第37話

 とはいえ、やるべきことはもう二つ。

 武田の偵察と、村上の本心を探ること。

 そのために彼らは、サークル「アラインメント」が活動しているテニスコートに来ていた。

「犬飼、綾島、二人は武田さんがどの程度のものか様子を見てきてくれ。俺は事前のアポのとおり、村上さんと話をしてその心を聞いてくる」

「坂巻様は武田さんの様子を見ませんの?」

「俺は……認識阻害があるからな。長尾さんと武田さんの比較では認識阻害は機能しないと思うけども、それを差し引いても二人が見極めたほうが早いだろう。俺が見るときっとどんぐりの背比べにしか見えないと思う。村上さんの事情を聞くのは一人でもできるしな」

「そうですの」

「そうだな。信頼する二人に任せることにするよ」

「ウヘヘ」

 悪役令嬢は満面の気持ち悪い笑みを浮かべた。

「さて、そろそろだな。ちょっと行ってくる」

 言うと、彼は立ち上がって村上のもとへ近づいた。


 テニスコートの談話室で。彼女は開口一番。

「今回の一騎討ちの結果いかんにかかわらず、私の気持ちは決まってます」

 意外なことを口にした。

「一騎討ちの条件は『私に告白する権利』。もし武田さんが勝って告白したとしても、私はそれを振って長尾さんに『自分から』告白するつもりでいます」

「むむむ」

 あまりに予想外で、坂巻は言葉に詰まった。

「……しかし、これでは一騎討ちの意味がないではないですか」

「元はといえば武田さんが勝手に長尾さんを追い詰めて成立させた一騎討ちの約束です。私まで武田さんに同調する理由は一ミリもありません」

「それはそうですけども」

 無駄な戦い。

 師匠の教えによれば、一番避けなければならない勝負である。

 いや、師匠だけではない。坂巻がその自由な意思で思考するに、一騎討ちを将来的に廃絶する上で、最も忌まわしい、最大の排除対象となりうる部類の戦いであった。

 だが、それをストレートに彼女にぶつけるわけにはいかない。

「なんとか、村上さんの口添えで、勝負の約束をなかったことにできませんか」

「難しいです」

 彼女は答える。

「長尾さんはもともと戦いたくない様子でしたけど、武田さんは、その、かなり強引かつ意思の堅い性格です。下手に『それはやめてほしい』と私からはなかなか言えなくて」

「そうですか……」

 それで済むのなら、はじめから済んでいるのだろう。

 もし武田の意思より早く、村上が長尾と付き合っていれば状況は変わったのだろうが、いまそれを言っても仕方のないこと。

「分かりました。この勝負は避けられなかったということですね」

「残念ながら……」

 彼女は申し訳なさそうにうつむいた。

 やけに印象に残る様子だった。


 テニスコートの入口に戻ってくると、犬飼と綾島が待っていた。

「やあ、おかえり、村上さんの様子はどうだった」

「一言でいうと、悪女でも無能でもなかった。今回はやむをえない戦いだ」

 彼は事情を話した。

「なるほど。まあ当人同士で解決するならとっくにそうしているだろうからね」

「ですけど、お話をうかがう限り、限りなく意味のない一騎討ちになりそうですわ」

「まあ、そのとおりだけどな……」

 彼は言葉を濁した。

「ところで武田さんの実力のほどはどうだった?」

「まあ、勝算は五分五分ってところかな」

 武田の魔力回路、魔力量は、二人が吟味する限り、長尾とほぼ互角だという。

 身のこなしなど、魔力ではなく戦闘センスに関する部分も、長尾とそれほど変わらないということだった。

「長尾さんへの鍛錬を考慮しても、勝つか負けるかは天のみぞ知るってところだね」

「まあ、鍛錬の時間は二週間しかないからな」

 事前に長尾から聞いた限り、一騎討ち当日まであと二週間ほどしかないとのことだった。

「長尾さんも坂巻様も頑張ってはいらっしゃいますけども、こればかりは、短期間の訓練ではなかなか劇的に変わったりはしませんわ。坂巻様でさえ、お師匠様から教えを受けた時間は何年にも及ぶのでしょう?」

「そうだな。二週間で大幅に、ってのはあきらめたほうがいいかもしれない。それでも最善は尽くすけどな」

「それでよろしいと思いますわ。わたくしが上から目線で言うことではないのかもしれませんけれども」

「僕も同意するよ。最善を尽くすのは勝負師や勝負の指南に限らず、僕たちを取り巻く事情がどうあっても、なんでもそうだと思う」

「ありがとう。まずは河川敷まで戻って長尾さんの様子を見に行くとしよう」

 彼はそう言うと、長尾の訓練が少しでも捗っていることを願った。


 河川敷に戻ってきた坂巻。

「あ、坂巻さん、待ってましたよ」

 長尾には「所用で抜ける」としか伝えていない。

「ああ、はい、途中で抜けて申し訳ありません」

 答えながらも、彼は自問していた。

 この戦い、やる意味はあるのか?

 どちらが勝っても、結局、村上は長尾と付き合うと言っていた。

 つまり長尾と武田の一騎討ちは茶番。

 ただの茶番ならまだいい。その一騎討ちは全くの無駄、やる意味がないもので、勝敗は現実を全く動かさない。

 村上と長尾の運命は最初から決まっていて、武田はただの「お騒がせ」にすぎない。

 そのような無駄な一騎討ちを、彼は準備して長尾に臨ませる、その理由はあるのか?

 ……という問いを立てたが、しかし事情を聞く限り、きっと回避することはできない。

 村上のいうには、武田が自分にアプローチするために無理矢理長尾に一騎討ちを申し込んだという。きっと武田のことだ、断れない状況下で彼に挑戦したのだろう。

 無駄かどうかではなく、回避できたかどうかでいえば、きっと回避できなかったのだろう。

 それは法的ではなく事実上の有無を言わせない力だったかもしれない。しかしそうだったとしても、それをもって法的な力はなく、一騎討ちを承諾した長尾にも責任がある、とは坂巻には断定できなかった。

「師匠、どうしました?」

「ああいや、なんでもありません。……今日からは私との組手練習も始めましょう」

 言うと、彼は魔力を体の隅々まで行きわたらせ、気を研ぎ澄ませた。


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