第46話

 綾島も含めた三人は、療養所に着くと、すぐに事務員に案内された。

「こちらです」

 診察室に入る。

「ああ、あなたがたが犬飼海妃さんの弟さんとその……ご友人様方ですね」

 医師が少し困惑している。

「ああ、僕が弟の犬飼康比斗です」

「私は坂巻です。うみさん……海妃さんと康比斗、双方ともによくしていただいています」

「えっと……わたくしは」

「この人は綾島です。私の事務所の優秀なスタッフです。事前にうみさんに、同席の許可を頂きました」

 坂巻が代わりに、落ち着いて説明する。

「なるほど。いや、私も事前にお三方がいらっしゃると、犬飼さんから言われておりましたので、ただ、なにぶん初対面なもので、お顔と名前が一致せず」

「これは僕たちも失礼しました」

「いや、お気になさらず。お掛けになってください」

 三人は椅子に座る。

「さて、順を追って説明いたしましょう」

 医師はそう言うと、カルテを開いた。


 医師であり魔術師でもある彼からの説明を整理すると、以下のようになる。

 犬飼海妃が現在苦しめられている病気は、魔道具によるものと考えられる。

 そして最も可能性が高いのは「根源」という魔道具である。この魔道具は、対象者を徐々にむしばむ、半ば呪いのような効果を持つものらしい。現在の持ち主は不明。

 海妃は元気な頃は一騎討ち廃絶派だったため、存続派が仕掛けたのかもしれないが、持ち主や仕掛けた動機に関する詳細は分からない。

 この病気は「根源」を破壊できれば根治すると思われる。ウイルスや細菌によるものではなく、呪いがこの病気の本質であるから、それを断てば効果が維持できなくなり、おそらくだが体調は急激に快復するものと思われる。

 なお、この魔道具は二人以上に同時に効果を及ぼすと、一人あたりの効果が減少する。実質、新薬もあるこの状況では、誰かが同時にこの呪いに悩まされることはないだろう。


 魔道具によるもの。

「まあ姉さんも人並みに恨みは買っているから、『根源』の持ち主が一騎討ち存続派だとは限らないけど……いや、確率的には大きいかな……?」

「つまりその『根源』を私たちのパワーで探して破壊すれば全部丸く収まると」

 坂巻は端的にまとめた。

「そうなります。まあ新薬の効果で、犬飼さんの体調はなんとか良くなってはいますが、やはり根治のためには『根源』の破壊、または使用者にその使用をやめさせるのが最も効果的ではあります」

 医師は冷静に告げる。

「そして、坂巻さんのお師匠、作馬さんも、本人は逝去して確かめる手段はありませんが、同じく『根源』にやられていた可能性は高いと思われます」

「……作馬さんも?」

 坂巻の目が、一瞬だが見開いた。

「ええ。犬飼さんと症状がそっくりです。普通の医療技術では原因が見当たらなかったところまで同じです。……もっとも、本人はお亡くなりになり、解剖の余地もいまはもうないところですので、医師として正式な診断は下せませんが」

「作馬さんが、誰かの魔道具に」

 坂巻は言葉を失った。

「坂巻、冷静になろう、落ち着くんだ」

「……そうだな。『根源』の所有者は全く分からないのですか」

「ええ、全く分かりません。私たちは医者ですので、そこまでは申し訳ないですが、どうにも分からないのですよ」

 すまなそうに医師は頭をかく。

「いや、ええ、大丈夫です、その辺は私たちで何とかします」

 自分たちのコネクションを使って、大捜索をすべきだな。

 坂巻は今後の算段を思い描いた。


 帰り道、坂巻はバスの中で提案する。

「俺たちの伝手を使って、全力で『根源』の持ち主を探そう」

「そうですわね、それが最善だと思いますわ」

 すぐに綾島が同意する。

「六条門の総力を挙げて探し出しますわ」

「僕も同意だね。六条門に比べれば微々たるネットワークだけど、僕も声をかけて回るとするよ」

 犬飼も同意見のようだ。

「よし。……だけど事務所はいままで通り続けよう。今日はちょっと思うところがあって、まあ犬飼とかも心の整理が必要だろうから、休業にするけども、畳むのはやはりまずいと思う」

「そうだね。事務所は収入源であると同時に、つながりを生み出す場所でもある。そこを止めたら、伝手も上手く働かないだろう」

「その通りだ。それにちょっとぐらい閉めていても、事務所の機能が実質的に機能する体制はほぼ整っているからな」

「坂巻の提案だったね。えらいえらい」

 犬飼が坂巻の頭をナデナデ。

「なんか腹立つなあ」

「わたくしも坂巻様をナデナデいたしますわ」

 ナデナデ。

「ついでに坂巻様もわたくしをナデナデしてくださいまし」

「あぁーいつもの展開!」

「まあいいだろ、俺は何も減らないし」

 坂巻は綾島の頭を優しくなでた。

「ウエヘヘ」

「このバカップ……なんでもない。とりあえず家で気持ちの整理でもするよ」

「それがいい」

「坂巻もね。今後の活動に支障をきたしてはいけない。ゆっくりしなよ」

 ちょうど、バスが最新型の滑らかな合成音声で、到着をアナウンスした。


 その日の夜、九十九那須に勤める増山。

 奇しくも彼は、坂巻以上に真相をつかんでいた。

「なんと……そういうことが……」

「ああ。おれはそれで退職したんだ」

 増山に情報の足りない部分の、最後のピースを与えたのは、竹地という男。

 いわく。

 凶悪な魔道具「根源」は、九十九那須の現社長、那須容堂が持っている。そしてそれは現在、一騎討ち廃絶派の犬飼海妃をむしばんでいる。

 かつて容堂はこの魔道具で作馬を殺した。表向き病死であり、実際、当時の科学力および魔術の力ではそれ以上分からなかったが、ともかく一騎討ち存続にあたり邪魔な作馬を、この世から排除した。

 竹地は一騎討ち存続派ではあるが、反対した。政治には政治で対抗すべきであり、政敵をあの世に葬り去って得るものは、きっと必ず反撃により失う、と。

 しかし当時から社長だった容堂は実行し、のみならず犬飼海妃を次の標的とした。反対の声は彼の根回しにより日々小さくなり、窮した竹地は退職せざるをえなかった。

「しかし、大企業とはいえ一騎討ち関連商品を売っているだけのいち会社が、暗殺まで」

「どうも容堂は、政界進出を目論んでいるようだ」

 竹地は吐き捨てるように言った。

「一騎討ち存続派の一員として、己の一挙手一投足を常に考えているのと同時に、自分の『陣営』のことまで考えている。さらには、裏の社会で自分が『根源』を持っていることを示して、もって強力な切札としているのだろう。それに、容堂は自分の意に従う私兵のようなものも率いているようだな」

 政界進出。

 容堂は野望のために人を殺したというのか。

「おっと、もちろん野心だけで動いているとは思わない。一騎討ち存続の道を選んだあいつは、あいつなりに一騎討ち業界の将来を憂いての行動だろう。作馬や犬飼海妃の主張が完全に通れば、九十九那須はつぶれるか、経営的に大きな変更を余儀なくされる。つぶれなかったとしても、経営的に重大な方針変更というものは、多かれ少なかれ痛みも伴うだろう」

「リストラとかですか」

「それだけじゃない。方針変更で未知の領域に突っ込むリスクに直面するだろうし、会社としてノウハウの蓄積もない。業態によっては流用できるだろうが、全部まるっと同じというわけにもいくまい」

 竹地は淡々と語る。

「だが、それでも、人を殺したらおしまいだ……!」

「竹地さん……」

 増山は、竹地の苦悩を脳裏にありありと刻んだ。


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