第4話 剣の稽古と見えた方針

 屋敷では週に数回、剣の稽古の時間がある。


 以前は寝た切りだったので稽古もなかったが、数ヶ月前に始まった。


「では行きますよ、坊ちゃん」

「さあ来い!」


 僕は木剣を構えて言う。


 稽古の相手はレクシオン騎士団で副団長を務めるディナード。


 僕の剣の実力に合わせて、少し前に別の騎士から変えられた。


「――ふっ!」


 短い息と共に、ディナードが前に飛び出す。


 相当な速さだけど、レベルアップした僕の目にはその動きが見える。


「……むっ!」


 体を斜めにしながら、木剣の腹で滑らせるように攻撃を受け流した僕に、ディナードが目を見開く。


 僕はすかさず体を捻り反撃するが、ディナードは冷静にそれを受け止めた。


 それからの攻防は一進一退。


 互いに相手の攻撃を防いでは、素早い反撃を繰り出す時間が続く。


「……ふぅ、一旦休憩しましょうか」


 10分ほど打ち合ったところで、ディナードが攻撃の手を止めた。


 その額にはうっすらと汗が浮かんでいるが、まだまだ余裕の表情だ。


 一方の僕は大粒の汗を流しながら、地面の上に寝転がる。


「はあ……やっぱりディナードは強いね」


 一見拮抗しているようだったが、彼はまだまだ本気じゃなかった。


 さすがはレクシオン騎士団の副団長。


 かつては王宮の近衛騎士団に所属していたと聞いているし、その実力は折り紙付きだ。


「いえいえ、坊ちゃんこそ。あの変わった戦い方を始めてから、メキメキと強くなってますからね」


 ディナードは額の汗を拭いながら言う。


 変わった戦い方、というのは、僕のオリジナル剣術だ。


 稽古を始めた当初は王国流剣術を学んだが、どうにも上手くいかなかった。


 そこで僕が利用したのが、【遊者】の能力の特性。


 硬派に立ち回り、勝利にこだわるのではなく、純粋に剣を楽しむ。


 型に囚われず、奔放に、遊ぶように剣を振るうことで、一気に実力が向上した。


 もはや試合をするというより踊るような動きでさえあるけれど、不思議とそれが強いのだ。


「しかし、本当に不思議です。あのような自由な戦い方で、なぜあそこまで強いのか。近衛騎士としていろいろな剣を見てきましたが、坊ちゃんのような剣は初めてです。坊ちゃんは一体……」

「はは、なんだろうね。向いてたんじゃない?」


 僕は誤魔化すように笑って言う。


 つい楽しくて力が入ってしまったけど、やりすぎないように気を付けないとね。


 仮にディナードに勝ってしまったとして、騎士団に入れられるようなことになっても困る。


 正直今の状態でも、魔力による身体強化を使えばどうなるか分からないからね。


 稽古相手がディナードに変えられた時点でやっちゃったかなと思っていたし、今後は適度に手を抜いたほうがいいかもしれない。


 その後、さらに20分ほど手合わせを行い、稽古の時間が終了した。


 遊ぶように剣を振るうのが楽しく、結局最後まで全力を出してしまったのは内緒である。



 ◆ ◆ ◆



 剣の稽古を終えた後は、自室で座学の時間に移る。


 要はお勉強の時間だが、これが意外にも楽しい。


 数学は前世の知識で難なく解けるので、学習内容は主にこの世界の地理や歴史となる。


 僕の人格は神楽遊寄りなので、異世界の知識を得られる機会がとても新鮮に感じるのだ。


「リベル様、お勉強の時間ですよ」


 そう言って部屋に入ってきたのは、眼鏡をかけて先生モードになったルティア。


 彼女の頭脳は優秀なようで、若くして僕の教師の役目を担っている。


 2、3分ほど流しの計算問題を解いた後、さっそく歴史の勉強を始める。


「今日は領地周りの地理について勉強しましょう」

「はーい」


 ルティアは1枚の大きな紙を取り出す。


 以前に1度だけ見せてもらったが、今いる大陸の地図だ。


 地図と言っても縮尺等は適当で、大まかな位置関係を描いたものだった。


「こちらが私達がいるアミュズ王国、この辺りがレクシオン領ですね」

「うんうん」


 アミュズ王国は大陸でも有数の大国。


 どちらかと言えば横長の形をしており、南側全体が海に面している。


 レクシオン領があるのは海とは反対側、北側の国境沿いのうち、北東寄りにあるエリアだ。


 北側には『精霊の里』と呼ばれる森霊族しんれいぞくが治める小国があり、そのすぐ北には『魔法国家チェスター』がある。


 森霊族の小国は基本的に周りに不干渉、魔法国家チェスターは温和な国であり、アミュズ王国との技術交流も盛んなので、北側方面は安全と言っていい。


「問題は東側ですね」


 ルティアが指で眼鏡を持ち上げながら言う。


 レクシオン領は国防の要を担うエリアと言われていて、その理由が東側にある。


 まず、レクシオン領から見て南東部、ここに位置するのは『エンブルク帝国』。


 今は比較的良好な関係とのことだけど、かつては侵略を繰り返した武装国家なのだという。


 ただ、この帝国はレクシオン領と国境を接するわけではなく、少しばかり離れた場所にある。


 最大の問題はレクシオン領の東側、結界外の森を進んだ先にあるという広大な土地――“禁域”と呼ばれるエリアだ。


 この禁域に関しては、歴史の勉強などでも何度か触れられている。


 なんでも、今から1万年以上前の大昔、太古の魔王と人類が衝突した場所らしい。


 恐ろしき魔王の魔力は今も消えることなく残留し、禁域全体に多大な影響を及ぼしている。


 中心部には常に凶悪なモンスターが跋扈しており、外周部分の土地も枯れ切って使い物にならない。


 また、アミュズ王国の他、魔法国家チェスターやエンブルク帝国等も禁域に接しているけれど、禁域はどの国にも属していない。


 どの国にも土地開発のチャンスはあるが、上手くいかず断念しているようだ。


「うーん……“禁域”かぁ。上手く利用できれば面白そうなんだよなー」


 ルティアによる授業が終わった後、僕は一人自室で呟く。


 誰も使っていない広大な土地。


 モンスターの巣窟となっている中心地はヤバそうだが、レクシオン領から近い場所にある枯れ地だけでも相当な広さがある。


 僕が持つ【遊者】の能力を育てていけば、素敵な化学反応が起きるのではないか?


「……うん。できるかは分からないけど、利用するならやっぱりだよなぁ」


 数週間前、歴史の授業でちらりと禁域の話を聞いてから、実は密かに夢想していた計画があった。


 それは前世の僕、神楽遊が遊んでいたゲームに関すること。


 病室という閉じた世界での生活を送っていた僕は、外の世界を再現できる街づくり系のゲームにはまっていた。


 中でもよく遊んでいたのが、遊園地を作るゲームだ。


 まだ病状がマシだった子供の頃、両親が連れて行ってくれた遊園地。


 その時のことを思い返しながら、自分だけの遊園地作りに夢中になったっけ。


 懐かしさに目を細めながら、僕は「ふふ」と口角を上げる。


 そう、遊園地だ。


 【遊者】の能力をフルに活用すれば、きっと遊園地だって実現できる。


「……うん、決めた。僕は遊園地を作るぞ」


 異世界の土地に作る遊園地。


 なんとも夢のある響きじゃないか。


 実現のためにはいろいろと課題もあるだろうけど、目標は高いほど燃えるというものだ。


 こうして僕は10歳にして、今後の大まかな方針を決めるのだった。



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明日また続きを投稿します。

1日につき1~3話投稿(場合によっては4話以上)の形をとる予定です。

続きが気になると思われた方は、ぜひ星で応援いただけますと幸いです。

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