第39話
それから少しして、坂巻事務所に荷物が届いた。
「ちわーす、シロネコ宅配便です」
「はい」
犬飼が取りに向かう。坂巻は新しい戦術をネットで検索しながら問うた。
「荷物なんて珍しいな。犬飼、お取り寄せでもしたか?」
「してないよ。いくらなんでも職場を受取場所にするほど公私混同しないよ」
「というか……」
坂巻が荷物の札を見る。
「坂巻事務所宛だな。しかも送り主は六条門ホールディングスときた」
「どういうこっちゃ」
なお、綾島は家の用事があり、遅れてくるらしい。いまこの場にはいない。
「綾島がいれば何かわかったかもしれないけど」
「来るまで待つかい?」
「いや……開けてもいいだろう。偽装とか害意のある何かだとは思えない」
「そうか。じゃあこのカッターで開けるよ」
ザザザ、と作業の音がした。
「どれ、中身は」
坂巻が中のものを取り出す。
「服とかナックルダスター……と手紙?」
「どれ、開けるか」
坂巻は手紙を読む。
平素よりお世話になっております。
近頃のご活躍、噂や動画を通じうかがっております。一騎討ちという大変なお仕事に真摯に取り組まれているそのお姿には、わが社員たちも大いに鼓舞されているところです。
さて、このたび、貴事務所にはさらなるご健勝を願うべく、六条門グループより、一騎討ち関連の新製品をお贈りさせていただきました。
日頃のお仕事に使っていただき、貴事務所のご活躍に役立ててくだされば幸甚の極みであります。
つきましては、ささやかではありますが、六条門グループより日頃の業務のねぎらいとさせていただきます。
今後ともよきパートナーシップを、よろしくお願い申し上げます。
坂巻はうなずいた。
「なるほど。この新製品、よく見れば勝負師に最適化されたグッズだな」
服。一見普通の衣服だが、防御術式が織り込まれ、素材自体も魔力回路と魔力そのものをも活性化させるもののようだ。
ナックルダスターも魔力制御をしやすくする術式が埋め込まれている。
「すごいな。タダでこんなもんがもらえるんだね」
犬飼が喜色満面で「よかったよかった」としきりに言う。
だが坂巻は。
「たぶんだけど、これ、厚意というよりは宣伝のために使ってほしいってことだと思うぞ」
「……そういえば、そんな感じもしてきたね」
坂巻事務所は、坂巻の意向で、最終的には一騎討ちの慣習を廃絶するために活動してはいる。しかるに外形的に見れば、六条門の旗下、あるいは「パートナーシップ」を結んでいる事業所とみられても、残念なのか名誉なのか、ともかくやむをえない状況である。
今回の贈り物は、坂巻事務所をもっと盛り上げると同時に、動画などに自社の商品を着けて映ってもらうため、すなわち宣伝目的ともとれる。
「宣伝か……坂巻は一騎討ちに道具の力を使うことについて、どう思う?」
おそらく犬飼は、坂巻が自分の実力以外のものを用いることに、批判的だとみたのだろう。
実際、かつては業界の大勢としても、魔道具は使わないのが主流だった。もっとも時代の移り変わりとともに需要は徐々に増し、いまではそう珍しくもない。特に九十九那須の強力なセールス活動が、これを促進したのも大きい。
そして、彼は。
「慣れないものではあるけども、別に抵抗はないな」
「エェ……」
犬飼があからさまに不満げにする。
「だって坂巻、こういうのあんまり買わないし興味もないはずだよね」
「興味はないな。だけど経営ってのを考えてみろ犬飼」
彼は教え諭すように。
「六条門は大事な……パートナーシップというのか……要するに重要な利害関係者だ。そういう存在がこれで宣伝をしてくれって言ってきたんだから、まあ断るのも悪いってもんだろ」
「まあ……」
「道具が慣れないなら、慣れればいいだけだしな。なんだって最初のうちは慣れないもんだ。それにそもそも、こないだ六条門からもらったのもあるし」
淡々と語る坂巻に、犬飼は肩をすくめる。
「坂巻は本当に意識高いなあ」
「この程度でか。かといってせっかくの贈り物を物置の肥やしにして、宣伝の目的も潰してしまうよりはずっと前向きだろうに」
「ハイハイ、意識高い意識高い」
「こういう意見は本来、お前が言うようなもんじゃないのか。……ああ分かった!」
坂巻は突然気づいた。
「お前、さては六条門側の綾島のことが気に食わないから、ああだこうだ言っているんだろう」
「ハァちげーし! 全然ちげーし!」
「ほらその反応、図星だな、ハハハ!」
どこまでも呑気な二人だった。
しばらくして綾島がやってきた。
「坂巻様、ごきげんよう、出社しましたわ」
「ああ綾島、ありがとうな!」
坂巻が言うが、しかし綾島は首をかしげる。
「えっ、なんですの、日頃の感謝……?」
「えっ」
「フヒヒ、坂巻様から直々に感謝を頂けるとは、これは婿入りの日も近いですわねフフフ」
「えっどういうこと?」
坂巻は、当惑しながらも、今日の経緯を話した。
「なるほど、わたくしは特に聞いていませんでしたわ」
「ほほう。するとこれは、やっぱり純粋に経営的な判断の可能性が高まった……気がする……」
「『婿殿』へのプレゼントの話もパパから聞かせてもらえなかったご令嬢は、いやあ哀れなものですなあククク」
「うるせえ犬っころ!」
拳が犬飼の腹へ食い込む。
「ゴヘァ!」
「最近の犬は生意気ですわ」
「最近のご令嬢も、なんというか元気だな……」
「エヘヘ、坂巻様は元気な女の子がお好きですの?」
「いやあその、仲間を殴るほど元気が有り余っていると、その……」
ふと綾島が気づいたような顔をした。
「そうですわ、そのお召し物と武器を慣らすために、模擬戦をされてはどうですの、お相手は、そうですわね、わたくしが務めますわ」
「戦いは僕も一応できるよ。伊達に海妃の弟じゃないよ」
立候補しようとする犬飼だが。
「犬よりはわたくしのほうが数段強いですわ。それは冗談抜きに、犬飼もお認めにならなければなりません」
「まあ、僕はアレの一発屋だけどさ……ゴニョゴニョ」
犬飼は何か言いたげにしていたが、「まあ練習相手は綾島が適任だけどね」と最終的には認めた。
「そうか。そうだな、綾島と河川敷で軽く組み手をしてこよう。今日は急ぎの依頼も来ないような気がするし」
「それがよろしいですわ。邪なものではなく客観的に」
「僕が一応留守番してるよ。行ってらっしゃい」
坂巻は「これも一種の逢い引きですわね、フフ」などと浮かれている綾島を心配しながら、事務所を出た。
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