第48話

 着いてみると、ボロボロのスーツ姿の男が、五名ほどの戦闘服の男女と交戦していた。

 坂巻たちの姿を見るなり、ボロボロの男の目は見開かれる。

「おお、ちょうどいい、あなたが坂巻さんだな!」

「え、はい、そうですが」

「話したいことがある、ハア、ハア、事務所まで連れていってはくれないか!」

 息を切らしながらも、何か大切な話があるようだ。

「おっとこれは」

「犬飼、気持ちは分かる」

 物見気分で来たら本格的に巻き込まれた。好奇心は猫をも殺す。

「だけど、もしかしたらお客さんかもしれない。とりあえずあの物騒な連中を片付けよう」

「違いないね。商談の邪魔者はパパッと掃除しよう」

 五人が魔道具の照準を定めるのと同時に、二人は魔力を練り上げ、身体中に行き渡らせた。


 敵の五人は、強いかどうかでいえば、ただの無頼や生半可な野良勝負師よりは、きっと強いのだろう。

 実際、坂巻も、例えば河川敷で戦った不良の手下どもよりは、いくぶん手ごたえを感じた。

 だが、坂巻と比べれば、それは誤差にしか感じられなかった。

 ボロボロの男は増山という。必死に何かを話そうとする彼を、二人はとりあえず、手当てをするためも兼ねて事務所まで連れてきた。警察へは増山の必死の制止により、通報しないこととなった。

 事務所には都合があり先に綾島が着いていたが、彼女もいたく驚いていた。

 犬飼は魔道具の水薬と救急箱で増山に応急処置を施し、増山は出された茶を飲んで少し落ち着いたようだ。

「ふう。……どうか話を聞いてほしい」

 そして語られる、「根源」と作馬、犬飼海妃の事情、そして那須容堂の野望。

「『根源』の所有者は九十九那須の社長だったのか……!」

 坂巻が意外な黒幕の正体に沈黙する。

「そう。作馬さんはあいつの野心に殺されて、犬飼海妃さんも呪いによって衰弱していると聞いた。……この話を一番必要としているのは、あなただと踏んだ」

 事務所の三人はうなずく。

「そうですね。ありがとうございます。そうだとすれば、今日は……」

「九十九那須にカチコミだね」

 犬飼が答える。

「もちろん真正面から殴り込みをするのは、かなり厳しい。増山さんの話が本当なら、私兵部隊とどこかで乱戦になるだろう」

「つまり潜入……隠密潜入ですわね」

「その通り。とりあえず増山さんをかくまえる場所は……」

 綾島が手を上げた。

「わたくしがお父様に連絡して、急いで用意しますわ。事情もお父様にお話しすることになりますけど、増山様はよろしいでしょうか?」

「もちろん。六条門の総帥に話を通してもらえるなら、だいぶ事がよくなる」

 増山は力強くうなずく。

「潜入開始は、今日は金曜日だな、夜七時ぐらいを目途にしよう」

 坂巻の提案。

「夜七時? なぜ?」

「社員の数が減っていて、だけど残業の人もいるだろうからまだ人は残っている。もしこれが夜中だと、社員が残っていないだろうから、その分警備が厳しい。七時ぐらいなら、夜の来客も多少はいるかもしれないから、外部者も紛れられるというのも大きい」

「なるほど」

 犬飼は納得したような顔をする。

「そして、倉さんの出動、増山さんをかくまうとか、魔道具とかの準備に多少の時間がかかるだろうし」

「そうですわね。……光谷さんと月川さんは呼びますの、戦力的に三人より五人のほうが心強いと思いますけども」

「二人は……完全に部外者だ。危険を背負わせるのは気が引ける。戦力が多いほうがいいのはもちろんだけども、部外者の二人にもしものことがあれば、色々よくないからな。倉さんも部外者といえば部外者だけど、あの人はビジネスだから」

 言うと、坂巻はスマホで倉の番号に掛けた。


 倉は幸いにも手が空いていた、というか本件、一騎討ち業界の一大スキャンダルを優先したようで、いつかの車ですぐに駆け付けた。

 もっとも、倉が撮影者として隠密潜入に同行するのは、さすがに支障があると判断された。

 そこで代わりに渡されたのが。

「この魔道具は?」

 球体に可愛らしい小さな羽が生えている。常にふわふわ浮いており、愛嬌さえ感じられる。

「どこかのゆるキャラですの?」

「……と思われるように見せかけた、一種の自律型ドローンや。これで撮影も録音もできるし、話している言葉もある程度分かる優れモノやで!」

 倉は得意げに鼻を膨らませる。

「そうですのね。ぴよちゃん、おいでおいで」

 綾島が手を出すと、「ぴよちゃん」はうれしそうに手の回りを飛び、着陸した。

「エヘヘ」

 可愛い。綾島が。

 不覚にもそう思ってしまった坂巻は、頭を切り替える。

「そうだ、今回は生放送やなくて後日動画アップにするで。潜入の最中を誰かに見られたらかなわんからな。ほんでワイは今回は外から見物とバックアップや。すまんな、動画配信者たるものが自律型機材に頼るのは」

「私は配信者の流儀は分かりませんが、とりあえず今回は当然の判断だと思います」

「おおきに。現場近くまではワイが車で送るわ。坂巻はんは大切なお客様やし、なにより今回は業界を揺るがすスキャンダルや、中立とか言ってられへん」

「ありがとうございます。いつもすみません」

「かまへん。それで業界がよくなるなら」

 その後、六条門の迎えが来て、増山は安全な場所へと送られた。なお倉に通信機材を持たされて、今回は潜入のサポートを、「ぴよちゃん」機材を通じて行うという。

 三人は魔道具の点検、軽食を取り、少しだけ仮眠をして、潜入の時に備える。


 やがてとっぷりと夜の帳が下りたころ、決戦の三人を乗せた倉の車は、九十九那須本社ビル近くの自然公園で停まった。

「三人とも、準備はええか、一応魔道具とか確認せえへんか」

 言われ、犬飼を中心に魔道具の確認が行われる。

「水薬はよし、だね」

「魔力増幅器もよろしいようですわ」

「戦闘服も着込んでいる。すこぶる調子がいい」

 準備は万端。

「術式通信機はええか、唯一の情報源である増山はん、そしてワイからの指示を受け取る大事な機械や」

〔増山さん、届いていますか〕

〔ああ、届いているよ。こちらの声は〕

〔大丈夫です〕

「通信機も異状ないようだね」

 犬飼はそう言って、ふっと笑う。

「おお、不敵な笑みやな」

「あの九十九那須を敵に回すんです、少しはやりがいがあるってものでしょう」

「犬飼、珍しく、なんというか、積極的だな」

「まあ、そうでないとやってられない業界だからね。まあ坂巻は慎重派だから色々モヤモヤ考えているんだろうけど」

「モヤモヤて」

 図星ではあった。

 潜入のリーダーとして、二人を率いて「根源」を破壊しなければならない。それもできれば、視聴者のため、社長あたりから可能な限り多くの情報を引き出した後で。

 その困難な作戦を、事実上、道案内の増山だけで、不確定要素と不知の要因ばかりの本社ビルに突撃して遂行する。今回はダンジョンとも違い、安全の配慮は全くない。

 不安だらけだった。

「全く……ええか坂巻はん」

 倉は突然、冷静な声になる。

「きみはもっと仲間を信じるべきだ。あれこれ心配して、最精鋭のきみが後ろの心配ばかりしては、勝てる戦いも勝てない」

 その通りだった。

「きみはきみの目の前に専念したほうがいい。チームとはいっても三人の少人数だ。指揮にリソースを割く必要はない。その辺のバックアップは、私と増山さんが後方スタッフとして行うつもりだ」

「潜入と戦いに、専念……」

「そうだ。ただでさえ潜入は難しい。それをさせないために、九十九那須、だけではなく各種企業は警備を網の目のように張っている。おまけに坂巻くんも、少なくともそういう場所に隠密潜入するような経験はないはずだ」

「そうですね」

「もちろん後方スタッフの私たちにもないが、そこはそれ、高校生のひよっ子よりは人生経験があるから、多少はマシだ。もう一度言う、仲間と後方スタッフを信じてほしい」

 倉は坂巻の方に優しく手を置く。

「……分かりました。柔軟に状況に臨むべく、冷静になります」

「それでいい。いってらっしゃい」

 三人は礼を言って車から出た。

 そびえたつ本社ビルへの潜入作戦は始まった。


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