第一章 その9

「さぁ、先輩! 今この現場には俺と先輩しかいません! 今なら捜査し放題ですよ!」


 と、そんなことがあり、今に戻るというわけだ。


 現在、俺と犬成は二人っきりで事件が発生した現場にいる。

 特犯の刑事達に千倉さん達を任せたのも、この状況を作るためだろう。犬成はとっくに警察を辞めている俺の推理を聞きたがっているのだ。


 ただそれは、不要な行為と言えた。

 なぜなら日夜スキル犯罪の捜査をしている犬成が、この現場の状況を見ておおよその事件の真相にたどり着いていないわけがないからだ。


「お前な……。いいか。この事件には探偵なんて必要ない。お前らが捜査を続ければすぐに片がつく事件だ。つうかこの現場を見ただけでお前も事件のほとんどの概要は推測できただろ?」

「へへっ、すいません。俺、難しいこと全然分からないです」

「はぁー」


 どうやら抵抗は無駄のようだ。俺が事件の推理を話すまで犬成は引く気がないだろう。


「たくっ、一度しか言わないからよく聞いておけ」

「おっ、待ってました!」


 調子の良い犬成の言葉を聞きながら、俺は自分の推理を話し始めた。


「まず、この事件の犯人はスキラーじゃない。この氷の形、見覚えがある」


 スキルとは、何でもありの超能力であり、その力が自然科学の常識をひっくり返すのは別に珍しいことではない。

 だからもし、スキルによってこの氷漬けのオブジェクトが作られたのならばその形はもっと歪で、常識離れした形になっていておかしくない。


 だが、今実際に存在する氷漬けのオブジェクトは爆炎のように四方に伸びているといった、どこか規則的なもの感じさせる形をしていた。

 この規則的な形の氷漬けのオブジェクトを作る方法に、俺は心当たりがあった。


「かつて戦争中に開発されたスキルのような力を使える兵器。名前はたしか……」

「フェイクスキルです」

「そう、それだ。あれが使われた時の特徴によく似ている」


 科学の発展にはいつだって戦争がつきものだ。世界間大戦でも多くの発展があり、発明があった。

 スキルのような力を使える兵器フェイクスキルも、そんな発明の一つだ。


 フェイクスキルは元々、フェイクスキルを使って攻撃することで異世界の軍隊に仲間の中に裏切るものがいる、と思わせるための、かく乱が目的で開発された兵器だった。

 だが中には兵器として純粋に強力なものもあったため、現代の軍隊に正式に配備されていたり、犯罪に使われたりするケースがあった。

 ただ、結局のところフェイクスキルは科学で作られているため、フェイクスキルを使用した結果は科学に基づく規則的なものになる。今、目の前にある氷漬けのオブジェクトのように。


「無論、スキラーが実際にやった可能性もなくはないが、じゃあなんで学校の駐輪場で、しかもこんなに中途半端な形で事件を起こした? そもそもスキル犯罪以前に、犯罪というのはこんな目立つ形でやるもんじゃない。だが今回の場合は、何らかの目的のためにわざと隠さなかったんだろう。そしてその理由も、わざわざフェイクスキルを用意したことから衝動的な犯行という線が消え、被害者が出てないことから単純な怨恨による犯行の線も消えたことで推測すべき範囲はぐっと狭まる。で、多分ここまではお前も現場を見てすぐに分かったはずだ」


 俺の問いかけに犬成は返事をしなかったが、笑みを浮かべるその顔を見ただけで、俺は犬成の答えを理解し、さっさと本題に入っても問題ないだろうと判断した。

 俺は、犬成に事件の犯人を告げることにした。


「さて、ここからは俺の推測だ。この事件の犯人は多分、若山亜子とその友人達だ」

「先輩が庇っていた女の子とは別の子達ですね」

「そうだ。調べればすぐに分かることだが、若山亜子は千倉奈央……あー、俺が庇っていた子の名だ。彼女をイジメている。そして、今回の事件は千倉奈央へのイジメをより酷くするための一手なんだろう」


 千倉さんがスキラーかもしれない。そんな噂が学校中に流れたらどうなるだろうか。

 スキラーへの差別は、表立っては批判されることではあるのだが、今なお根強く残っている。

 おそらく表立って行動する人間はいないだろうが、若山さん達の千倉さんへのイジメを黙認したり、千倉さんから距離を置くようになったりはするだろう。


 それこそが若山さん達の狙いだ。

 千倉さんが逮捕されなくてもいい。ただ、千倉さんがスキラーだという噂が事実として広まればそれでいいのだ。

 そのため若山さん達は今回の事件、自分達が犯人であるとバレないようにできる限りの工作はしたのだろうが、現場の様子を見るからにそれはおそまつなものであった。


「ただ、その目的を果たすためにこんなことをしたわりには、この犯行は子供みたいに幼稚だ。アリバイとかは用意してるんだろうが、こんな幼稚な犯罪をする高校生が用意したものだ。お前達が捜査をすればあっという間に若山亜子達から自供を引き出すことができるだろう」


 だから、この事件に探偵は必要ないのだ。警察が時間をかけて捜査をすれば、若山さん達の犯行だと分かるからだ。

 そして、俺は自分の推理を話し終えたのだが、


「……以上ですか?」

「以上だ」

「そうですか……」


 と、言いながら犬成の表情が暗くなる。期待以上の答えがなかったような様子だ。


「いやー、白状しますと先輩のおっしゃる通り、俺も現場を見てすぐに先輩と同じ考えに至りました。若山亜子と千倉奈央に関しては有益な情報ではあるんですが……」

「もっと別の情報が欲しかったのか?」


 俺の言葉に犬成が無言で頷き、言葉を続ける。


「この事件で重要になってくるのは物的証拠です。現場の状況から今回使用されたフェイクスキルは、液体が入った容器を投げつけると液体が放出され、空気に触れた液体が瞬時に爆発して辺りを氷漬けにするタイプのものと思われます。で、このタイプのフェイクスキルは投げつけて液体が放出された空の容器が残ります」


 犬成の言う通り、この事件は物的証拠が重要になってくる。

 若山さん達が用意しているであろうアリバイは取り調べで容易に打ち砕くことができるだろうが、打ち砕いたところで若山さん達がそう簡単に自分達の罪を認めるとは思えない。

 ならば決定的な証拠でねじ伏せればよく、今回の事件でいえばそれはフェイクスキルを使用したあとの空の容器になるわけだ。


「つまり、その容器が見つかれば事件は解決したも同然になるわけなんですが、現場にそれらしいものは見当たらず、犯人が今もその容器を持っているとも考えられない。どこかに捨てたと考えるのが妥当でしょう。そしてこの辺りでそういった物を捨てるのに適してそうな場所が……」


 そう言いながら犬成はスマートフォンを取り出し、地図アプリを起動させてある場所を俺に見せた。

 その場所は、高校のすぐ近くにあり、俺が車で通るルートとは真逆の方面にある大きな川だった。

 これ以上ないくらい、証拠品を捨てるのにうってつけの場所である。


「なるほどな。お前が俺の推理を聞きたかったのは証拠品を探す手間を省きたかったからか」


 これだけ大きな川の中から証拠品を探すとなると並大抵のことではない。

 何人ものダイバーを導入して、それなりの時間をかける必要がある。

 しかも今回は厳密にはスキル犯罪ではないが、フェイクスキルが使われているため、捜査に手を抜くわけにもいかない。


 だから犬成は時間を短縮できそうな案を期待して、俺の推理を聞きたがったのだろう。

 しかしそんな都合のいい案を俺が持っているはずもなく、俺はそのことを正直に伝えることにした。


「残念ながら事件解決までの時間を短縮する都合のいいアドバイスなんて俺にはできん。ダイバーを使って時間をかけるしかないな」

「その通りなんですが、先輩の話を聞いて別の心配が出てきまして……」

「別の心配?」

「イジメを受けている千倉奈央って子、事件が解決するまでに耐えられますかね?」


 それは盲点だった。

 あまりにも幼稚な事件だったため、解決は時間の問題だと考えていたがその時間はあくまでも警察視点の基準であり、警察とは関係のない人間からすればその時間はとてつもなく長い。

 つまり、千倉さんに対するイジメが加速するには十分過ぎる時間なのだ。


 たとえ、証拠品が上がらないから無理やり取り調べで若山さん達から自供を引きずり出しても、自供を引きずり出す頃には、千倉さんが既にイジメによって傷ついている可能性がある。

 いやそもそもこのご時勢、高校生相手に無理やり取り調べを行うなど不可能だ。自供を引きずり出すにも時間がかかる。

 そして時間がかかればかかるだけ、千倉さんは傷つくことになる。

 最悪、若山さん達が取り調べのストレスを千倉さんにぶつけることだって考えられる。


 つまりこの事件は、起きた時点で負け戦になっているのだ。


「……何か妙案が浮かんだら伝える」


 現状を理解した俺は、その言葉をひねり出すのが精一杯だった。

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