第一章 その4
出欠が終わるとすぐに授業が開始された。
一時間目は歴史。担当教師は担任である新地教諭であった。
学校教育を受けるなんて警察官学校が最後のことであり、正直に言ってついていけるのかだいぶ心配だったのだが、それは杞憂に終わった。
授業の内容が俺にとって、とてもなじみ深いものだったからだ。
「さて、今日は
新地教諭が口にした通り、世界間大戦は今を生きる全ての人間にとって重要な出来事である。
なぜならこの出来事が切っ掛けでこの世にスキルというものが現れたのだから。
俺は教科書の内容を喋る新地教諭の声を聞きながら、自分の中でもあらためて世界間大戦に関する出来事を振り返ってみることにした。
二度の世界大戦が終わり、冷戦で世界が二分されていたある日のこと。この世界に大きな変革が訪れる。
突如として太平洋上に巨大な扉と共に島が出現。巨大な扉は異世界に繋がっていて、島は巨大な扉を通ってやってきた異世界の島だった。
そして、その島には異世界の人々が住んでいた。
突然の異世界の人々の襲来にこの世界の人々は戸惑うも、どうにか交流して共存の道を模索しようとする。
しかし、いざ異世界の人々との交流が始まると様々なすれ違いが続き、冷戦という時代背景も影響して気付けばこの世界と異世界による新たな戦争が始まることになってしまった。
これが世界間大戦の始まりである。
この世界の人々は近代兵器を用いて異世界の人々と争うことになるが、戦況を有利に進めたのは異世界の人々だった。
異世界の人々はスキルと呼ばれる超能力を持ち、たった一人の人間が近代兵器を扱う一個小隊を壊滅させるのが珍しいことではなかったからだ。
そのためこちらの世界の人々はスキルを使う異世界の人々をスキラーと呼んで恐れるようになった。
その恐れは肥大し続け、ついには日本に二度落とされた忌まわしき兵器を大国に使用させるまでに至り、それに伴う異世界の人々の報復は激しさを増し、泥沼の争いは確実に破滅の道に向かうと思われた。
だが、突如として異世界に繋がっていた巨大な扉が消え、太平洋上に出現した島と、その島で暮らしていた数千万人の異世界の人々がこの世界に取り残されたことで状況は大きく変わることになる。
互いに疲弊していたこちらの世界の人々と異世界の人々が武力ではなく、話し合いでの解決の道を歩み始めたのだ。
そして紆余曲折の末、戦争責任など解決に果てしない時間がかかる問題は全て棚上げにし、この世界は取り残された異世界の人々を受け入れ、異世界の人々が住む島は独立国家として認めるという形で世界間大戦は終結した。
とはいえ世界間大戦の遺恨が消えることはなく、こちらの世界の人々も、異世界の人々も互いに差別し合う状況が続くことになる。
ただ、そんな状況は長くは続かなかった。異世界の人々が使用する言語や人種構成はこちらの世界と変わりないものだったため、じょじょに融和が進んでいったからだ。
ところが、融和が進むと同時に、新たな差別が生まれる。
それは、こちらの世界の人々が持たないスキルを持つスキラーという特徴だ。
結果、スキラーである異世界の人々が再び差別を受けることになるのだが、その状況もすぐに変化する。
スキルを持たないはずのこちらの世界の人々が、次々とスキラーとして覚醒し始めたのだ。
そもそもスキルとは異世界の人々からすれば自然発生的に身につけていて、そのメカニズムは今も明らかになっていないものであった。
そのため、こちらの世界の人々がスキラーとして覚醒し始めたその原因を異世界の人々は分からないとしか答えられなかった。
そして気付けばスキラーへの差別は、異世界の人々関係なくスキラーであれば受ける差別となってしまうが、その差別も差別をしている人間が翌日には差別を受ける側になっている、なんてことが頻発するようになったことで勢いを失い、今では批判されるようにもなったが、残念ながらその差別は今なお、根深く残っている。
その原因は人類が新たに直面した問題、スキルを使ったスキル犯罪やスキルが起因するスキル事故のせいであった。
スキラーに覚醒する人々の増加と連動するかのようにスキル犯罪やスキル事故は年々発生件数を増やし、発生件数が増えるたびに人々にスキラーへの差別意識を埋めていった。
もちろん各国の政府はこの事態をただ黙って見ているわけではなかった。
異世界の人々に協力を仰ぎつつ、スキル犯罪、スキル事故に対応する公的な専門組織を次々と創設していき、日本でも同様に専門組織が創設された。それこそが、俺がかつて所属していた特犯なのである。
かくして、特犯が誕生して今日に至るまで警察はスキル犯罪と戦うようになったのだ。
「……おっ、ちょうどいい時間だな。どうだ、あらためて学んでみて。授業の最初にも言った通り、今を生きる俺達にとって切っても切れない歴史的な出来事だ。もっと詳しく覚えろとは言わん。だが、忘れもするんじゃないぞ」
気付けばあっという間に歴史の授業が終わる時間になっていた。久しぶりの学校教育であったがいい時間を過ごせたと思っている。
この歳になると、当たり前のことを振り返る機会そのものが減ってきてしまうからな。
……いや、この歳という表現は適切じゃないか。今の俺は一応、高校生なのだから。
まぁ、一時間目から満足のいく時間を過ごせたのだから、案外高校生として学校生活を問題なく送ることができるかもしれない。
などと俺は思っていたのだが、俺がそう思えたのはあくまでも元特犯の刑事である俺にとって馴染みのある内容の授業を受けたからに過ぎなかった。
このあと俺は、二時間目の数学からはじまる、触れるのがあまりにも久しぶり過ぎて何を言っているのかまったく分からない数々の授業に翻弄され、学校生活の難易度の高さに心が折れかけるのであった。
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