第二章 探偵の卵

第二章 その1

 始業開始前。特殊能力犯罪捜査課にある自席で俺はコンビニで購入した週刊誌を読んでいた。

「よぉ、猛。何読んでんだ?」


 登庁してきた俺の相棒、蓮が物珍しそうな顔をしながら俺に話しかけてきた。

 読書嫌いで普段は雑誌類すら読まない俺が週刊誌を読んでいたからだ。


「あん? 何だ、蓮か。お前のむさくるしい顔なんて見たくないからどっか行ってろ」


 そして、真剣な表情で週刊誌を読んでいる俺は、蓮を適当にあしらおうとする。


「おいおい、それが相棒に対して言う言葉かよ!」


 しかし、それで引き下がる蓮ではない。蓮は無理やり俺から話を聞き出すため、警察官学校で習うお手本のような関節技をかけてきた。


「痛っ! お前、関節技決めんなよ! ああ、分かった、分かった、言うから!」

「最初からそう言えばいんだよ」

「たくっ……。いいか。俺が今読んでるのはな、期待の新鋭アイドル、ななかちゃんのインタビュー記事だ!」

「な、ななか?」

「ななかちゃんを呼び捨てで呼ぶな」

「あっ、はい、すいません」


 蓮がななかちゃんのことを呼び捨てにし、俺は危うく殴りかかりそうになるが、どうにか堪えて言葉で注意するだけに留めることができた。


「なぁ、猛。俺はアイドルとかよく分からんが、インタビュー記事なんて読んでおもしろいか?」

「既に三回は泣いている」

「そ、そうか。……まぁ、他人の趣味にケチをつける気はねぇし、どんなものであれ本を読むのはいいことだ。けど、たまにはこういう本も読んでみろ」


 そう言いながら蓮は一冊の本を取り出した。

 蓮が取り出した本は、読書嫌いな俺からすればタイトルを見ただけで小難しい本だと判断して敬遠してしまう哲学の本であった。


「お前、顔に似合わず読書家だよな」

「顔に似合わずってのは余計だ」


 蓮は特犯きっての武道派であると同時に読書家の一面があり、暇な時は缶コーヒーを片手に本を読んでいる。

 そして時折、俺に読書をしろと本を薦めてくるのだが、蓮に薦められた本を読んだことは一度としてない。


「おはようございます!」


 と、大きな声であいさつをしながら犬成が登庁してきた。


「おう、おはよう犬成」

「今日も元気がいいな、お前は」

「先輩達、のど渇いてませんか? 今、お茶入れてきますね!」

「悪いなー」


 俺と蓮が犬成にあいさつを返すと、犬成はすぐさま俺達にお茶を出すために給湯室に向かっていた。

 別にお茶が飲みたかったら自分で用意するのだが、せっかくの犬成の好意だったのでお言葉に甘えさせてもらうことにした。


「しかし、あんだけ生意気だったキャリアのお坊ちゃんがここまでお前に従順になるとはね」


 蓮の言う通り、特犯に配属された頃の犬成は悪い意味で尖っていた。

 だが今は、登庁すれば真っ先にあいさつをしてきて、時には先輩にお茶を用意するような気配りまでしてくる。

 そして、そういった気配りは特に俺に向かうことが多いのだが、そこにはもちろん理由がある。


「どっかの誰かさんが配属されたばかりのお坊ちゃんの態度にイラついて鉄拳制裁してそのフォローをしている内に気付いたらこうなってた」

「ははっ、よく分かんねぇや」


 配属されてまだ日が浅い時期に犬成は、その尖っていた態度にイラついた蓮に拳を叩き込まれた。

 そんでもって犬成は、人生で他人から拳を叩き込まれることを経験したことがない人間であったため、完全に蓮に対して萎縮してしまい俺がそのフォローをするハメになり、それが切っ掛けで気付いたら犬成に懐かれていたというわけだ。

 なお、今では蓮と犬成の関係は良好で、時折道場で蓮が犬成に体術を教える間柄になっている。


「お待たせしました、お茶です! ん? 先輩何読んでるんですか? えーと、想森ななか?」

「ななかちゃんを呼び捨てで呼んでんじゃねぇぞ、おらっ!」

「ぶげらっ!」


 お茶を持ってきた犬成がななかちゃんを呼び捨てにしやがったので、俺は躊躇することなく犬成に拳を叩き込んだ。


「お前も人のこと言えねぇだろ」


 そんな俺を見た蓮は、呆れながら言葉を口にした。


 俺は、始業開始前の他愛のない時間が好きだった。

 だが、今はもうこの時間を過ごすことができない。

 これは今朝、俺が夢として見た、過去の記憶なのだ。


 あまり思い出したくない記憶を夢として見たからだろう。

 俺の目覚めは最悪だった。


「…………夢に出てくんじゃねぇよ、バカ野郎」


 だから思わず、俺はかつての相棒である蓮に対して恨み節をつぶやくのだった。

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