第三章 その7

 数日後。俺はとある公園のベンチに座っていた。

 公園内には散歩する近所の住人、デート中のカップル、休憩中のサラリーマンなどの姿があった。


 そんな人々を掻き分けるように、一人の人物が俺の元にやってくる。

 俺はその人物にあいさつをしながら、俺の横に座るよう即す。

 その人物は、俺に即されるまま、俺の横に座った。その人物がここにやって来たのは俺が呼び出したからである。

 なぜ俺が呼び出したのかといえば、今から俺が江月さんの殺人事件について、自分の推理を話すからだ。


 江月さんを殺した、犯人に対して。


 そして俺は、犯人にゆっくりと事件に関する俺の推理を話し始めた。

 今回の殺人事件。警察は新地教諭を被疑者として捜査している。

 理由は江月さんと最後に会っていた人物であることと、殺された江月さんのポケットから新地教諭がつけていたミサンガが見つかったため。


 だが俺は、江月さんを殺した犯人が新地教諭ではないと結論付けた。

 なぜなら新地教諭が身につけていたミサンガは、江月さんからプレゼントされたものだから。

 そう、江月さんと新地教諭は親密な関係、もしくはそれに近しい状態だったのだ。


 そもそも、新地教諭が身につけていたミサンガは女性向けのもので、明らかに親しい女性からプレゼントされたものだった。以前、そのことを俺は新地教諭に指摘したが、新地教諭は誤魔化した。

 その時は気恥ずかしくて誤魔化しただけだと考えていたが、今なら分かる。新地教諭はプレゼントした相手が自分の生徒だったから誤魔化したのだ。


 さらに俺は江月さんから、ある人と出会ったおかげで人生を変えることができた、という話を聞いている。

 江月さんの話す様子から、江月さんがその相手に好意を持っているのは明白だったが、江月さんがその相手が誰なのか教えてくれることはなかった。

 しかしそれが自分の担任教師だったのなら、江月さんが隠すのも無理のないことだ。


 それと江月さんが探偵事務所に最初に訪れた時、江月さんは若山さん達が起こした事件を俺が解決したことを知っていた。

 あの事件は、表向きは警察が解決したことになっており、俺が事件を解決したことを知っているのは俺の推理を披露したあの場にいた人間だけだ。

 その中の誰かが江月さんに事件のことを話さなければ江月さんが事件に俺が関わっていたことを知ることはない。

 その中の誰かには、新地教諭も含まれている。


 そんなことが頭の片隅にあったこともあり、俺は江月さんと新地教諭の関係性を疑い、二人の関係性についてもっと詳しく調べることにした。

 そして俺は、二つの証拠を手に入れた。


 一つは、新地教諭がつけていたミサンガを江月さんが購入した証拠だ。

 まず、色が若干落ちる程度には長い期間、新地教諭はミサンガを身につけていた。    

 このことからミサンガが購入されたのはつい最近のことではないことが分かる。

 そのため、ミサンガを購入した店を特定するのは容易なこととは言えなかった。

 仮に店を特定できたとしても、聞き込みや防犯カメラの映像などから本当に江月さんがミサンガを購入したかどうか調査するのは、購入してから経っている期間を考えると困難である。


 だから俺は発想を変えて、江月さんの両親に会った。

 そして江月さんの両親から許可を貰い、俺は江月さんの部屋を調べさせてもらった。何か、江月さんと新地教諭の関係性を伺える代物がないかと考えたからだ。

 無論、疑わしいものは既に警察の捜査で持っていかれてしまっていたが、警察が見落としているものがないか、俺は丹念に探し続けた。


 そして、見つけたのだ。本棚に残されていた教科書。その間に大切そうに挟まれていた、新地教諭にプレゼントしたミサンガを購入した時にもらったであろうレシートを。

 俺が見つけたレシートは月日が経ち幾分か文字が薄れていたが購入した店、購入したミサンガの種類が丁寧に記載されており、レシートを元に新地教諭がつけていたミサンガと同一の種類のものを江月さんが購入していた裏取りをするのはとても簡単なことだった。

 レシートが残されていたのは、江月さんにとってこのレシートはとても大切な思い出の代物だったからだろう。

 他人には理解されない大切なもの。探偵事務所で江月さんと話した他愛のない世間話の思い出が、ほんのわずかながら見つけたレシートにあるように俺は感じた。


 続いて俺が手にした証拠は、二人の関係性がただの生徒と教師ではないことが分かる記録だ。

 一体どんな記録なのかというと、恋する乙女のようにぐいぐいと迫る江月さんと、冷静に対処しつつも決して江月さんを拒絶しない新地教諭の姿が伺える赤裸々な二人のメッセージアプリのやり取りである。


 江月さんのスマートフォンは現在行方不明であり、新地教諭も姿をくらましているため普通ならこんな記録を手に入れることなんてできない。

 仮に不正なアクセスで入手したとしても、それでは罪を裁く裁判で証拠として使うことができない。

 だが俺には正規の方法で、裁判でも使える証拠としてこの記録を手にする手段があった。


 簡単な話だ。俺は、金谷郷家の力を使い、メッセージアプリを運営している会社を買収したのだ。

 あとはメッセージアプリを運営する会社の責任者として警察の捜査に協力するという建前で二人のアカウントを特定し、そのアカウント同士のやり取りを調べるだけだ。


 以上、二つの証拠から二人の関係性が特別なものであることは明白な事実となった。

 ただし、二人の関係性が分かったところで痴情のもつれで新地教諭が江月さんを殺害した線で警察は捜査を続けるだろう。

 そのため次に考えるべきは今回の殺人事件の犯人についてだ。


 今回の殺人事件の犯行現場は、今日に至るまで情報規制が取られていてごく限られた人間しかその情報を知らない加名盛の事件を模倣している。

 さらに元刑事を騙せてしまうほど精巧な偽物の捜査資料を作成できるだけの知識を犯人は持っている。

 これだけの情報だと、いの一番に犯人として疑われるのは警察関係者となるが、この世界では常にある可能性を考えなければならない。

 それは、スキラーによるスキル犯罪である。


 こんな実例がある。人の記憶を読み取り、暗証番号を盗み見て金庫を開けて盗みを働いた空き巣事件。

 警察はこの実例のように今回の殺人事件の犯人も人の記憶や知識、感情を読み取れるスキルを持ったスキラーである可能性を考慮しており、俺もそう考えている。

 そしてつい最近、江月さんの近しい所で、そんなスキラーの存在を疑わせるある事件が実際に起きている。

 それは、若山さん達が起こした事件である。


 あの事件で若山さん達は高度な知識を持つ人間が安価な素材で作った粗悪品のフェイクスキルを購入して使っていた。

 だが、そのフェイクスキルを作れるのは高度な知識を持つ人間だけではない。その人間の知識を読み取ったスキラーでも作ることは可能となる。


 その可能性を裏付けるかのような出来事もある。

 実は、フェイクスキルを売っていた不良達は警察の取り調べでフェイクスキルの製造方法について名前も顔も知らない第三者から金で買ったと証言しており、この証言をもとに警察は高度な知識を持つ人物の周りで不審な金の動きがあるか調べたのだが、結果は空振りだった。

 しかし、製造方法を不良達に売った人物が警察の捜査の範囲外であった高度な知識を必要としないスキラーであったならば、警察の捜査が空振りに終わったのも当然のことと言える。


 このことから俺は、二つの事件に同一のスキラーが関わっていると考えた。

 だが、仮に二つの事件に同一のスキラーが関わっていたとしても、ある根本的な疑問は解消できない。


 江月さんは、なぜ殺されたのか。


 正直なことを言えば、いくら推理しても、いくら捜査しても、俺は江月さんが殺された理由を突き止めることができなかった。

 だが、逆にそれはこうも言える。

 江月さんに殺される合理的な理由などない。

 なぜならその理由は、突発的な理由、もしくは理不尽な理由。

 だから俺は江月さんが殺された理由を突き止めることができなかった。

 ただ、それが本当のことだとしたら、俺個人の推理では真実を導き出すことなど不可能だ。


 ならば、直接聞くしかない。江月さんを殺した犯人に。

 そう。俺がこうして犯人と対峙して自分の推理を話しているのも、どうして江月さんを殺したのか、犯人に直接問うためなのだ。


 そして俺は、一通り推理を話し終えた後、俺の横に座る江月さんを殺害した犯人に視線を向け、口を開いた。


「千倉さん。なぜ江月さんを殺した?」


 そんな俺の問いを、江月さんを殺害した犯人である千倉奈央は、普段と変わらぬ様子のまま受け止めていた。

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