第47話

 その翌々日。

「竹地さんが死んだ……?」

 電子社内報で、元重役たる竹地の死を確認した。

 社内報によれば、自ら命を断ったというが、このタイミングでこうなるとは、どう考えても増山に秘密を漏らしたことによる粛清であった。

 そして那須容堂の圧力と政治力をもってして、警察をも黙らせ、正義の命を無残にも見せしめの犠牲にならしめるのだろう。

 恐ろしい。

 無謀な凶行。

 この世界にあってはならない不正義。

 しかし、いまの増山にはその不正義を覆す力はない。

 那須容堂は政治力はもとより、竹地が言ったように私兵、というか始末のための部隊を組織しているという噂もある――噂自体は以前からあったものの、竹地の証言により確信したのは最近である――し、容堂自身もかなり強いと聞く。なにより組織に個人では挑めない。

 そう考えて、しかし、増山はいつかの河川敷の高校生を思い浮かべた。

 彼が一躍有名になったいまでは、彼に関する情報はかなり出揃っている。

 彼の名前は坂巻。業界の有名人である作馬の弟子にして、これもまた有名人である犬飼海妃と深い交流がある、最強ともいわれる勝負師。

 六条門の令嬢を味方につけ、海妃の弟がよく補助し、つまりは何重にも業界に根を張っており伝手も充分にある。

 ペロチュッチュ倉原口の配信により業界外にも存在を示しつつある期待の若手。

 事務所を開いている彼のもとにタレコミをすれば、動いてくれるかもしれない。

 そう思ったとき、通知機能が社内メールの着信を知らせた。

「ん?」

 開いてみると、社長直々の指名。

 話があるので、午後四時に社長室に来るようにとのこと。

 間違いない。自分を始末する気だ。

 どうする?

 ――やるしかない!

 覚悟を決めた増山は、いつか戦闘に突入した際にと持ち歩いている魔道具を取り出し、命こそ大事として仕事そっちのけで、その動作確認と手入れを始めた。


 広い社長室には、容堂が一人きりでいた。

 大きな窓からは、夕陽が射している。かすかに空気を漂う塵を照らし、その一つ一つが光る。

「増山、参りました」

 増山が一人で入っていく。

「よく来たな」

 よく来たなも何もない。戦いに来たのだ。

 と、彼は顔をこわばらせる。

「お前もなぜここへ呼ばれたか、大いに自覚があることだろう」

「全く存じませんが」

「強情だな」

 容堂が、そのシワの刻まれた顔に、苦笑を浮かべる。

「おれは、理想を思い描いている」

 いわく。

 どんな手段をもってでも、一騎討ちの慣習は存続すべきだ。

 夢をかなえたり、問題を解決したりするために、金もない弱者に残された最後の手段は、一騎討ちを挑んで勝利することである。

 大企業に勤めていたり、職業勝負師として日常的に戦いを挑んでいたりすれば、決して気づくこともないその一点。

「おれは、弱者のために一騎討ちを存続させようとしているのだよ」

 そのためなら手段など選んでいられない。廃絶派が日々仲間を増やしているとすれば、その勢いを、あらゆる方法をもって減らし、こちらも理想に突き進むしかない。

「だから、作馬や犬飼海妃を亡き者にした」

 彼は深く呼吸をする。

「増山くん。きみに残された選択肢は二つ。ビジネスだけではない、おれたちの理想を共有して仲間となるか、屋上のヘリポートでおれと戦って死ぬか、そのどちらかだ」

 悪魔の二択。

 しかし増山は即答する。

「社長と戦います」

 増山は思想的には存続派でも廃絶派でもない。あくまで自分の食い扶持を稼げれば、なんなら職場は一騎討ち関連事業の会社でなくともよい。

 しかし。

「そのような取り繕った理念を高らかにうたったところで、社長はただの過激派です」

 どうしても、彼には暗殺という手段を用いてまで野心をかなえようとする容堂を、許すことができなかった。

 彼の冷静な頭脳は、弱者うんぬんが形ばかりの建前であることも悟った。

「私は社長が間違っていると断言します」

 容堂は黙って聞いていたが、やがてデスクのコーヒーを飲み干して言った。

「そうか、残念だ。ヘリポートに行こう。おれと増山のどちらが正しいか、力で白黒つけようではないか」

 そういうところだ。

 そういうところこそが、私があなたを悪とする最大の理由だ!

 増山は心の中で叫びながら、スーツのポケットなどに隠し持った魔道具を確かめた。


 翌日の放課後、坂巻と犬飼が事務所への道を歩いていると、なにやら大きな音が聞こえ、閃光が走った。

「なんだ?」

「一騎討ちでもしているのかな」

「それにしては派手なドンパチだな。白兵魔術か……いや、あの独特のザラザラ感はないから、魔道具か」

 荒事にもすっかり慣れた二人は、明らかに日常と異なる事態に対しても、あまり動じなかった。

「どうする、一応様子でも見に行くかい?」

「そうだな。一騎討ちにしては、こんなに住宅があるところで行っているのは不思議だ」

「そうだね。なにか事件かもしれない」

「ワクワクするなよ……」

 二人はゴチャゴチャ言いながら、とりあえず現場へと向かった。


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