくらでも払えるだけの財力がある。
「それだけじゃない。君はフェイクスキルの作り方を知って、本当に作れるか一度試してみたんじゃないか。もしそうだとしたら、材料を揃えた証拠が残っているかもしれない。可能性の話でしかないが、調べる価値は十分にある。いや、何なら君がスキラーであると証言した人間に報奨金を支払うのもありだ」
金があるのならばそれだけ選択肢が増えることになる。
今とぼけられたとしても、確実にいつか千倉奈央が罪を犯したという証拠を掴みきれる自信が俺にはあった。
ただ、それは時間の無駄と言える。
だから俺は、とどめの一撃として取っておいた言葉を千倉奈央にぶつけた。
「千倉さん。メッセージアプリを運営していた会社を買収したように俺は、この事件にいくらでも金をつぎ込むつもりだ。そして、必ず君を追い詰める。だから、俺に無駄金を使わせないでくれ」
俺の言葉を聞いた千倉奈央は何か考えるかのような仕草をしながら視線を空に向け、
「…………あーあ、お金を持っている人を敵に回すもんじゃないなー」
まるでイタズラがばれた子供のような言葉を口にした。
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