第一章 その11

「皆さんお集まりいただきありがとうございます」


 事件発覚から二時間ほどが経過し、警察の現場の捜査が落ち着き始めた頃、校舎内の一室に千倉さん、新地教諭、そして若山さん達、事件の関係者が集められていた。

 これから特犯による事情聴取が行われるためだ。


 事情聴取を行う相手の大半が高校生ということもあり、精神的に少しでも安心感を与えようという考えのもと、事情聴取は個人ごとに聞き取るのではなく、事件の関係者を一ヶ所に集めて行うことになったのだが、この理由はまったくのデタラメである。


 俺が犬成に頼み、無理やり事件の関係者を校舎内の一室に集めてもらったのだ。

 なぜそんなことを頼んだのかといえば、これから俺が行う茶番劇のためだ。


「それではこれより皆さんから証言を「ちょっと待った!」」


 こっそりと部屋の外に待機していた俺は、タイミングを見計らって茶番劇に相応しい大げさな態度で扉を開け、部屋に乱入した。


「誰だ! ……ああ、これはこれは金谷郷家の当主、金谷郷政太郎様ではないですかー」


 犬成も俺に合わせるかのように大げさな態度で返答をし、犬成から何も知らされていない特犯の刑事達は呆気にとられながら犬成のことを見ていた。


「事情聴取の前に、少し話をしてもいいですか?」

「どうぞー、どうぞー。気が済むまで話してくださいー」


 そして、犬成との猿芝居を続け、俺はこの場での発言権を得てから部屋の中にいる人間一人、一人に視線を向けながら話を始めた。


「今回の事件、犯人はスキラーじゃありません」

「は、はぁ? あんた、何言ってんの!」


 俺が放った言葉に対して真っ先に若山さんが反論してきたが、予想通りの反応だ。


「あの氷漬けの現場はスキラーの犯行に見せかけるために道具を使ったものです。既に、警察もそのことには気付いていますよね?」

「えっ?」


 だから俺は話を続け、俺の言葉を聞いた若山さんはすぐに動揺した様子を見せる。   

 それは、若山さんの仲間達も同じであった。


「その通りです! いやー、さすが金谷郷家のご当主様ともなれば我々の考えなど一瞬でお見通しになるんですねー」


 さらにその動揺は刑事である犬成が肯定したことでより強くなっていく。


「今回の事件の犯人は、犯人がスキラーだと思わせることが目的だった。理由は、ある人物がスキラーだと周りの人間に思わせるため。……千倉さん、君をね」

「私を?」

「そして千倉さんをスキラーだと思わせようと犯行を行ったのは若山さん、君達だ」

「デタラメなこと言うんじゃないわよ! 何で私がそんなことしなきゃいけないのよ!」


 俺の言葉に当然の如く、若山さんが先程よりも強い態度で反論してくるが、その態度に焦りの色が隠せないでいる。


「イジメていたんだろ、千倉さんのこと。犯行の動機はそのイジメをヒートアップさせる切っ掛けがほしかったから。若山さん達が犯人だとしたらありえそうな動機ですよね、先生?」

「そうなんですか?」


 俺は新地教諭に千倉さんへのイジメについて問い、犬成もそれに同調した。

 そんな俺の問いに対して、新地教諭はしばらく目を瞑ったまま考えるそぶりを見せた後、覚悟を決めた表情をして口を開いた。


「……証拠は何もありません。ただ、若山達が千倉をイジメているのではないかと、ずっと疑っていました」

「ふ、ふざんけんなよ! あんた、教育委員会に訴えてやるからな! てか、そう! 証拠よ、証拠! 私達がやったって証拠はどこにあるのよ!」


 新地教諭の発言に若山さんは最大級の反論をし、証拠を出せと言ってきた。

 そう、証拠だ。この事件を早期に解決するためにも是が非でも欲しい証拠。


 その証拠を、突きつけてやることにしよう。


「証拠って例えば、これかな?」


 俺は証拠品を保存する透明な袋に入った使用済みのフェイクスキルの空の容器を取り出した。


「ど、どうしてあんたがそれを?」


 そして、空の容器を見た若山さんの顔がみるみる青ざめていく。見つからない自信があったのだろう。

 だが、若山さん達が処分した空の容器はこうして俺の手元にある。なぜ俺は空の容器を手に入れることができたのか。

 それは俺が、金谷郷政太郎だからだ。


「君は近くの川に捨てれば見つからないと思ったんだろうけど、相手が悪かったね。君の相手は金谷郷家の当主、金谷郷政太郎。その力を使えば川の水を止めて空の容器を探すなんて朝飯前だ」


 俺は奥山さんに簡単な問いをした。

 金谷郷家の力を使い事件の重要な証拠品を学校近くの川から探し出すことはできるか。

 奥山さんの回答は、もちろんできる、だった。


 そこからはあっという間のことであった。

 奥山さんがどこかに電話を一本入れたと思ったらあれよあれよという間に学校近くの川周辺に大量の重機が集結し始め、川の流れをせき止めて水を抜き取って露になった川底から比較的新しいゴミを一通り回収し、一ヶ所に集めた。

 そこまでしておけばあとは知識のある人間が一ヶ所に集まったゴミの山から空の容器を探し出すだけであった。


「か、川の水を?」


 ありえない話に若山さんが唇を震わせるが、その気持ちは分からなくもない。

 というか、提案した本人が言うのもあれなのだが、提案したことが目の前であっさりと実現していくさまを見るのは軽く引いた。


「刑事さん、この証拠品は警察に提供いたします」

「ありがたく頂戴させていただきます」


 俺は証拠品を犬成に手渡し、一気に畳み掛けることにした。


「さて、本来自首ってのは事件が公になる前にしなければ成立しないものなんだけど、君達はまだ未成年だ」


 俺は若山さん……ではなく、その仲間達に視線を向けて諭すように語り掛ける。


「今、自分達が犯した罪を正直に告白すれば多少は考慮してくれるはずだよ。ねぇ、刑事さん?」

「ええ。ご当主様の言う通りです」


 その犬成の返答が決め手となった。


「……あ、亜子が言い出したんです!」

「ちょ、ちょっと!」


 若山さんの仲間達は、あっさりと犯行を自供した。


「私達、危ないって止めようとしたんだけど、亜子は大丈夫だって言って、それで……」

「裏切ってんじゃないわよ!」


 仲間の裏切りに激昂した若山さんが手を上げようとするが、


「そこまでだ」


 犬成がその手を掴み、止めた。


「あとは、警察署の方でゆっくりと話を聞くから」

「あ、ああああああああああああ!」


 犬成の言葉がとどめの一撃となり、部屋には若山さんの絶叫が響いた。




 事件は無事に、早期に解決することができた。千倉さんがスキラーだという根も葉もない噂が広まることもないだろう。

 若山さん達は犬成達に連行されていった。おそらく事情聴取を受け、ほどなくして逮捕されることになる。


 一方、無実が証明された千倉さんや新地教諭、そして俺は形式上、引き続きあの部屋で簡単な事情聴取を警察から受け、事情聴取を終えた頃には、空はすっかりと夕焼けに染まっていた。

 そして俺が窓越しに夕焼けを見ていると、


「金谷郷君」

「ん? ああ、千倉さん」


 同じく警察からの事情聴取を終えた千倉さんが話しかけてきた。


「ありがとうね」

「お礼を言われるほどじゃないよ。無実の罪に問われなくてよかったね」

「うん。あのさ、推理していた時の金谷郷君――――」


 と、千倉さんは何か言いかけるが、


「……やっぱりいいや。今日は本当にありがとう。また、明日ね」

「うん、また明日」


 何を言いたかったのか、はっきりと話すことなく、あらためて俺に対してお礼の言葉を述べた後、千倉さんは別れのあいさつをしてこの場をあとにした。


「お待たせしました、旦那様。迎えの車の準備ができました」


 千倉さんと別れてすぐさま奥山さんが近づき、俺に話しかけてきた。


「分かりました」

「……旦那様」

「はい?」

「ありがとうございました」


 そう言って、奥山さんは俺に頭を下げた。

 それだけで、奥山さんの気持ちの全てが伝わった。


「気にしなくていいよ。真実が明らかになった。ただ、それだけのことなんだから」

「はい……」


 返答をしながら奥山さんは頭を上げる。

 その表情は、明るいものであった。


「では続いて、旦那様に気にしていただきたい件についてお話させていただきます」

「えっ?」


 先ほどの態度とは打って変わって事務手続き的な態度になった奥山さんに対して、俺は思わず困惑してしまう。


「今回の川の水を止めて事件の証拠品を探した件についてなのですが、あれほどの大きな川の水を早期に止めるのは並大抵のことではありません。そのためこれほどのお金がかかりました」


 そう言いながら奥山さんは懐から取り出した電卓を叩き、計算結果を俺に見せてきた。

 電卓に映し出されていた金額は、サラリーマンの生涯年収を優に越える額が表示されていた。


「旦那様、お金はどこからともなく無限に沸いてくるものではありません。今回の出費、しっかりと取り戻さなければなりません。大丈夫です。旦那様の手腕を持ってすれば、すぐに取り戻せるはずです」

「は、はは……」


 俺は奥山さんの言葉に対して、投げやりに笑って返答するしかなかった。

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