第2話 遊者の能力とおもちゃ箱

 それから時が経つこと1年。


 神楽遊の記憶が目覚めた当初8歳だった僕は、無事9歳になっていた。


「リベル様、今日もお出かけですか?」

「うん! ちょっと外に出てくる」

「はあ……気を付けてくださいね? 最近は帰るのが遅いと、旦那様達も心配してるんですから」

「分かってるって」


 心配そうな様子のメイド、ルティアに僕は言う。


 ルティアは僕が幼い頃から世話をしてくれているメイドだ。


 十代半ばと年も若いため、世話焼きの姉がいる感覚に近い。


 僕は鏡台の前に移動して、さっと服装を整える。


「これでよし」


 鏡に映る僕の姿は、冴えない外見だった前世に比べるとずいぶん華やかだ。


 金と銀の相中くらいの柔らかなくせ毛に、端正で整った目鼻立ちをしている。


 周りの人間も皆整った外見をしているので、前世の記憶が蘇るまでは意識してもいなかった。


「それじゃ、行ってくるね!」

「あ! リベル様!」


 ルティアの声を背中で聞きながら、僕は屋敷を出発する。


 日中は外に出て思い切り遊ぶ。


 それがここ最近の日常だった。


「うん、素晴らしい日々だね!」


 走りながら笑顔になる。


 メイドがいることからも分かるように、リベル・エル・レクシオンは貴族の息子だ。


 レクシオン家は、アミュズ王国北東部の国境沿いを治める辺境伯。


 名前に含まれる『エル』というのは、アミュズ王国における貴族の称号である。


 前世のドイツ貴族でいうところの『フォン』って感じかな。


 そして、僕はそんなレクシオン家の四男――末っ子だ。


 3人の兄達の他に2人の姉がいる。


 つまりどういうことかってというと……結構自由な身分ってこと。


 政略的なアレコレからは比較的遠いところにいるので、面倒な貴族のしがらみはあまりない。


 まあ、逆に言えば、不安定な将来を抱えているとも言うんだけど……僕にとっては好都合だ。


 せっかく動ける体になったんだし、好きに遊んで生きたいじゃん?


「……この辺かな」


 館の裏にある庭を抜け、少し歩いたところで足を止める。


 小さな森の入り口付近だ。


 以前は監視の目が厳しく、庭から出られなかったけれど、最近は自由度が増しつつある。


 幼い頃から寝たきりだったこともあり、両親が僕に甘いのだ。


 1人で外で遊びたい! と目を潤ませて頼んだところ、しぶしぶながら許可を出してくれた。


「さて、今日も遊ぶぞ! ――クラフト!」


 念のため周囲を確認して唱えると、目の前にポン! と木製の作業台が現れる。


 クラフト――僕に与えられた【遊者】の能力だ。


 最初はいまいち使い方が分からなかったが、ここ1年でだいぶ分かってきた。


【遊者】の能力、それは簡単に言えば『何でもアリ』である。


 自分にとっての遊び、楽しいことに関連していれば、大方想像通りに実現できる。


 たとえば、今目の前に出した作業台は、前世のゲームを参考にしたもの。


 魔力を元に様々な遊具、いわば魔遊具(命名:僕)を作るための台だ。


 とはいえ、材料は魔力だけだし、別に台がなくても作れるんだけど、そこはまあ気分というか。


 自分の中のイメージに左右されるため、台ありのほうが心なしか作りやすい。


「そろそろできる気がするんだよね……」


 僕は体に流れる魔力に意識を向けながら、魔遊具の作製に取り掛かる。


 ここ数日の間、僕はある魔遊具の開発に勤しんでいた。


 それはいろいろな物が入るおもちゃ箱、つまりはアイテムボックスだ。


 【遊者】となって今に至るまでの1年間は、能力についての試行錯誤と魔力の増幅がメインだった。


 これも転生特典の1つなのか、僕の魔力量はかなりの速度で成長する。


 能力を使えば自然に魔力量も増えるので、増やしておいて損はないだろう。 


 魔力の残量がある時はとにかく何かをクラフトして、ひたすら魔力を増やしていった。


 そんな努力の甲斐あって、今では相当な魔力量があると自負している。


 そして1年の準備期間を終えた今、次のフェーズに移ろうと僕は決めた。


 お試しではない、本格的な魔遊具をクラフトし、品質を高めていくフェーズだ。


 そこで必要となってくるのが、今作製中のアイテムボックス。


 これまで作ってきた魔遊具は、その都度破棄――【遊者】の能力で魔力の粒子に分解してきたけれど、これからはそうもいかない。


 常用タイプの魔遊具も作るつもりだし、保管した魔遊具を少しずつ改良していきたいのだ。


 作った魔遊具を部屋に置いておくわけにはいかないし、隠し場所が必要になってくる。


 僕が【遊者】であることは、周りに秘密にしてるからね。


 両親とかルティアからは、何かしら疑われてそうだけど。


「いくぞ!」


 手のひらに魔力を集中させて、作業台の上に翳す。


「アイテムボックス……別次元の空間が中に広がる夢の箱……よし来た!」


 ワクワクと高鳴る遊び心に身を委ねると、天啓のように魔遊具のアイディアが降りてくる。


 ヴォン! という機械音と共に、ホログラム状のボックスが作業台の上に表示された。


「うんうん、いい感じだね」


 このホログラム的な物は何かというと、魔遊具が実体化する一歩手前の状態だ。


 クラフト系のゲームにおいて、アイテムの設置場所を選択する時の状態に近い。


 いわば仮のイメージであるため、この段階ではあまり魔力を消費しないのだ。


 イメージ通りの物ができなかった場合に備え、何かいい手はないかと模索した末のやり方だった。


 ホログラム状のアイテムボックスに満足した僕は、魔力を使って魔遊具を顕現させる。


 シュポン! と鳴って現れたのは、縦20センチメイル、横30センチメイルほどのボックス。


 メイルというのはこの世界における長さの単位で、前世のメートルに該当する。


 片手で持てるくらいのサイズ感であり、装飾も最低限なので、部屋に置いても怪しまれることはないだろう。


「使い心地はどうかな?」


 僕は適当にゴム製のボールを作製し、アイテムボックスに近付ける。


 シュン! と小さな音を鳴らしながら、ボールは箱の中の虚空に消えていった。


「成功だ!」


 僕は拳を握って叫ぶ。


 まさに僕の理想通り、吸い込まれるような消え方だ。


 それから魔力を限界まで使い、さらなる改良を重ねていく。


「取り出す時も視覚的に分かりやすいほうがいいよね」


 箱の中に入れた物は、ウィンドウに一覧で表示されるように。


「同じものを2つ以上入れた場合は、合わせて数字も表示されるように……」


 ゲームでよくあるインベントリのイメージだね。


 これなら何を入れたか忘れることもないし、取り出す時も目的の物をタップするだけで実行できる。


 容量はたぶん僕の自室より少し小さいくらい。


 あまりにも大きすぎる物は入らないけど、しばらくはこれで十分だ。


 ちなみに、箱の口より大きい物でも、物理的に入れるわけではないので収納できる。


「さて、これで一歩前進かな」


 夢中で改良を続けていたら、いつの間に日が落ちかけていた。


 僕はぐっと伸びをしながら、この先の計画を考える。


 高品質な魔遊具を生み出していくのはもちろんだけど、同時進行で戦う力も身に付けたい。


 今いる場所の少し先、庭の出口から100メイルほど離れた場所に、広大な森が広がっている。


 森の中ではモンスターが出現するらしく、屋敷の周りには強力な防御結界が張られているが、僕はその先に行ってみたいと思っている。


 単純な森への興味というのもあるし、今後自立して生きていくための戦闘訓練をしておきたい気持ちもあった。


 力があれば冒険者としてやっていくことも可能だし、いろいろと役に立つことも多いはずだ。


「おもちゃの銃を強化していけば、戦えたりしないかな?」


 【遊者】の力はかなり融通が利くので、上手くやればオリジナル武器が作れるかも。


 やってみないと分からないけれど、物は試し。明日からさっそくやってみよう。


 揚々と帰宅した僕は、「遅かったですね」とジト目のルティアからお説教をくらうのだった。

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