第二章 その10

 警察署内にある待合室のイスに座る俺は左腕に巻かれた包帯を見ながら、ことの顛末の整理をしていた。


 奥山さんが乱入してスキルを使ったことで不良達全員が気を失った。

 奥山さんのスキルが電気を操る能力であり、電気ショックの要領で意識を奪ったのだ。


 その後、俺はすぐさま警察と消防に通報し、駆けつけた警察官達によって不良達は逮捕された。

 谷山はどうやらフェイクスキルも使われながらリンチを受けていたようで重症。この辺りで一番の医療を受けられる場所に搬送するべきだと考えた俺は金谷郷家の力を使い、金谷郷家が経営に噛んでいる私立の総合病院に谷山を搬送した。


 そして、当然のことというか俺、奥山さん、江月さんは警察の取り調べを受けることになった。

 ただ俺の取り調べについては犬成が手を回してくれたのか、はたまた金谷郷家の当主である俺の肩書きが影響したのか、理由は分からないがかなりあっさり目に終わったのである。


 そんなわけで一足先に取り調べを終えた俺は、待合室で奥山さんと江月さんの取り調べが終わるのを待っていた。


「旦那様」


 と、頭の中で今回の件を整理していたら取り調べを終えた奥山さんがやってきた。


「お怪我の方は?」

「ちょっと切れて出血しただけで特に問題なしの軽傷だよ」

「それは何よりです」


 奥山さんは俺が負った傷に問題がないことを知ると、ホッと胸をなでおろしていた。

 さて、奥山さんには色々と確認しなければならないことがある。今はタイミングがいいのか周りには誰もいないことだし、さっそく聞くとしよう。


「ずっと、影で俺達を監視していたんだね」

「はい」


 奥山さんが肯定したことで、今日の放課後、ずっと奥山さんが俺のあとをついてきていたことが確定した。

 まぁ、返事を聞くまでもなく、それは事実だと思っていたが。

 何しろあとをついてきていなければ俺がピンチになって、あんなにもすぐに乱入できるわけがないからな。


 続けてもう一つ、俺は大事なことを奥山さんに聞いた。


「……スキラー、だったんだね」

「…………はい」


 この目でしっかりと見ている事実ではあったが、それでも俺は奥山さんの口から直接聞きたかったのだ。

 スキラーであることを肯定する言葉を。


「理不尽な差別を受け入れられない。若山さん達が起こした事件の時に奥山さんが言った言葉の意味が、やっと分かった。スキラーとして、差別を受けた経験があるんだね?」

「……………………ええ」


 若山さん達が起こした事件は千倉さんのイジメを加速させるため、千倉さんがスキラーであると周りに思い込ませるものであった。

 その根底にあるのは、スキラーへの差別意識。そんなスキラーへの差別がどれだけ理不尽であるのかを奥山さんは理解していた。

 だから、奥山さんは千倉さんを助けようとしていたのだ。

 自分と同じような経験をさせたくはないから。


「旦那様、私は「無理に話さなくていいよ」」


 スキラーである奥山さんがどのような差別を受けてきたのかは、知る必要のないことだ。

 世の中からスキラーへの差別を完全になくすため、自分の経験を話すというのならば、俺はその考えを否定しない。


 だが少なくとも奥山さんにとってその時の経験を話すことはかなりの苦痛であるはずだ。

 なぜなら奥山さんの今の表情は、とても苦しそうなものだったからだ。


「ただ一つだけ、奥山さんに伝えたい。奥山さんのおかげで俺も、江月さんも助かった。本当にありがとう」


 だから今は、この言葉を贈ることが奥山さんの心を助けることになるだろう。


「……いいえ。旦那様を助けるのが、私の役目です」


 そして俺の言葉を受け、ようやく少しばかり奥山さんの顔が明るくなった。


「金谷郷」


 奥山さんと話していると取り調べを終えた江月さんがやってきた。

 江月さんが取り調べにもっとも時間が掛かったのは谷山や逮捕された不良達と交友関係があったからだろう。


「すまなかった。私のせいで怪我をさせた」


 江月さんは俺の元にやってくるとすぐさま頭を下げた。


「奥山も、すまなかった」


 さらに江月さんは続けて奥山さんに対しても頭を下げた。

 しかし、江月さんが頭を下げる必要はどこにもない。


「江月さん、君が悪いわけじゃない」


 だから江月さんを励まそうと俺は言葉をかける。


「そうですよ、江月様。全ては、探偵の卵を自称し、軽率に探偵ごっこをして江月様を連れまわした旦那様が悪いのです」


 さらに続けざまに奥山さんも江月さんを励まそうと言葉をかける。

 俺はそんな奥山さんの言葉を聞き、普段通りの口調になっていることに嬉しさを感じつつも、やっぱり俺への毒舌は続くのかと、なんだか達観した気持ちになった。


「ま、まぁ、奥山さんが言うことは一理あるかもだけど「かも?」……失礼しました。一理あります。えっと俺が言いたいのは、江月さんがあの場に乱入しなければ谷山の命は本当にあぶないところだった。谷山は今も頑張っている。だから、江月さんがそんな顔をしちゃダメだ」

「……分かった」


 そして、ようやく江月さんの顔から影が消えた。

 これであとは谷山が回復すれば江月さんからの依頼は一件落着となるだろう。


「お前ら!」


 と、随分と大きな声が聞こえ、何事かと声がした方に視線を向けてみると、俺達の担任、新地教諭が慌てた様子でやって来た。


「あっ、しょうちゃん」

「はぁー、はぁー、大丈夫か、お前ら?」

「私は大丈夫。金谷郷と奥山が守ってくれたからな」

「そうか……。たくっ、連絡を聞いて心配したぞ」


 なるほど。たしかに生徒が警察に連れてかれたら教師にも連絡はいくだろう。

 で、新地教諭はその連絡を受けて慌ててすっ飛んできたというわけか。


「ご心配をおかけしました」


 奥山さんが懇切丁寧に謝罪をする。

 すると新地教諭も少し冷静さを取り戻し、色々とまだ言いたそうではあったが、


「…………無事ならそれでいい。とりあえず今日はもう遅いし、帰れ」


 一先ずは俺達を帰らせることを優先してくれたようだ。

 というか、右手で振り払う動作をしてさっさと帰れと即してさえいる。


 そんな新地教諭を見ている時に俺はあることに気付く。

 俺達に向かって振り払っている新地教諭の右手。そこに以前ついていたミサンガの姿がなかったのだ。

 おそらく、どこかのタイミングで切れたのだろう。

 ということはミサンガに込めていた願いは叶ったのだろうか。

 まぁ、聞くのも野暮か。


「そうさせていただきます。旦那様、迎えの車の用意は既に完了しております」

「分かりました」

「江月。お前はご両親が仕事の都合で迎えに来られないそうだから、俺が自宅まで送る」

「たくっ、こんな時まで仕事かよ」

「ご両親が一生懸命働いているから、お前はこうして生活できてるんだぞ?」

「分かってるよ。あー、ほっとしたら何か腹減ったな。しょうちゃん、おごってくれよ」

「お前な、今何時だと思ってるんだ? もう補導される時間だ。まっすぐ家に向かうからな」

「ちぇっ」


 と、他愛のない会話を江月さんと新地教諭が目の前で繰り広げ始めた。


「旦那様。私達はこの辺で」

「そうしよう」


 俺は奥山さんに即され、その場をあとにしようとするのだが、


「あっ、金谷郷」

「ん?」


 江月さんに呼び止められ、俺は足を止める。

 すると江月さんが俺に近づいてきた。


「ちょっと耳貸せ」

「耳?」


 何だろうと思いながら俺は江月さんに右耳を近づけ、江月さんは俺の耳元に口を寄せた。

 そして、俺にしか聞こえないささやき声で、こう言った。


「……ありがとうな。お前ならいい探偵になれると思うぞ」


 そう言い終えると、江月さんは俺の耳元から口を離し、俺に笑顔を見せてきた。

 俺は、江月さんの言葉を聞いて自分の胸の中が熱くなることに気付く。


 どうして俺は警察官だったのか。

 そして探偵をしているのか。

 理由は色々とあるがその一つに、こういった誰かからのお礼を聞きたいから、というのは確実にある。

 なぜなら事件が万事解決した時にあるのは、江月さんが今しているような笑顔だ。

 そういった笑顔が、俺は好きだ。お金では得がたい、労働の対価だ。


 俺は江月さんの笑顔をかみ締めつつ、


「……どういたしまして」


 少し照れながら笑顔で返答した。











 その翌日。

 2年A組の教室で、惨殺された江月咲弥の死体が発見された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る