第三章 その3
谷山が入院する病院に到着するとすぐに俺と奥山さんは警察官に誘導されて谷山がいる病室に向かった。
しばらくして犬成を含む警察官達が廊下で話し込んでいる姿が見えた。
おそらく、あの辺りの病室のどこかに谷山がいるのだろう。
「奥山さんは、ここで待っていて」
「……かしこまりました」
さすがに谷山の病室まで奥山さんをつれて行くわけにはいかないので、俺は奥山さんに待っているよう告げた。
一応、奥山さんは納得してくれたのか返事をして歩みを止めてくれた。
そんな奥山さんの姿を確認しつつ、俺は犬成に近づく。
「せ……金谷郷さん、お待ちしておりました」
近づいてきた俺の存在に気付いた犬成は、先輩、と言いかけるがすぐに気持ちを切り替えて俺に話しかけてきた。
「いいえ。こちらこそお待たせしました」
「さっそくですが、お願いします。お前達はあっちで待っていろ」
犬成の指示を受け、すぐさま警察官達が病室の前から移動し始める。
俺は警察官達がほどよく離れたタイミングで犬成に小声で話しかける。
「何か注意点はあるか?」
「江月咲弥の死について、谷山亮二には伏せています。江月咲弥について警察が知りたがっている。あくまでも、そういう状況です」
「分かった」
手短に情報共有を済ませ、頭の中でどう谷山と話すかそのプランを組み立てながら、
「では、行きましょう」
俺は犬成のあとに続く形で谷山がいる病室に入った。
個室のベッドの上に横たわる谷山の姿は体のいたるところに包帯が巻かれ、腕には点滴の管が刺さった何とも痛々しいものだった。
「谷山君」
窓に広がる空をぼー、と見ていた谷山に犬成が話しかける。
「……また、あんたか。……警察には、何も……お前は?」
弱々しくてたどたどしい声色で、幾度となく犬成と会話したことを伺わせる返答をしながら谷山はこちらに視線を向けるが、すぐに犬成の後ろにいる俺の存在に気付く。
「彼は金谷郷政太郎君。君の友達の、友達だ。今日は彼が君と話したいそうだ」
「刑事さん……二人だけに、させてくれ」
「分かった」
そう言って犬成はすぐに病室から出て行き、俺は谷山が横たわるベッドに近づいた。
「初めまして……ではないか。江月さんの友人の金谷郷です」
「……さっさと、聞けよ」
「えっ?」
「どうせ……あとで警察に、話すんだろ? だから、聞きたいこと、聞けよ」
そうか。谷山は俺がこの病室にやってきた時点で全てを話そうと決めていたのか。
なら、その谷山の意思に報いるためにもすぐに本題に入るべきだろう。
「君と、江月さんの関係は?」
そして、谷山は俺の質問に対してゆっくりと、答え始めた。
谷山と江月さんの関係は、以前江月さんが話した通りのものだった。
中学時代によく遊んでいた友人同士。恋人とか、そういった関係ではなかったらしい。
ただお互い、荒れた生活を送っていたためか、同族意識は強く持っていたそうだ。
しかし、ある時期から二人の関係性が変わった。江月さんの性格じょじょに前向きなものになり、荒れた生活から抜け出そうとし始めたのだ。
江月さんが変わった理由は分からなかったが、次第に江月さんがこのまま荒れた生活を送る自分達と一緒にいるのはよくない、と谷山は思い始めるようになったそうだ。
そして谷山は仲間をうまく言いくるめ、江月さんと距離を置くことで自分達との関係性を断ち切ろうとした。
それはつい最近までうまくいっていた。
だが、江月さんとたまたま街中で再会し、懐かしさを感じてしまった谷山は、つい江月さんと遊んでしまった。
その時間は谷山にとって、久しぶりに、純粋に楽しいものだったそうだ。
江月さんが、谷山の仕事について聞いてくるまでは。
谷山はすぐに自分が関わっている仕事に江月さんを巻き込んではならないと考え、わざと江月さんが激昂するように話し続けるなどして江月さんを突き放したそうだ。
もっとも結果的に谷山のその行為は、江月さんの意識を向けさせてしまうものになってしまったわけだが。
その後の出来事は、警察も十分に把握している内容だ。
谷山は訳も分からぬ濡れ衣でリンチを受け、その場に俺や江月さん、そして奥山さんが乱入したことで助かり、今はベッドの上。
以上が、谷山が話せる谷山と江月さんの関係に関する全てのことだ。
その内容は、予測できた当たり障りのないものであり、犬成が期待していた江月さんが殺害された理由に繋がりそうもなかった。
「なぁ……今度は……俺が一つ、聞いていいか?」
と、話を終えた谷山が俺に質問してきた。
「何だ?」
俺は、谷山の質問を受けることにした。
「あいつは……咲弥は……あんたにとって、どんな人間だ?」
それは難しい質問であった。俺と江月さんの付き合いはそんなに長いものではない。
きちんと話をした期間なんて、探偵と依頼人という関係になった、たった二日間だけなのである。
そうだ。そうなのだ。江月さんとはたったそれだけの関係なのだ。
なのに俺は、なぜここまで江月さんの死に動揺しているんだ。
クラスメートだから?
それとも依頼人だったから?
違う。俺は……俺は忘れられないでいるのだ。
彼女が見せてくれた、あの笑顔が。
あの笑顔を見せてくれた彼女が、もうこの世にいない。
その事実が、たまらなく腹立たしいのだ。
だから、谷山の質問に対する俺の回答はこうだ。
「……笑顔の似合う、素敵な女性だ」
「……そうか」
俺の回答を聞いた谷山は満足気にそうつぶやいた。
その直後、病室の扉が開き、犬成が入ってきた。
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