第38話
そして一騎討ち当日。
できることはした。二週間という短い間だったが、長尾の能力が向上したかしなかったかでいえば、向上はしただろう。
劇的な向上とは言いがたいが。
二週間でどうにかできるというほうが間違いなのだ。何をするにしても、近道というものは基本的にない。もっと長い期間、できれば優秀な師匠のもと、何年も鍛錬に励むのが本来のすべきことである。
とはいえ、一騎討ちは一騎討ち。坂巻がコーチングをしたという、半ば強引な理由で、動画収益のため、今回は倉を呼んでいる。勝負の場となる河川敷に先行しているはずだ。
「さて、行くか。長尾さんの勝負を、俺たちは最後まで見届ける権利と義務があるはずだ」
「そうだね。ここまでして観ないという選択はありえない」
犬飼が同意する。
「おっしゃる通りですわ。結果を見なければどうもすわりが悪いですものね」
「よし、準備が整ったら行こう」
彼は事務所の代表として、また二週間ぽっちの師匠として、結実の時を観ることを決めた。
現場に着くと、先行していた倉が言う。
「あんはん、面白い試みですな」
「二週間の指南がですか」
「ええ。自分ではなく、自分の指南した勝負師が敵と戦う……新しい可能性を感じる企画でっせ。これは集客効果もありそうでんな」
「そうだったらいいのですが」
この一騎討ち自体、意味がないものですけどね。
彼はその言葉を呑み込んだ。
見回してみれば、長尾、武田のほかに、村上もこの場に来ていた。
きっと、武田を振り次第、長尾にこの場で告白でもするつもりだろう。
「この一騎討ちのテーマもいい。好きな女性を取り合って、戦う男二人が、その恋そのものを懸ける。いいですなあ」
倉には、事前に坂巻から事情を説明してある。もちろんそのことについても、本人たちから了承を得ている。
が、しかし、この勝負が茶番であることを倉は知らないはずだ。
「そうですね……私の趣味ではありませんけども」
「あんはん、そういう勝負は……ああそか、やはりお嫌いなんですな」
倉はどうやら察したようだ。
「はい。私は、もっと有意義で重大なことに一騎討ちは使われるべきだと思っております。正直なところ」
彼は長尾たちに聞こえないよう、小声でつぶやいた。
「まあお気持ちは分からなくもありまへんで。特に坂巻はんは、その辺特殊な事情と信念を抱えておられる。きっと長尾はんを鍛錬したときも、常にその思いがあった。違いますかな?」
「いえ、その通りです。私はこれでよいのか、常に自問自答してまいりました」
言うと、倉は「むむむ」とうなったのち。
「まあ勝負師も商売ですからな、そういうこともあります。今回はお金のためと割り切るのはいかがですかな」
「そうですね……そうします」
彼はそう答えると、釈然としない思いを、お金のためという箱に押し込んだ。
その後、最も中立に近いようにみえる――実際は限りなく長尾側に偏った村上の合図で、一騎討ちは始まった。
展開は一方的、というわけでもなく、どちらかというと拮抗に近かった。
坂巻からみると、だいぶ低レベルなやり合いだったが、しかし、両者ともに本気で戦っているのが感じられた。
例えば拳のやり取り。坂巻にとっては拙いながらも、お互いに、呼吸が乱れたり体勢が崩れたりした最善のタイミングで、急所に叩き込もうとしていた。実際に急所を突いたかどうかはともかくとして。
また、これも両者ともに、投げ技や関節技を活用しようとしていた。長尾は坂巻がそう教えたから分かるが、武田の側もそれを試みていたというのが意外ではあった。
ともあれ腕前はほぼ差がなかった。しかし天運というものが味方したのだろうか……試合は徐々に武田側が優勢になっていった。
一度優勢をとったなら、戦いの有利不利は徐々にではあるが傾いていく。
最終的に長尾は息を乱し、疲労の色濃く、技のキレは鈍り、最後には腹に決定打を受けた。
「ゴハッ……!」
長尾の勝負師の指輪は砕け散り、ここに勝敗は決した。
勝った武田は、観ていた一同に検分をさせると、衣服の乱れを直し、村上の前へ立った。
これから、むなしく無意味な告白が始まる。
「村上さん」
「はい」
「あなたは月だった。夜空に浮かぶほのかな月だった。いつでも優しく私を照らし、世界という永遠の夜に、少しばかり道を照らしてくれる、まさに闇の帳にまします満月だった」
彼はわずかにためらったが、やがて口に出した。
「私はあなたのことが好きです。付き合ってください」
結論の分かりきった、緊張もしない一瞬。
「ごめんなさい」
彼の顔が徐々に青ざめる。
このことを知らされていなかった長尾も、目を丸くする。
そして村上は、長尾のもとへと歩み寄る。
「長尾さん」
「はっはい……?」
「私は気の利いた、おしゃれな言葉は言えないけれど」
彼女は一瞬で覚悟を決めた。
「長尾さん、よければ私とお付き合いしてください」
とりあえず任務の全てが終わった坂巻らは、カップルの邪魔にならないようにそそくさと退散した。
帰りは倉が自家用車で送ってくれるということで、言葉に甘えて乗せてもらった。
「いやはや、事前に坂巻はんから教えてもらっていたとはいえ、驚きの展開でしたな」
「そうですね……」
坂巻は考える。
今回の一騎討ちは、どう考えても余計な余興にすぎなかった。単なる体裁のためのオマケに、坂巻らは時間を費やし、だけでなく余計な戦いに力を貸した。
師匠が生きていたら、なんと言うだろうか。
と彼は思ったが、しかし作馬ならこう言うかもしれない。
――全くの無駄骨ではなかっただろう。あの三人の関係性を整理して、あるべき方向へ向かわせるために、きっと必要だった。お前には茶番に見えてもね。
実際、長尾さんも武田さんも、村上さんの思いを知らなかったんだから、それが茶番であることを事前に知れというのは無茶が過ぎるってもんだ。お前が教えてやる必要……もなかった。お前はそこまで争いそのものに介入していい立場じゃない。
お前はあくまで一騎討ちの指南役にすぎないんだ。分を弁えていこうよ。
つまり、結論として、今回の一騎討ちは必要だった。
これは、坂巻にとって、もし師匠が生きていたらこう発言してほしかった、という願望も混じっているのかもしれない。だが、実際起こってしまったことには、こうして納得する以外に方策はない。
「坂巻はん、悩んではりますなあ。まあ気持ちはワイも分かりますがな」
倉はハンドルを切りながら口を開く。
「こういうこともありますがな。とりあえずお金は稼いだんやから、それで終いにしましょ」
彼は「そうですね」とうなずき、疲労のままに目を閉じた。
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