第一章 その8

 昨日に引き続き車で登校した俺はすぐに周りの様子がおかしいことに気付いた。

 登校中の生徒達の多くがざわつき、校門前には何台ものパトカーが止まっていて警察官の姿があったのだ。


「一体、何が起きたんだ?」

「少々お待ちを。コネのある警察関係者に確認いたします」


 そう言って奥山さんはスマートフォンを取り出し、どこかに連絡した。

 ほどなくして、何が起こったのかが判明する。


「旦那様、どうやら学校内でスキル犯罪が発生したようです」

「えっ」


 まさかの事態だった。パトカーの台数から大きめの事件とは思っていたが、よもやスキル犯罪だとは。


「それと……」


 さらに奥山さんが困惑しながら、ある情報を付け加えた。


「第一発見者は千倉様、新地様、そして若山様だそうで、現在現場で警察から事情を聞かれているようです」


 その話を聞いた俺は昨日の放課後、よからぬ話をしていた若山さん達の姿を思い出す。

 まだスキル犯罪の詳細は分からないが、若山さん達がよからぬ話を何かしらの形で実行したのだろう。

 となると、千倉さんが何らかの被害を受けているのは、ほぼ間違いないはずだ。


「現場はどこか分かりますか?」

「駐輪場です」

「……よし」


 奥山さんの返答を聞いた俺は、すぐさま行動に移すことにした。


「だ、旦那様?」

「奥山さんはそこで待ってて!」


 初めて聞いた奥山さんの動揺する声を耳に入れ、今奥山さんはどんな表情をしているのか見てみたいというわずかな欲望に後ろ髪を引かれつつ、一方的な言葉を言って俺は駐輪場に向かって駆け出した。




「私、知ってるんだからね!」


 俺が規制線の張られた駐輪場に到着すると同時に、若山さんの大きな声が辺り一帯に響いた。


「あんたがスキラーだってこと。これも、あんたの仕業なんでしょ!」


 規制線の中にいる若山さんが叫びながら指差した先にあったのは、一つのオブジェクトだった。

 何台もの自転車が氷漬けになっていて、その氷の形はまるで爆炎のように四方に伸びていた。

 一般人が見れば、スキル犯罪の現場だと疑って当然とも言える光景だ。


 そんな駐輪場に突如出現したオブジェクトの前には大勢の警察官達に新地教諭と若山さん達、そして千倉さんの姿があった。

 若山さんは警察官達の前で声を上げ、千倉さんがこのオブジェクトを作った張本人であり、千倉さんがスキラーであると食って掛かっていた。


「そうやって決めつけるな、若山。第一、騒ぎが起きた時、千倉は俺と一緒にいたんだぞ?」


 若山さんの発言を新地教諭が冷静に否定する。

 これが普通の学校生活での状況下だったら若山さんも大人しく引き下がっただろうが、残念ながら今の状況は普通とは違う。


「スキルが使われているならそんなの何の証拠にもならないです。そうですよね」


 千倉さんはスキラーであり、この事件の犯人である。その主張を若山さんは崩さなかった。


「……たしかに君の言う通りだよ」


 そしてあろうことか、現場にいる警察官は若山さんの言葉に乗せられ、千倉さんを疑い始めていた。

 無論、普通なら高校生の言い分を鵜呑みにする警察官などそうはいない。

 

 だが、現場の状況が悪かった。

 スキル犯罪と思われる現場。

 目の前にはスキラーだと言われる人物。

 今、目の前にいる人物がこの事件の犯人かもしれない。


 そんな安直な選択肢を今の普通の警察ならどうしても選びがちになってしまうだろう。

 これもまた、スキル犯罪が登場してから生まれてしまった悪しき警察の怠惰である。


 スキル犯罪など起こってほしくない。だからスキル犯罪の可能性は見ぬ振りをする。

 逆に見ぬ振りなどできないスキル犯罪に直面したら、都合のいい真実を追い求めてしまう。

 そうした警察の態度が生むものはたった一つ。冤罪だ。


「えっと、千倉さん、だったけ? ここだと何だから、場所を変えてお話聞かせてくれるかな?」


 千倉さんに向かって放った警察官の言葉を聞いた俺はある考えのもと規制線を突破し、千倉さんと警察官の間に割って入り、警察官と対峙した。


「ついて行く必要はないよ、千倉さん」

「えっ?」


 背中越しに、突然現れた俺の言葉に戸惑う千倉さんの声が聞こえ、千倉さんを安心させるべく俺は言葉を続ける。


「千倉さん、これは任意だ。だから警察について行く必要がない」

「ちょ、ちょっと当然なんだい君は」


 俺の言葉を聞いた警察官が噛み付いてくる。

 狙い通りだ。だから俺はそのままケンカ越しに警察官に噛み付き返した。


「なんだい、じゃないです。無実のクラスメートを庇っているんです。まさか警察は何の証拠もないのに、たかが一人の証言にそそのかされて未成年を連行するんですか?」

「事件が解決するならそうするよ。もちろん、必要なら君も連行できるんだよ?」


 どうやら俺まで連行するつもりのようだ。だが、そうやって俺の方に意識が向くだけでも十分な時間稼ぎとなる。

 そう。俺が狙っているのは時間稼ぎだ。


 金谷郷政太郎が通う高校でスキル犯罪の可能性が疑われる事件が発生した。

 その事実は、この場所に必ずある人物が来ることを意味していた。


「ほう、どういった根拠でそんなことを言えるんだ?」


 そして、思いのほかすぐにその人物、犬成が特犯の刑事達を連れてやってきた。


「な、何だ、あんた達は!」

「こういう者だ」


 犬成は突っかかってくる警察官に呆れながら警察手帳と、自身の所属と肩書きを証明するために名刺を突きつけた。


「と、特犯?」


 犬成に突っかかった警察官は相手が特犯の、しかも課長であることに驚いた様子を見せる。


「一般人にそそのかされて無実かもしれない人間を連行するなんて、お前達素人か? いや、素人だったな。少なくともスキル犯罪においては」


 犬成は警察官に対してイラついた態度を隠そうともせずに接する。

 まぁ、スキル犯罪が登場したことによる警察の怠惰は犬成自身もよく分かっているから、こうして態度に出るのも当然のことか。


「ああ、それと今お前が啖呵を切って連行してやろうかと言った相手はな、金谷郷政太郎だぞ?」

「え……えぇ!」


 そんな犬成と警察官のやり取りを見て、俺が金谷郷政太郎の名を名乗ればそれだけで十分過ぎるほどの時間稼ぎができたことに気付く。


「これで分かっただろ。素人は邪魔だ。ここはプロに任せろ」

「わ、分かりました」


 その言葉が決め手となった。警察官は犬成の迫力に押され、すごすごと下がった。


「さて、皆さん大変失礼しました。ここからは我々が捜査させていただきます。お手数ですが目撃した状況についてこちらの準備ができ次第、あらためてお話いただけないでしょうか?」


 犬成はすぐさま頭を切り替え、千倉さん達から話を聞こうとしていた。


「分かりました。千倉と若山もいいな」

「はい」

「……はい」


 そしてこうなれば若山さんが起こそうとした千倉さんがスキラーだといった騒ぎは一瞬で沈静化し、千倉さん達は犬成に指示され、特犯の刑事達の元に向かっていった。


「ああ、君はちょっとこっちに来てくれるかな?」

「……おいおい」


 一方、俺は不敵な笑みを浮かべる犬成に呼び止められるのだった。

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