第二章 その9
駅前に到着し、千倉さんが証言したコンビニ横の路地を俺と江月さんは突き進むが、人気はどんどんなくなり、谷山の姿もなかった。
「クソッ、いねぇ!」
谷山を見つけられないことに江月さんは焦りの色を隠さない。
一方、俺は何か手掛かりがないかと辺りを見渡しながら路地を進んでいた。すると、
「……ん? これは」
路地の片隅に画面が割れたスマートフォンが落ちていることに気付いた。
俺がそのスマートフォンを拾い上げると、すぐさま江月さんがスマートフォンを持つ俺の手を掴みとった。
「このスマホ、亮二のだ」
どうやら谷山がこの辺りにいたのは間違いないようだ。
谷山がポケットにスマートフォンをしまおうとして落としてしまい、そのことに気付かずそのまま立ち去ったのだろうか。
いや、それは都合のいい妄想だ。ここ最近の事件の影響でどんどん取り戻しつつある元刑事の感が告げる。
これは、悪い方向に考えるべきだと。
「マズイかもしれないな」
そう俺が呟いた直後、辺り一帯に突如、爆発音が響いた。
「あっちか!」
爆発音を聞いた江月さんはすぐさま、音がした方向に向かって走り出す。
「ま、待って、江月さん!」
俺は江月さんを止めようと腕を伸ばすが空しくその腕は空振ってしまう。
「くそっ!」
江月さんを止めることができず、俺は急いで江月さんのあとを追いかけ始めた。
音の出所は近くにあった廃工場の中からだった。
一足先に到着していた江月さんは廃工場の入り口の扉をゆっくりと開け、中の様子をのぞいていた。
今は江月さんと同じように様子を確認するのがベストだと考え、俺も江月さんの後ろから廃工場の中をのぞき始めた。
「おい、いきなりぶっ放すなよ!」
「こんぐらいやらねぇと、意味ねぇだろ」
廃工場の中には複数人の不良達がいたが、何か揉めているようであった。
しばらく不良達は口論した後、派手な赤色の髪をした不良が何かに近づいていった。
「おい、亮二。正直に吐けよ。俺達をチクッたの、お前なんだろ?」
「あ……う……」
不良が近づいた先にいたのは、ボロボロの姿で地面に倒れている谷山であった。
「小さい声で喋っても聞こえねぇんだよ!」
「ぐふっ!」
不良が倒れている谷山の腹に蹴りを入れた光景を見て、江月さんが黙っているはずがないとすぐに思うが、そう思った時点で既に手遅れであった。
「亮二!」
江月さんは谷山の名を叫びながら廃工場の中に突入した。
「江月さん!」
俺も慌てて江月さんを追い、廃工場の中に入る。
「あん? 誰だ、お前?」
「さ、咲弥?」
俺と江月さんが乱入したことで、不良達の視線がこちらに向く。
その中には江月さんを知っている、かつて江月さんと遊んでいた友人達もいた。
「知り合いか?」
「昔つるんでた奴で、亮二のダチっす」
「ダチ? 亮二の女じゃねぇのか?」
そんな不良達のやり取りから、俺は派手な赤色の髪をした不良がこのグループのリーダー格であることを理解する。
「てめぇら、亮二に何をした!」
一方、江月さんは自分を無視して会話をする不良達に苛立ちを隠さずにいた。
「随分と威勢がいい女だな。……おい、後ろの男は誰だ?」
「知らない奴っす」
「今の男か」
「何をしたって聞いてんだろ!」
「ちっ、うるせぇ女だ。亮二が俺達のこと警察にチクったって噂を聞いて、白状させようとしめてたんだよ」
そういうことか。おそらく、不良達は警察の捜査の手が自分達に及び始めたことに気付いたのだろう。
そして谷山が警察に密告したという嘘か本当かも分からない情報を手に入れ、白状させようと谷山をリンチした結果、現在の状況になった。
そんな状況を理解したことで俺は確信する。このグループこそがフェイクスキルを売っている売人達だ。
でなければ警察の捜査の手を気にして、谷山に対してここまでの暴力行為をするはずがないからだ。
「噂を聞いただけって、ふざけんじゃねぇ! お前ら、ぶっ飛ばしてやる!」
しかし、ただでさえ苛立っている江月さんからしてみれば、リーダー格の不良の言葉は苛立ちをさらに高めるものでしかなかった。
「威勢だけはいいじゃねぇか。その威勢に免じて、一つプレゼントしてやるよ」
と、言いながらリーダー格の不良が俺と江月さんに向かって何かを投げてきた。
リーダー格の不良が何を投げてきたのか理解するのに俺は僅かな時間を要してしまった。
だが、それが何なのか理解した瞬間、
「江月さん、ダメだ!」
俺は素早く江月さんを抱き寄せて、江月さんを庇おうとした。
「へぇ、こいつが何なのか知ってるみたいだな。けど、おせぇ」
リーダー格の不良が投げたのは、自分達が売っているフェイクスキルであった。
そしてフェイクスキルは、俺が江月さんを庇ったと同時に発動した。
「きゃあっ!」
「ぐっ!」
フェイクスキルは若山さん達が起こした事件で使われたものと同じ辺りの物体を氷漬けにするものであり、爆発した箇所を中心として氷が爆炎のように広がる。
幸い、爆発は俺と江月さんがいる少し手前で発生したため、まともにフェイクスキルを喰らうことはなかった。
「な、何だよ、これ……」
「うちの売れ筋商品だ。すげぇ威力だろ?」
突然の出来事に、江月さんから先ほどまでの苛立ちは完全に消え、今は困惑しているようであった。
ただ、江月さんの様子から怪我は負ってないようで、俺は安堵するのだが、
「っ!」
俺は自分の左腕に痛みを感じる。
左腕に視線を向けてみると、どうやらまともに喰らいはしなかったが氷の爆炎は近くまで迫っていたようで、氷の爆炎によって俺は左腕に傷を負ってしまった。
感覚的に軽傷だとは思うが、傷口からは血が流れていた。
「か、金谷郷、大丈夫か!」
そんな俺の状態に気付き、江月さんは慌てながら俺のことを心配する言葉を口にするが、江月さんが放ったその言葉はある意味で致命的なものであった。
「金谷郷? お前あの金持ちか! ははっ、こりゃいい。お前をゆすりのネタにできりゃあ、たんまりと稼げそうだ」
そう。江月さんの言葉は、不良達に俺が金谷郷家の人間であることを教えてしまうものだった。
当然、俺が金谷郷家の人間であると知って不良達が俺のことをただで帰すわけがない。
「くっ……」
絶体絶命のピンチに俺が歯ぎしりを立てたまさにその時、突如、廃工場の入り口の扉が吹き飛んだ。
「何だ!」
慌てて不良達が廃工場の入り口に視線を向け、俺と江月さんも視線を廃工場の入り口に向ける。
そこには、一人の女性が立っていた。
「奥山さん?」
その女性はメイド服姿の奥山さんだった。
「メイド? ……もしかして、お坊ちゃんのメイドさんか? タイミングがいい。おい、お坊ちゃんを無事に帰してほしかったら、金を用意し「おい、発情ザル」」
リーダー格の不良は奥山さんの登場に都合がいいとばかりに金銭を要求するが、その言葉は奥山さんが侮蔑を込めて放った暴言によって遮断された。
「……おいおい、俺の聞き間違えか? 今、なんつった?」
「発情ザルと言ったんだ。旦那様に手を出して、無事で済むと思うな」
奥山さんは明らかに俺と江月さんから不良達の意識を逸らすために挑発的な言葉を口にしている。
奥山さんの狙い通り、不良達の意識にはもう俺と江月さんの存在はないだろうが、それは奥山さんの身に危険が及ぶことを意味している。
「ああ、そうかい。随分と……生意気なメイドだな!」
そして、リーダー格の不良が奥山さんに向かってフェイクスキルを投げつけた。
その軌道は先ほどの威力から考えて、発動したら間違いなく奥山さんに直撃するコースになっていた。
急いで奥山さんを庇おうにも、とてもじゃないが間に合わない。
「奥山さん!」
俺は奥山さんの名を叫ぶことしかできなかった。
奥山さんを助けることができない自分の不甲斐なさを嘆くかのように。
ところが、奥山さんに向かって投げられたフェイクスキルは何かの光に包まれ、一瞬でこの場から姿を消した。
「……はぁ?」
突然の出来事にリーダー格の不良はそんな間抜けな言葉を発することしかできない。
「まさか」
一方、俺は今、目の前で起きた出来事について合理的に説明できるあることに気付き、視線を再度、奥山さんに向ける。
「この程度のおもちゃでそこまで威張ることができるなんて随分とおめでたい頭ですね」
奥山さんの周りには、小さな稲妻が何度も何度も落ちていた。
「そんなおめでたい頭をしたあなた方に教えてあげましょう。スキルの、本当の威力を」
次の瞬間、廃工場の中は目を開けてられないほどの閃光に包まれた。
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