第41話

 しかし、これで終わりではなかった。

「失礼します、あたしです」

「やほー、坂巻くんたち、光谷さんが来たよ」

 月川副部長と、なぜか光谷がやってきた。

「えっ」

「なんだなんだ、変な顔して、坂巻くんは失礼だなっ」

 二人は若干はしゃぎながら事務所を見回す。

「あの……なんのご用で?」

 仕事の依頼ではなさそうだし、それ以外に用件が思いつかない。

 しかし二人は意外な考えを口にした。

「いやあ、私たちも手が空いているときは坂巻くんたちの仕事を手伝いたいなって」

「あれほど強い坂巻くんのお手並みももっと見たいしね、少なくともあたしは」

 手伝うために来たのだという。

「いや、道場とか部活はどうするんです?」

「あたしはもともとお遊びの部活だからね。まともに勝負師の活動をするためといえば、まあ、だいたいいつでも来れるよ」

「私は師範を論破してきたよ!」

「論破って」

「道場の人間にとって、勝負師業はいわば実戦。道場が虚業にならないようにするには、実戦の技を取り込むことが必要なんだよ、という願望」

「願望って」

 先ほどからツッコミしか入れられない坂巻。

「実際、師範は聞き入れてくれたから、きっとあながち間違ってはいないと思うよ。それにあの道場にいても、基礎的な鍛錬以外に私に教えられることは、ほとんどないって、師範がため息をついてたよ」

「それはそうかもしれないな。光谷さんの実力なら」

 坂巻も、認識阻害の効果を受けているとはいえ、目の前の光谷が一般的な街の道場で教わることが少ないだろうことは見て取れた。

 犬飼も助言する。

「きっと光谷さんなら、自分で道を探っていく行程に入ったほうがいい段階だね。基礎鍛錬とか誰かとの戦闘の講評だけ、師範さんの言うことを聞いたらいいと思う」

「ふふーん、光谷さんはすごいんだね!」

「自分で言ってる……」

 犬飼が少し引いた。

「まあ……ありがとうございます、でも給料は出ないですし、なにぶん私だけで依頼は解決できるので、出番があるかどうか」

 困惑。

 しかし二人はチラシをひらひらさせる。

「それは?」

「私たちが、とりあえず手伝ったほうがいいんじゃないかなっていう案件だよ」

「なかなか変わった案件だ」

「案件? なんで二人が持っているんだ、というかチラシって?」

 彼はチラシを見た。

「ダンジョンアタックだよ」

「え? ダンジョン?」

 いわく。

 物部という、金を持った物好きが、勝負師向けのダンジョンを作ったという。

 中には罠があり、術式を埋め込まれた自律生物があり、迷わせる仕掛けがあり、ついでにちょっとのお宝も配置されているそうだ。

 もちろん、お宝とは別に、踏破の際には結構な額の賞金が授与される。

 物部としては、これを新しいスタイルの一騎討ちと位置付けて、業界に流行らせたいとのこと。

「トンチキなスタイルの何かだなあ」

 坂巻はぼそっと漏らす。

「いや待ってください、一騎討ちなら一対一、光谷さんと月川さんが手伝う余地は無いんじゃないですか」

「それが新しいスタイルなんだよ。ほら、ここ」

 一団体あたり最大八人の協力攻略が可能。ただし機会は一度きり。

「一騎討ちなのに八人!」

 坂巻は混乱した。

「まあまあ。事はダンジョンアタックなんだから、普通に単独の挑戦ではあまりに酷だよ。……って物部さんは考えたんだと思う」

「罠や自律生物盛り沢山の、実質、開催者側が一人とはいえない戦いだから、これはまあうなずけるよ。そうでないと難しすぎて、物部さんも挑戦者たちも面白くないんだろうね。それは想像がつく」

 月川が賢いことを言う。

「むむむ」

 坂巻は自分の疑問が一通り答えられて、少し口を閉じる。

「でも坂巻も光谷さんたちも、僕たち全員で行っても五人だよ。八人での攻略を想定しているとすると、攻略は厳しいんじゃないかな」

「それの答えが、ほら、ここに」

 人数が少なければ少ないほど、踏破報酬は増額されるらしい。

「つまり、八人でなければいけない理由はないって光谷さんは思うんだっ」

「あたしも同感。五人で踏破して、たっぷり報酬をもらったほうが、事務所も儲かると思う」

「ふむむ」

 坂巻は腕組みする。

「……どうする?」

「もし倉さんを呼べれば、動画収益とか宣伝にもなる可能性がある。これは挑戦すべきだと思うよ」

 犬飼の一言が背中を押す。

「……そうだな、参加する方向でいこう。ただし倉さんとか俺たちのコネクションを活用して、事前に可能な限り、このダンジョンの情報を集めよう」

「それがよろしいですわね」

 それまで黙って話を聞いていた綾島も、軽くうなずく。

「わけのわからないところに、何の予備調査もしないで突っ込むのは危険だからな。対人戦もダンジョンも、多分それは同じだ」

「全くもってその通りですわ」

「というわけで月川さんと光谷さん、よろしくお願いしますよ」

 犬飼が頭を下げると、二人は「分かった!」と笑った。


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