第45話
竜の機能停止を確認した坂巻は、玉に近寄るが、足を止める。
「これでパーティ戦も終わりか……」
「何を感傷に浸っているんだい、坂巻」
犬飼がからかうような口調で言う。
「いや……祭りの終わりみたいでな」
「心配しなくても、このメンバーならいつでも会えるし、特に僕と綾島はいつも事務所で一緒じゃないか」
「それはそうだけども」
「わかったら帰るよ。さあ玉に触って」
「分かった」
坂巻が代表して玉に触れると、一同に帰還術式が発動し、地上への道が開けた。
彼らはその後、地上で待っていた物部に攻略を報告し、賞金を受け取った。
「いやあまさか攻略されるとは。ダンジョンを改造してもっと難しくしないと」
物部は頭をかく。
「改造できるのですか?」
「ええ、とっておきのものがあるんですよ」
おそらく魔道具だろう。それもダンジョンの改造ができるとあれば、かなり複雑で大規模とみられる。
だが、それはあまり重大なことではなかった。
「ちなみに、他にも踏破した人が?」
「いるにはいますけど、そのたびに改造して強化していますから、いまの形のものは坂巻さんたちが初めてです」
一方、倉は持ってきていた機材で動画を確認していた。
「むう、ええ動画が撮れたで。坂巻はんたちには感謝感謝」
「それはよかったです。視聴者数は期待できそうですか?」
「せやな。今回は諸事情で生放送じゃないねんけど、こりゃあ結構来ますで。ダンジョンも初めてですけど、それに若手のエース、坂巻はんが挑戦して、しかも踏破したとなれば、これは結構な動画ですわ」
撮影者もご満悦な様子である。
「なんにしてもよかったです」
坂巻がうなずくと。
「私も良かったです。ダンジョンの宣伝にもなりますからね」
物部もにこやかに返す。
「さて、私たちはそろそろ帰ります。道も少し暗くなってきましたので」
「おお、こんな変人の催しに付き合ってくださりありがとうございました」
坂巻たちは「お疲れ様でした」と一礼した。
事務所前に戻ると、一同は解散した。
とはいっても、坂巻、犬飼、綾島は事務所に少し残って、仕事が溜まっていないか確認する作業がある。
臨時休業のパネルを立てていたので、訪問者はいなかったようだが、それでも郵便物や配達物など、一応確認すべきものはある。
「どうしたんだ坂巻、ぼーっとして」
「ああ」
「まだ祭りの後の気分なのかい?」
坂巻は黙って首肯する。
「……まあ、気持ちは分かるけどね。一大イベントではあったし。でもいつも会えるメンバーじゃないか」
「そうですわよ。……もしさびしいなら、わたくしが心の穴を埋めて差し上げますわ」
綾島が坂巻の手を取る。
温かい。
「またこの発情お嬢様は、どさくさに紛れて坂巻の手を握って」
「わたくしでは不足ですの?」
完全無視された犬飼。
「いや、そういうわけじゃないけども……」
「いえ、お気持ちは分かります。祭りの気分とこれとは別ですものね」
綾島の手が、少し強くなる。
「でも、それでも、わたくしがそのさびしさを、少しでも分かち合って軽くして差し上げますわ」
令嬢の顔が、沈みかけの夕陽を一瞬、強く浴びて、わずかに産毛が見える。
きらきらと。
「わたくしでよければ、いつでもあなたのそばに……いや、あなたを支えます」
「……ありがとう」
横で犬飼が呆れたようにして、メール便を開けていた。
その数日後の昼休み、海妃からメールで連絡があった。
「知らせたいことがある……?」
坂巻と犬飼の両者宛のメール。
なんでも、海妃の病気に関する重要なことについて、医師兼魔術師から説明があるので、弟である犬飼康比斗のみならず、坂巻にも知ってもらいたいのだという。
メッセアプリでなくメールで伺いを立てたということは、その説明はきっとそれなりに重要なことなのだろう。
「なんだろう、何か進展があったのかな」
もしかしたら、もっと絶望的な宣告かもしれない。
……などと坂巻は思ったが、そうでもないだろうと思い直した。
そうだとすれば、その絶望的な宣告を、家族である犬飼弟よりも早く、本人が浴びていることになる。
普通、そういった重大なマイナスの所見は、まずは家族に明かされるはずのものではないだろうか。
その上で、本人に宣告するかどうか、話し合いをして、最終的な判断を下すのではないか。
確かにインフォームドコンセントがどうとか、世間は言うが、いくらなんでも重大なマイナスの事実を、家族を経由せず本人に先に直撃させるというのは、考えがたいことだろう。
なお、犬飼姉弟には両親はもういない。叔父の夫婦が生活費等を出したり、海妃の築いた財産で日々暮らしているが、実の両親は勝負師うんぬんに関係なく、すでに他界している。
ともあれ、つまり、坂巻の考えでは、この「説明」は少なくとも絶望的なものではないような気がする。
「……と思ったんだが、どうだろう」
「むむむ」
犬飼は腕組みして考える。
「最初からあまり楽観的なのもどうかと思うけど」
「まあ、そうだな。どういう説明なのか、一応心しておくのは必要だろうな。楽観視するだけなら誰にだってできる」
「まあ、僕もそう思いたくはあるけどね」
犬飼はこぼす。
「で、もう一つ。綾島を呼んでいいかどうか、うみさんに聞きたい」
提案。
「綾島を? 部外者……でもないか。姉さんの治療費の一部は実質、坂巻事務所が負担していて、綾島はその事務所の貴重なスタッフだからね」
「その通り。決して部外者ではないと思うし、それ以上に綾島は仲間だ、と俺は思ったんだけども」
「悪くない」
犬飼はうんうんとうなずく。
「僕が代表して返信するよ。今日行っても特に問題はないね?」
「ああ。綾島も、今日の事務所を休むという連絡は来ていないから、たぶん大丈夫だ。……一度事務所に寄って、準備を整える必要はあるけども、まあそんなにかからないな。バスに乗っていけば割とすぐだし」
「オーケー、返信するよ」
犬飼は送信ボタンを押すと、「さてお昼だ」と卵焼きをほおばった。
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