第三章 悪魔は消えない
第三章 その1
日本で起こった犯罪の歴史において、その名を残す犯罪者である。
加名盛が起こした犯罪は連続殺人。被害者の数は実に十一名。被害者の数の時点で加名盛が凶悪犯であることは明白だ。
そして加名盛の存在は世間以上に、特犯において強く残っており、特犯創設史上最悪の犯罪者だという意見も多い。
加名盛が特犯内でそのような存在になったのには二つの理由がある。
一つは、加名盛が起こした事件に特犯が翻弄され続けたことだ。
殺された被害者は皆、被害者自身が自分の腹をナイフで割き、その中身を自分の手でぐちゃぐちゃにかき回し、恍惚とした表情をして死んでいて、その死体の目の前には一脚のイスと、何者かが縛られていたと思われるロープが残されていた。
この異質とも言うべき死体が二つ、三つと増えたことで警察はスキル犯罪の可能性を考え、特犯が主体となって捜査を進めることになる。
だが、特犯は犯人に繋がる証拠を見つけられないどころかスキルが使用されているのかその有無すら確証を得ることができず、次から次へと被害者は増えていった。
その結果、捜査当時は名前はもちろんのこと、顔どころか性別すら分からなかった正体不明の殺人鬼、加名盛の存在が特犯内で大きくなっていくのは当然のことと言えた。
そして特犯内で加名盛の存在が強く残ったもう一つの理由。それは最後の、十一人目の被害者にある。
十一人目の、最後の被害者が出た殺人事件において特犯はついに犯人に繋がる証拠を見つけ、被疑者として加名盛の名を挙げることに成功した。
これを受け、特犯に所属する刑事達は創設史上、最大とも言える士気を持って加名盛の逮捕に向け捜査を進めることになる。
なぜならば十一人目、連続殺人の最後の被害者は特犯に所属する刑事であり、俺の相棒である福栄蓮だったからだ。
しかし、そんな執念の捜査でも加名盛がどのように殺人を行い、どんなスキルを使用しているのか、特犯は最後まで解明することができなかった。
おまけに加名盛の素性も日本国籍は持っていないことだけはたしかな日系外国人であるという酷く曖昧な情報しかなかった。
それでも少ない証拠をもとに捜査を進め、どうにか逮捕状を取得した特犯は加名盛の逮捕に向かい…………加名盛の逃走を許した。
すぐさま警察は最大限の人員を動員して加名盛の行方を追い始め、ほどなくして一人の刑事が加名盛を発見した。
その刑事は特犯に所属し、殺された福栄蓮の相棒でもあった俺、岩井猛だった。
俺が加名盛を見つけられたのは、刑事の感によるものだった。
加名盛が逃走したと知り、俺はすぐさま加名盛が向かいそうな場所について考察し、警察官としての基本的な考えの一つである犯人は犯行現場に戻るということに賭けたのだ。
そして俺は、蓮が殺害された現場に向かった。
そこはかつて、俺と蓮が解決したある事件の犯人が所有していた海岸沿いの崖の上に立つ別荘であった。
加名盛が起こした十一件の殺人の中で蓮が殺された犯行現場はもっとも郊外にある場所であったが俺は直感でこの場所を選んで向かい、崖先から海を眺める加名盛を発見した。
「そこまでだ、加名盛!」
加名盛を見つけた俺はすぐさまホルスターから取り出していた拳銃の銃口を向けた。
蓮を殺されて感情が高ぶっている俺は、感情に任せて拳銃の引き金を引かぬよう、冷静になれと自分に必死に言い聞かせながら警告を口にする。
「お前を逮捕する。無駄な抵抗をするな」
だが、加名盛は銃を構えた俺の警告にまったく動揺することなく、ゆっくりと俺に視線を向けた。
日本人離れした、加名盛の青い目と視線が合ったことに一瞬、俺は動揺してしまう。
そんな俺を見て、加名盛は微笑みながら俺に問いかけてきた。
「一つ、質問」
「何?」
「あなたにとって死とは、何だ?」
「……何を訳の分からないことを!」
この時、俺は加名盛の言葉の真意を理解しようとせず、怒りを強めるだけであった。
ただ、今にして思えば俺は目の前にいる素性の分からない連続殺人犯の思考を理解したくなかっただけなのかもしれない。
「私にとって死とは、快楽さ」
そう言った加名盛は突然、両手を大きく広げた。
加名盛の行動の意図が何なのか、俺はすぐに理解することができなかった。
だがすぐに今、加名盛がどこにいるのかを思い出し、加名盛が何をしようとしているのか俺は気付いた。
「よ、よせ!」
俺の言葉は加名盛に届くことはなく、加名盛はそのまま後ろに倒れこむように崖から飛び降り、姿を消したのだった。
その後、警察は加名盛の行方を必死に捜索したが、結局加名盛が発見されることはなかった。
事件は、被疑者行方不明で、その素性も、動機も、これがスキル犯罪だったのかどうかも不明なまま、幕を下ろすことになるが、これがマスコミの格好のエサとなり、加名盛に関してあることないこと様々な報道がなされ、いつしか加名盛は一部の人間から祭り上げられるようになっていた。
警察はそんな状況から模倣犯の出現を懸念するようになり、元々加名盛の事件については厳しい情報規制をかけていたが、それを一段と強めた。
その結果、加名盛に関する情報は現在、ごく限られた人間しか知ることができない状態となっている。
一方、加名盛を逃がしてしまった俺は責任を問われることになる。
何もかもが中途半端な状態で事件の幕が下りてしまったことで誰かが責任を取らなければならなくなり、俺は丁度いい生贄だったのだ。
そういった責任の追及に対して、相棒を失い、仇は取り逃がし、警察の態度に失望していた俺は反論する気力もなかった。
そして全てがバカバカしくなり、俺は警察を辞めたのだ。
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