第35話
それから一週間ぐらい経っただろうか。
いきなり、倉がフラッとたずねてきた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ……って倉さん!」
「おう、ワイや。六条門のお嬢さん、元気してたか?」
彼は、彼らしくもないのんびりした口調で尋ねる。
「倉さん、どうされましたの?」
「いや、な、インタビューをしようと思てな」
彼はそう言うと、小型の簡易な撮影機材をバッグから取り出す。
「いきなりですの、いやしかし」
「すまんな。どうしてもいますぐが嫌なら、今日はアポイントだけ取って終わりにしますが、どうされます?」
「むむむ」
「なるべくなら、こういうインタビューは個人的には突然お邪魔して、素の人格を明らかにしたいところやねん。だから今日はアポなしで来たんやけど、どうしてもサプライズが迷惑ならそちらに従いまっせ」
「なるほど、そのような事情でしたか」
綾島の対応を見て、坂巻は奥から出迎えることにした。
「せや。準備したインタビューやと、作り物みたいで視聴者さんに申し訳ないんや」
「確かに、マスメディアとか仕込みインタビューが問題になることがありますからね」
「せやせや!」
倉は同意をもらえたことがうれしいらしく、盛んにうなずく。
「ワイはせっかくエスチューバーとして、マスメディアとは別のやり方で配信をすることができるんやから、その辺はテレビとかと差別化したいねん」
「なるほど、その志はすごく立派だと思います」
「せやろ、せやろ、坂巻はんは分かってますなあ!」
倉も骨の髄まで「動画配信者」なんだなあ、などと坂巻は思った。
そして、そのような姿勢に好感を持つことが間違ったことだとも思えなかった。
どうせ、ちょうど仕事も抱えていないのだから、収益になりそうなことはしてもいいだろう。
「分かりました。インタビューに応じます。どこでやりますか」
「どこでもええよ。一番手軽なのはここかな」
「なるほど。他の場所でする理由もないので、ここでやりましょう」
彼はうなずいた。
それから彼らは、インタビューの内容を動画に収めた。
坂巻も彼なりの考えで、インタビューで出す情報を注意深く精査して臨んだ。
師匠たる作馬のこと。業界人向けに、自分が作馬の弟子であったことをさりげなくアピールして、その中で揉まれ、ずいぶん厳しい鍛錬をした、という印象に誘導した。
綾島のゲスト出演。いうまでもなく六条門グループの支援を受けていることの匂わせである。
自分の強さについて。事務所の前はストリートファイトで実戦経験を積んできたことに言及し、余計な戦いが降ってこないように、「にこやかな」脅しを未来の敵へかけておいた。なお、これは勝負師としてある意味機微な情報ではあるが、どうせ視聴者や大衆は、他の動画なり噂なりでこの情報にたどり着くと思われるので、今さら隠すということはしなかった。
逆に言わなかったこともある。
坂巻の「一騎討ちを廃絶する」という志。将来をみれば、最後には明らかにしなければならないことではあるが、いまそれを言ってしまうと仕事が来なくなる。
犬飼海妃と旧知の間柄であること。病身の海妃や弟の康比斗に迷惑がかかりかねない。また、前述の志を推測されるおそれがある。
これらの点を踏まえて、彼は言うべきことだけを言って収録の終わりを迎えた。
倉はぽつりと言う。
「坂巻はん、だいぶ発言をコントロールされましたな」
「なんのことです?」
「あ、機材は完全にオフにしたから、本音で言ってええよ」
「いや、なんのことです?」
「……まあ、これも仕方のあらへんことか」
どうせなら、さっきも言ったけど、素の坂巻はんを撮りたかったなあ。
彼はボソリとつぶやく。
実際、坂巻は彼に対しては申し訳ない気持ちもあった。
坂巻は自分のしたことを自覚していた。
「じゃあ、動画編集とかもあるんでワイは帰りまっせ。ああ、編集といってもたちの悪い切り取りとかはせえへんので、安心してくれな」
「お疲れ様です。このインタビューが配信動画になるのを待っています」
「あんはんがたにとっては貴重な収益源やからな、ハハハハ!」
図星だった。仕事の依頼があまり来ないことを、倉も察していたようだ。
「痛いところですね」
「すまんな。だけど、だからこそ、ワイは最高の編集でこの動画を世に出しまっせ。悪いようにはしまへん」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
「まあ任しとき。ほなまた」
彼は機材を素早く撤収すると、手を振って去っていった。
去った後、綾島は坂巻に問う。
「坂巻様、あなたはあの倉さんをどの程度信用されてますの?」
「なんだ、やぶから棒に」
問い返す坂巻。
「……まあ、とりあえずインタビューに悪意ある編集を加えたりはしないだろう、と信じる程度には信用している。実際、いままでの一騎討ち動画にはそういうのはなかったしな」
「そうですわね。少なくともあの人にはプロ根性がある。仕事で不正をするとは確かに思えませんわ」
「そうだろう」
「けれど」
彼女は少し遠慮がちに。
「あの人はあくまでフリーランスのようなものですし、中立性もプロ意識の一つですわ。あまりあの人に頼りすぎると、中立の立場を取られた際にわたくしたちが困ることもあるかと」
「……まあ、それはその通りだね。気をつけるよ」
「倉さんが中立を保つのは、なんら正義に反することではありませんわ。動画配信のプロとしては当然のこと。ですけど、わたくしたちは中立ではないですし、中立ではいられません」
「その通りだな」
「この点は、念押ししておきますわ」
言うと、彼女は「さて今日のアイス!」と言って冷蔵庫を漁った。
一瞬の沈黙の後「わたくしのアイスがありませんわ!」と憤った。
しばらくして、坂巻取材動画にコメントが集まってきた。
「この前の動画、再生数が悪くない感じだぞ」
坂巻はスマホで見ながら喜ぶ。
「それはよかった。きみの志が少しは現実に近づいたかな」
「あの動画で『志』を口にするわけにはいかなかっただろ。犬飼も意地が悪い」
「ごめんごめん。でも最終的に目指すのはそこだろ、そのために僕たちは業界で有名になろうとしているんだからさ」
「それはそうだが」
口ごもる坂巻を見て、犬飼は話題を少しだけ変えた。
「そういえば、綾島は出演したんだっけ。こりゃあコメントが楽しみだなあ!」
「犬飼……うさ晴らしのつもりですの?」
「とんでもない。事あるごとに僕を責める悪役令嬢様が、コメントでどんな断罪を受けているか、とても気になるってだけさ!」
「犬飼ィ……!」
ともかく、その言葉を受けて、坂巻は彼女に言及したコメントを探す。
「ええと」
いわく。
あのおぜうさま、いったい誰?
事務員のくせにお嬢様なの?
お嬢様が邪魔。この動画の主役、坂巻なんだよなあ。
確か坂巻は六条門の一員だって聞いたな。とするとお嬢様はその関係者か。
坂巻きゅんを誘惑する悪い奴だ。
令嬢氏ね。
「氏ねとか!」
「ハハハハ!」
犬飼は笑い転げている。
「傑作だ、ずいぶんご好評じゃないか、よかったな綾島!」
「ううぐぐぐ……!」
綾島は鬼のような形相をする。
「あの、綾島」
「なんですの」
「インタビューに臨む姿自体は、誰からも批判されていないのには気づいたか?」
彼女は自分のスマホでエスチューブを開き、見直す。
「……確かに、わたくしの語り部分に関しては、批判が来ていませんわね。わたくしの存在自体をどうこういうコメントはあっても……」
「だろう。ということは、綾島の受け答え自体には問題がなかったってことだ。だから、その、気落ちしないでくれ」
坂巻が言うと、綾島はたちまち元気を取り戻す。
「坂巻様」
「どうした」
「その、坂巻様もインタビューを受けるお姿、立派でしたわよ」
「おや、これはこれは」
犬飼が割って入る。
「自分の問題が解決したと思ったら、この悪役令嬢、さっそく坂巻に尻尾振ってやが」
「うるせえ!」
犬飼はグーで殴られた。
「痛い!」
彼はしばらく悶絶していた。
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