第44話

 しばらくして、何かの影が見えた。

「いま、生き物みたいなのが通ったな。自律生物ってやつか」

「そうだと思うね。石人形……たしかに石っぽかったな」

 犬飼がしきりにうなずく。

「経路的に、戦いは避けられないみたいだな」

 どうしても、石人形の巡回路を通らないと、先に進めない。

「あまり戦うのは本意ではないけども」

「あら、坂巻様、らしくもないですわね」

 脳筋お嬢様が問う。

「ダンジョンの中ではケガの治療の手段が限られるし、ほかのリソースも有限でなかなか補充もできない。いまのテレビゲーム、特にRPGでは補給とか資源は、限界はあるにしても潤沢で、めったに尽きないけども、少なくともここでは違う。戦いもやみくもには行えない」

「そうはいっても坂巻」

 犬飼が珍しく、この手の理屈に反論する。

「この戦いは避けられないよ。回り道もできないみたいだし」

 光谷と月川も後押しする。

「犬飼くんの言うとおりだよ。戦いこそ勝負師の本分っていうし!」

「ここで一戦交えて、自律生物の実力のほどを探るのもいいんじゃないかな。よく知らないであまり過大に見積もってもよくないだろうし」

「むむむ」

 言い分はもっともだった。

「長期戦だけど……いや一回は戦って様子見……よし分かった、戦おう」

「いいね、あまり臆病でも何もできないからね」

「しかし仕掛けるのは奇襲だ。今度あの石人形が横切ったら、後ろから襲い掛かる。……この奇襲も効くかどうかわからないけども」

「よし、合図は坂巻だね」

「ああ、合図は俺が出す。犬飼と綾島は、戦況を見て柔軟に援護してくれ。光谷さん、月川さんは敵への打撃に全力を。俺は火力を出しながら全体を指揮する」

「りょーかい!」

「ほなワイも適当に撮影しますわ。奇襲の足手まといにならない程度に」

 カメラを構えた倉も、至って冷静に述べる。

 皆、冷静沈着である。とはいえ勝負師としては珍しいパーティ戦。経験は少ない。だが、やるしかない。

 そのとき、石人形の影が横切った。

「……よし今だ、行くぞ!」

 五人は一気に躍り出た。


 近距離から、坂巻と月川の白兵魔術が炸裂する。

【zelt】

【baristus】

 魔力の球と槍が、石人形の身体を深くえぐる。

 そこへ光谷の鋭い体術。

「はあ!」

 魔力を充分に込めた飛び蹴り。直撃を受けた石の一部が砕ける音。

「わたくしだって!」

 綾島が右の拳を叩きつける。

「これなら!」

 犬飼が魔道具を掲げると、内蔵の魔力が輝いて幾筋もの光となり、石人形を痛めつける。

「ガ……ガ……」

 石人形は、まるでうめくかのように身体をきしませる。

「反撃が来るぞ、備えろ!」

 一瞬の溜めの後、高速の石つぶてがパーティを襲う。

 全部は各自では避けきれないと悟った坂巻は。

【protonice】

 装甲魔術を唱え、あえて前進し防ぐ体勢を取り、石つぶてをまともに浴びる。

「くっ!」

「坂巻、大丈夫か!」

「構うな、今のうちにやれ!」

 光谷、月川、綾島が再び飛び出し、石人形を今度は粉砕した。

「ふーっ!」

「坂巻、無茶するな、きみ一人じゃないんだから」

 犬飼が寄ってきて苦言。

 しかし坂巻は。

「そう。一人ではないから俺が盾になった」

 いまの戦いはパーティ戦。一騎討ちと違い、自分が避けた攻撃は仲間に向かう。

 全部がそうではないだろうが、自分さえよければよい一騎討ちと同列に語ることはできない。

 ……などと坂巻は思ったが、それとて最終的な結論ではない。彼もダンジョン探索など初めてであり、ダンジョン素人のたわごとにすぎないのかもしれない。

 しかし、先ほどの判断が間違っていたとも思えない。

「いや、言いたいことは分かるけど、無茶はしないでさ」

「しかしあれが最善手だった。お前なら分かるだろう」

「そうだけども……倉さんは大丈夫ですか?」

「ワイは全くかまへんで。万一食らっても自前の治療魔道具はあるしな」

「すみません」

「いやいや。これぐらい織り込み済みや。ワイも初めての経験やけどな、ガハハ!」

 倉の笑い声に、落ち着きが取り戻される。

「石人形は確かに大破したな」

「そうだね。もう動かないみたいだよ」

「今回は奇襲だったけども、真正面からでも頑張ればなんとかなる強さだな。よし、みんな、先に行こう」

 坂巻の合図に、一行は「はーい」などと返した。


 その後、酸の雨の罠を白兵魔術で壊し、狼のような自律生物を奇襲で仕留め、転移術式を石ころと魔術で暴発させ、一同は奥へ奥へと進んだ。

 やがて、最奥部と思われるところに、光る玉が一つ。

「あの玉に触ればよかったんだな、物部さんの話によると」

「そうだったね。でもまた何かありそうな予感がするよ」

「そうだな。各自警戒してくれ」

 坂巻が玉に近寄ると、地を震わせるうなり声。

 周辺に漂っていた妖しい力が、集まって形となす。

「あれは……!」

「ダンジョンの奥に竜。もっともらしい演出ですわね」

「演出じゃないよ、あれはどう見ても自律生物の一種だよっ!」

「来る! 戦うしかない!」

 竜を模した自律生物は、口から光線のようなものを吐く。

「避けろ! 軌道はまっすぐだ!」

 しかし直後、尾をムチのようにしてなぎ払い。

「止める!」

 坂巻が装甲魔術を、月川が魔力を集中させて尾に組み付く。

「くっ、これは強い!」

「今だ、光谷さん!」

「うおりゃあ!」

 拳。魔力を充分に込めた光谷の渾身の一打が、竜を打ち据える。

 が、竜は動きを鈍くしたものの、戦いを続ける。

 その咆哮がまたも轟として空気を揺るがす。

「弱りはしたな、総攻撃だ!」

 鋭い爪を避け、坂巻が竜の腹に拳を。

 動きの鈍った尾をひらりとかわし、綾島が跳躍して頭に蹴りを一閃。

 犬飼が弩の魔道具で魔力の矢を乱打。

「グガアァ……!」

 竜はあっけなくも力尽きた。

「やった、勝った!」

「ふう、ふう……!」

 パーティはそれぞれ呼吸を整えるなどしながら、ダンジョン最後と思われる戦いを終えた。


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