第34話
検査室と書かれた部屋の中で、彼は責任者と話をする。
「坂巻様、お掛けになってください」
いわく。
今回の解析と解呪は、基本的に危険なものではない。解析はあくまで解析でしかないので、仮に上手くいかなかったとしても、術式を破壊したり、坂巻の体調やメンタルに影響を及ぼすことはない。
解呪も同様である。魔術の中には解呪に対する自動的な反撃として、対象者に害を及ぼしたり、魔術自体の術式を強化したりするものがあるにはある。しかし認識阻害に関しては、魔術自体が高度に複雑であるから、自動反撃を組み込むことはできないようだ。実際、歴史や記録を参照しても、認識阻害にそのような自動反撃を組み込んだものは全く一例も見当たらないとのこと。
もっとも、作馬の場合、術式の中にメッセージを組み込んだ可能性はあるらしい。これはプログラミングでいうコメントのようなもので、術自体には基本として影響を及ぼさないため、術に織り交ぜることは可能であり危険性もないとのこと。
つまり、いまから行う解析と解呪に関して、坂巻への危険はないと見込まれる。
「というわけで、まずは解析をされますか、よろしければ準備は整っておりますので、施術台に横になっていただきます」
ここまできて、怖じ気づく坂巻ではない。
「解析をお願いします」
彼はうなずき、施術台に昇った。
およそ十分ほど経っただろうか。
「坂巻様、解析が終わりました、起きて台を降りていただけますか」
彼は台を降りた。
そばの座席に座らせられると、責任者が話を切り出した。
「予想通り、術式の中にメッセージがありました。印刷してあります。ご覧になりますか」
「それは師匠……作馬さんからのものですか」
「そうであると私どもは考えます」
「なるほど」
彼は短くうなずいた。
「見ます。師匠がどんな伝言を残したのか、大いに興味があります」
彼が返事をすると、助手が印刷されたメッセージを彼に渡した。
親愛なる弟子、坂巻へ。
この術式が読まれているとすれば、きっとお前は強力な味方を得たのだろうね。解呪の心得のある魔術師か、それを出動させる権限のある権力者かどうかまでは分からないけれど、いずれにしても得がたい仲間だ。大事にしなさい。
きっとその仲間は、私の意図も見破っているだろうね。
全てはお前の慢心を防ぐため。野放図な一騎討ちの挑戦を抑制するため。
お前が九歳になったあの日、私はおまじないと称して、この魔術をお前に掛けた。
その魔術が解析されているということは、きっとお前はこの術が要らないぐらいに、私の教えを守り、戦いを自制する気高い精神を得たのだと思う。
そうだとすれば、いまこそ、この術式を解呪するときだ。
もうお前にこの認識阻害は不要なのだろう。
解き放たれるべきときだ。お前の本来自由であるべき精神を発揮し、私の教えを守りながら、自分の志への道を歩みなさい。
よく成長したね。あとはこの術式を捨てて、お前本来の心で、お前のすべきことをしなさい。
師匠からの最後の垂訓は、これで終わりだ。
読み終わった彼の頬に、涙がこぼれる。
「うっ……うう……」
嗚咽。解析した魔術師たちは、ただ静かに見守っている。
言葉にならない思い。さまざまな複雑な感情が、彼の中でうねりを上げている。
分かることは、ただ、彼に嗚咽をさせしめるほどの大きな感情があるということだけ。
坂巻自身ですら、その感情を言葉にすることはできなかった。
しばらくして、坂巻は待合室で犬飼、綾島と合流した。
「お帰り。早いね。……もしかして解析だけして、解呪はしていない……?」
「ああ。解呪はしなかった」
「なんで?」
呑気に聞いてくる犬飼に、彼は誠実に答えた。
「それが師匠の形見みたいなものだからさ」
彼は事情を話した後、彼自身の思いの丈を説明した。
「師匠は基本的に記念とか、そういうものを残さない人だった。だから俺にとって、術式という直接目に見えないものではあっても、俺の身体に残った認識阻害は、師匠との大切な思い出の品……みたいなものだ。これを解呪して、無いものとするのは、どうしても抵抗があった」
「形見ってことかい」
「ああ。この認識阻害、一騎討ち自体には影響しないだろうし、これが原因で不都合を起こすこともまずないだろうからな。仮に『全体の中での俺の強さ』を問われるときがあったとしたら、俺は今後、犬飼とか仲間の言葉を信じる。世界レベルであるというなら俺はそれを信じて答える」
「おお、そうか、そうだね、それがいい」
「多少迷惑をかけることがあるかもしれないけれど、今後もよろしく頼む」
彼が頭を下げると、今度は綾島が受けて答える。
「迷惑だなんてとんでもありませんわ。坂巻様の決断を、わたくしは尊重しますし、実際尊重するしかない、わたくしが坂巻様の思いを曲げさせることなんてできませんわ」
「ありがとう」
彼は短く礼を言った。
「なんだか気分が上向きになった気がする。師匠の思いは分かったし、俺は師匠の『形見』の存在を認識することはできるようになった。仲間に恵まれたことも改めて分かった。俺は、認識阻害を指摘してくれた犬飼とか、解呪チームを手配してくれた綾島には、本当に感謝しなければならない」
「わたくしは、坂巻様がそれでいいなら充分ですわ。それにわたくしが勝手にそうしたいと思っただけで、感謝を求めてそうしたわけではありませんわ」
ただ、と彼女は続ける。
「もし感謝されるのでしたら、ここから近いところにいいお店があるそうです。そこでちょっと早いですけど、坂巻様のお金でディナーを奢っていただければ」
「分かった」
「即答ですの!」
一同はそれぞれ笑いながら、センターの従業員に別れを告げ、施設を後にした。
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