第二章 その8
「あー、ここもハズレか」
「あと思いつく場所はある?」
「いや、ここが最後だ」
事務所を出て俺と江月さんは谷山の捜索を開始したが、それは困難を極めた。
江月さんが思いつく限りの谷山が行きそうな場所に赴き、その周辺で聞き込みを行うが空振り続き。
谷山はいまだ見つからず、とうの昔に日は沈み、辺りは暗くなっている。
このまま聞き込みを続けても未成年として警察に補導される時間までに見つけられる保障はないが、おそらく江月さんが谷山の探索をやめることはないだろう。
しかたない。せめて、少しでも江月さんを休ませるか。
俺は聞き込みに慣れているが、江月さんは違う。空振り続きで精神的には確実に疲労が溜まっているだろう。
「少し休憩しようか」
「……そうだな」
江月さんは俺の提案に、素直に応じた。
休憩することを決め、俺と江月さんは近くにあった公園に移動した。
俺は江月さんを先にベンチに向かわせ、自販機で缶コーヒーを二本買ってから江月さんのもとに向かった。
「はい、コーヒー」
「サンキュー」
缶コーヒーを一本江月さんに渡し、俺もベンチに座った。
さて、ここからどうするか。
このまま聞き取りを行ってもいいが谷山が見つからない可能性があるし、時間が経つにつれて江月さんの疲労が体力的にも溜まっていくだろう。
犬成を頼ってみるのはどうだろうか。ここ最近、犬成に頼ってばかりだが、そこさえ目を瞑ればおそらく確実に谷山を見つけることはできる。
ただし、谷山がフェイクスキルを売る売人だったら、犬成は警察官として動かざるを得なくなり、それがもたらす結末は江月さんが望むものではないだろう。
ならば、金谷郷家の力を使うか。一番無難な選択であることは間違いない。その力の強大さはつい先日の事件でも十分なほど理解している。
問題があるとすれば、俺のことを見る奥山さんの目がより一層厳しいものになるくらいだろう。
と、缶コーヒーを飲みながら次に取るべき行動を考え込んでいた時だった。
「あれ、金谷郷君に江月さん?」
聞きなれた声をした誰かが、俺と江月さんに話しかけてきた。
俺と江月さんがほぼ同時に声が聞こえた方向に視線を向ける。
そこにいたのは、私服姿で買い物袋を持った千倉さんだった。
「千倉さん、どうしてここに?」
「食材の買出し。醤油がなかったから、そのついでに」
そう言う千倉さんの片手には購入した商品で膨れた買い物袋があった。
私服姿でこの時間帯に買い物をしていることから、おそらく千倉さんの家はこの辺りにあるのだろう。
「二人こそ、どうしてここに? もしかしてデート?」
「あー、全然違うからな」
千倉さんの言葉をすぐさま江月さんが否定したが、たしかにこんな時間に男女二人でいたら千倉さんが勘違いするのも当然か。
「そうなんだ。じゃあ、何で二人は一緒にいるの?」
「あー、千倉知ってるか。こいつ、探偵の卵なんだってよ」
「探偵の卵? へぇー、そうなんだ。じゃあ、もしかして今も何かの調査をしてるの?」
「まぁ、そんなところ」
俺が探偵の卵であると知った千倉さんは興味がありそうな顔をする。
可能性は低いが江月さんの依頼については伏せつつ、一応聞いてみるか。
「ちょっと人探ししててさ。千倉さんこの写真に写ってる人達をどこかで見かけたりした?」
「いや、お前さ。千倉が見てるわけ「あっ、この人」えっ?」
何かに気付いた千倉さんは写真に写るある人物を指差した。
その人物は、谷山だった。
「さっき駅前で女の人に声をかけてたよ。多分、ナンパだと思う。女の人、凄く迷惑そうにしてたから」
駅前か。ここからそんなに距離は離れてないな。
「まだこの人は駅前にいる?」
「いないよ。女の人に逃げられたあと、どこかに行っちゃった」
「どこに向かったか、覚えてる?」
「えっと、たしか駅前のコンビニ横の路地に向かって歩いてかな」
これだけの情報があれば十分だろう。
急いで向かえば、谷山を見つけられるはずだ。
「ありがとう、千倉さん。江月さ……って、早っ!」
千倉さんからの証言を聞き、江月さんの方に視線を向けてみれば既に江月さんの姿はなかった。
谷山を探しに駅前に向かったのは確実だ。
「ごめん、千倉さん! また明日!」
俺は江月さんを追いかけるべく、千倉さんの返事をまたずに公園を飛び出した。
目的地は分かっていたので、全速力で追いかけるとすぐに江月さんの姿を視界に捉えた。
「江月さん!」
「おせぇよ!」
「よく追いついた方だと思うけど!」
「見失ったらもともこうもねぇだろ!」
「それは、たしかに……」
江月さんの言う通り、いくら駅前にいるとの情報を掴んだところで、例えば俺達が向かっている間にタクシーに乗られでもしたらまた谷山を見つけるのに時間がかかってしまう。
だから今、こうして全速力で向かうことに間違いはなかった。
「けどさ、千倉も変わったよな」
「えっ?」
「お前と同じで、千倉も他人とよく話すようになった。千倉だって変われたんだ。誰だって、変わることはできるんだ」
ああ、そうだ。江月さんは谷山を変えたいんだ。ただ、それだけを考えている。
探偵として、そんな依頼人の純粋な思いは叶えてやらないとな。
そう思った俺は、地面を蹴る脚により力を込めた。
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