第40話

 一応勝負師の指輪をつけて練習試合に及んだが、坂巻だけでなく綾島も、最低限致命傷や重傷を与えない力量はあったようで、心配は杞憂だったらしい。

「で、どんな感じですの?」

 綾島が衣服を整えながら尋ねる。

「そうだな……戦闘服とか、基礎になるのはあくまで本人の力だけども、確かに動きとか魔力の配分とかが捗っている感じはする。もっとも、これだけで弱い勝負師が一気に強くなるとは思えないけども」

「なるほど」

「なるほどって、綾島自身は使ったことがないのか?」

 聞くと、綾島は深くうなずく。

「残念ながら、わたくしの『治安活動』は家族の理解をあまり得られませんでしたの。放任的ではありましたが、それ以上の支援は何も」

 それはそうだろうな。

 彼は言葉を呑み込み、続ける。

「まあいずれにしても、何かと捗るプレゼントだったことは明らかだ。あとで綾島も、親父さんに俺が喜んでいたことを伝えておいてくれ」

「綾島家の喜びはわたくしの喜びですわ。笑っている坂巻様もかわいい……」

「あの、話聞いてるか? まあいいか」

 坂巻はクールダウンした後、いくらか機嫌よく事務所に帰っていった。


 その日の夜、綾島家の食卓。

「お父様、坂巻様から伝言がありますわ」

 彼はプレゼントの「試運転」をしたあと、その性能に満足し、六条門総帥にいたく感謝していた。

「そうか、それはいい、坂巻くんは私たちを支える期待の新星だからね」

 なお、綾島家の食卓は一般的な家庭とほぼ変わらない。料理をしたのは専門の家政婦であるものの、基本的に令嬢と両親、ついでに家政婦が食卓に座り、普通の食器でくだけた雰囲気で食事をする。

 両親の「一般人になじむように」という教育方針の一環であった。

「ただ、坂巻くんについては、その『志』が気になるところだね」

 総帥はつぶやいた。

「……ご存知ですの」

「ああ。なんたって彼は作馬の弟子だし、犬飼海妃にも近接しているからね。そういう話は私もとうの昔に聞き及んでいるよ」

「……そうですの……」

 令嬢は暗い表情をする。

「まあ気にしなくてもいい。仮に一騎討ちが廃絶されたところで、それ系統の商売は六条門の一角にすぎない。仮にその一角がまとめて失業する羽目になっても、ほとんどは面倒をみられる。財閥の力を甘く見ちゃいけないよ。それに」

「それに?」

「坂巻くんの志は、なにより立派だ。私も正直共感できる」

 意外な一言。

「一騎討ち業界を潰そうとしているのに、ですの?」

「私はね、あくまで商人だ。お互いに納得する商談以外で、無理矢理に、戦いを伴って言うことを聞かせる一騎討ちには、少なからず違和感のようなものを感じている」

 真摯な表情。総帥らしい、聞くものを引き付けるカリスマ性の乗った声。

「それは坂巻くんや、作馬氏とはまた違うアプローチかもしれない。だけど正直、商機を逃すことになったとしても、私は一騎討ち産業は無くなっても仕方がないとさえ思っている」

 まあ、坂巻くんの意志が実現するかどうか、じっくり見定めてやろうじゃないか。

 総帥は鶏肉のトマト煮をほおばりながら、穏やかに話を締めた。


 翌日、昼休みに坂巻のもとを訪れる者がいた。

「やあ、あたしだよ」

 いつかの一騎討ち部の、月川副部長だった。

「エェ……月川副部長、何しに来たんです?」

「こら犬飼、失礼だぞ」

 坂巻がたしなめる。月川は、坂巻の記憶が正しければ、先輩である。

「しかし何のご用なのかは大いに測りかねるところです。いったいどうしました?」

「いやあ特に用事はない。私を打ち負かした凄腕の勝負師に興味があってね」

 坂巻は、近くに綾島がいないことを確認した。

 いたら絶対にもめていたところだ。

「そうですか。というか、なぜ月川さんはあの部活にいるんですか、しかも部長ではなく副部長として」

 素朴な疑問だった。

「どういうこと?」

「月川さん、明らかに他の部員より強いじゃないですか。月川さんなら、どの部員も、部長含めて一瞬で倒せると思いますよ。上を見るなら、たとえば部活外で道場に属して、そういう感じの試合で成り上がることを目指すとか、道はあるんじゃないかと思いますけども」

 実際、光谷は道場で鍛える道を選んでいたはず。

「んん、まあ、そうだけども、坂巻くん」

 彼女は箸で彼を指す。

「頂点を目指すことに興味がない人だっているのさ」

 その箸で犬飼の、まだ手を付けていない卵焼きを奪う。

「あっ」

「あの部活、居心地がいいからね。ゆるいし練習もたまにしかしないし、楽しく過ごせればあたしはいい。そういう場所がいい。まあ大学に行ったら行ったで、気が変わるかもしれないけど」

「居心地ですか」

「坂巻くんは、勝負師として営業をしてる。部活ではないんだろうけど、頂点を目指す活動とも違う。あくまでご飯の種を得るため、または小金を稼いで充実した生活を送るため。ああ、何か志もあるんだっけ。でも頂点を目指しているわけじゃない。そうでしょ?」

「まあ、その通りです」

 正直、綾島や犬飼とワイワイやる居心地も悪くない。たまに倉が来て、動画配信でネットの向こうからやんややんや言われるのもよい。

 もっとも、その陰で志を忘れてはいない。いつか業界でのし上がって、一騎討ちを廃絶する。そのためにはあらゆる手段を用いる覚悟だ。

 彼は難しい顔をしていたのだろう、月川が言葉をかける。

「まあいろいろ事情があるんだろうし、あたしはとくに異議を発しないよ。でも、色んなスタンスがあるってことは、覚えていてもいいと思う」

「そう、ですね」

「おっと、こんな時間か、あたしは午後の授業の予習をしに帰るよ。まあぼちぼち頑張ってね」

 言うと、あっという間に彼女は去っていった。


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