第42話

 あちこちに情報提供を呼び掛けたところ、ダンジョン丸裸とまではいかないまでも、まあまあの手がかりが得られた。

 まず、勝負師の指輪は装着してもよいが、挑戦者にはもっと早期にダメージを肩代わりし、その際は自動的にダンジョンの入口まで転送されるという、より安全面に配慮した指輪を貸し出される。ギブアップ宣言機能もあるようだ。

 つまり、それだけダンジョンは危険だということらしい。

 それに対応するかのように、罠は割と大掛かりである。落とし穴で酸の溜まりに落とされたり、大岩が転がってきたり、大音量のアラームで自律生物を呼ばれたりするという。話によると直接の危険だけでなく、転送術式でどこかへワープしたり、特殊な音波で方向感覚を狂わされたりもするそうだ。

 自律生物も強い。主に石人形や獣の形をしているようだが、並の勝負師では相手にならない強さである。逆に、この自律生物を戦って排除できる挑戦者ならば、ダンジョン攻略にあたりある程度見込みがあるとされる。一種の目安であるそうだ。

「だけど、俺たちには白兵魔術とか、そうでなくても他の魔術の心得もあるからな。自律生物と戦って勝てるかはなんとも言えないけども、罠関連は意外となんとかなるんじゃないか」

「全国レベルの私と月川さんとか、それすら超える我らが坂巻くんとかいるからね。自律生物も割と楽に排除できるんじゃないかなあ」

 光谷がにへっと脱力するような笑みを浮かべる。

「罠かあ。妨害系の術式には、対抗する魔道具もあったはず。少なくとも僕はいくつか知ってる。それを調達してくれば、まあまあ対策にもなるね。六条門グループからお値引きで調達しようかな、ね、綾島」

「犬が何か用ですの?」

「エェ……話聞いてた……?」

「自律生物との戦いの気配にゾクゾクしてましたの。光谷さんの件以来、わたくしあまり実戦をやってはいませんし、その件でもバックアップみたいな役回りでしたから、全力で戦いたいですわ!」

「脳筋……」

 難関資格を突破した綾島は、決して頭が悪いわけではないはずだが、そうだとしても気性は脳みそまで筋肉でできているかのようだ。

「まあまあ、犬飼、勝負師ってのはそういうものだ」

「坂巻まで! きみは一騎討ちのない世界を望んでいるんじゃないのかい?」

「もちろん最後の理想はそうだ。だけど、それにあたって勝負師の気性はよく知っておかなければならない。それに一騎討ち代行以外で、勝負師たちが戦いに向かう仕事もあるのは、お前も知っているはず」

「そうだけどさ……」

 坂巻はメモをしまった。

「さて……まあまだ分からない点もあるけど、それは仕方がない。出たとこ勝負の割合はゼロにはならないのが勝負ってものだ。……物部さんや倉さんには連絡を取ってある。来週の土曜日にこのダンジョンに挑戦する。十時にこの事務所前に集合して、そこからダンジョンまで向かおう。犬飼と綾島には物品の最低限の調達を頼む。みんないいね?」

「異議なし!」

「僕にとっては久々の戦いになるね。まあ頑張るよ」

 一同は賛同の姿勢を見せた。


 当日、集合した一行は、倉の厚意で自家用車……ではなく彼いわく「営業用の車」で送ってもらうことを知った。

 調達した道具の点検をしている犬飼を尻目に。

「倉さん、何度も車を出してもらってすみません」

 坂巻はリーダーとして頭を下げた。

「いやあ、ええんよ。今日は可愛い子が二人も加わってるしな」

「エヘェー月川さん、私可愛いって、月川さんもだよ!」

 キャッキャする女子二人。しかし二人のほかに、もともとメンバーである女子がいる。

「倉さん、わたくしも華があってよろしいでしょう?」

「え、あ、そうやな」

「もう! 塩対応されましたわ、坂巻様はわたくしがよろしいでしょう?」

「え、あ、そうだな」

「もおぉ、坂巻様は素直じゃないんだから!」

 一人で悶える綾島。

「ほな坂巻はん、情報はどの程度手に入ったんや?」

「罠の種類とか、自律生物の強さとか、有益な情報がいくつか。ただ……」

「ただ?」

「ダンジョンのマップとか、決定的な情報は手に入りませんでした」

 言うと、倉はカラカラと笑う。

「それは仕方ないやろ坂巻はん。そういうんが手に入ったらいくらなんでも楽すぎる」

「私もそう思います。やはり事前調査は、必要ですが限界もあるものと考えています」

「その通りや。一騎討ちと同じ、戦うまで分からんこともあるやろ」

 迷宮を冒険するようなテレビゲームだと、よほど直近の新作でもない限りは、ネットなどどこかに攻略情報がある。そしてそれはマップや罠の所在など、きわめて詳細なのが常である。

 しかし、坂巻がいまから挑むダンジョンについては、そのような重大な手掛かりは得られなかった。

「あまり出たとこ勝負は好きではないのですが。いえ、一騎討ちといいダンジョンといい、それがつきものなのは分かっていますけども、それでも、勝手を知らないということがどういうことか、私はまあまあ分かっているつもりです」

「慎重やな」

「そうでなくては『勝負』に勝てませんし、私や仲間の命に危機が迫ることにもなるでしょうから」

「ふむ」

 倉は一瞬黙った後、口を開く。

「坂巻はん、確かにきみについていく人たちが素人やったら、入念に不確定要素を潰さなあかんやろな。やけど少なくとも今回は違う。一番不安っちゃ不安な犬飼くんでさえ、海妃はんに鍛えられたはずの戦士やし、なにより彼には頭脳がある。むしろ一騎討ちより、こういう探索的なものにこそ向いてるんちゃうかな」

「なるほど」

「世界は君が思っとるほど残酷やない。怖じ気づかずに全力を尽くそうや」

 彼は事もなげに言うと「おや、この道ちょいと違うな」とつぶやいた。

 果てしなく不安だった。


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