第33話

 結局、いくつか良さそうな案が出たが、すぐオンラインサロンを立ち上げられる状況にはなかったので、随時考えていくことにした。

 それから数日後。いつもの事務所に集まった三人。

 唐突に綾島が発言した。

「坂巻様」

「なに?」

「坂巻様は、まだ、その、特に勝負師として『自分が全体のどの位置にいるか』がつかめないでおいでですの?」

 本当に唐突な問い。

 坂巻は答えた。

「ああ……それか。うん、みんなによれば俺はかなり強いほうで、俺もそう言うみんなを信じているけども、いまだにピンときていない。目の前の相手と自分とで、どちらが強いかは判断できるけど、俺が全体と比べてどうなのかは、みんなの発言を通してしか分からない」

 言うと、綾島は腕組み。

「それはいつからそうでしたの?」

「昔からだろうか。うん、昔からとしか言えないな。少なくとも師匠からある程度教わってからは、そういう感じが続いている」

 綾島はしばし黙考。

「……わたくしの考えが正しければ、ですけど」

「どうした?」

「坂巻様は、お師匠様の作馬氏に、永続的な認識阻害魔術をかけられたのではないかと」

 衝撃的な一言。

 犬飼も寄ってきた。

「作馬さんは、言うまでもないけど一騎討ちの『挑み方』みたいなものにはかなりこだわりのあるほうだったね。僕の記憶では、特に慢心による一騎討ちの濫発を危惧していた。綾島の考えが正しければ、色々腑に落ちる部分はあるよ」

「どういうこと?」

「その認識阻害、もしかしたら慢心を抑えるために掛けたものじゃないかって」

 彼は端的に結論を示した。

「作馬さんは、各々が強ければ強いほど、敵の強さを過小評価、慢心して一騎討ちを濫発、結果として争いは絶えないし自分を危険にさらすことがあるって、言っていたことがあった。独特の理屈だから鮮明に覚えてるよ」

「つまり、坂巻様が自分の強さに慢心して要らない一騎討ちを仕掛けないように、作馬氏は認識阻害を掛けたってことですの?」

「あくまで可能性だけどね。だけどそれ以外の人物が、坂巻に抵抗されることなく、目的も不明な、意味の分からない謎の認識阻害を掛けたと考えるよりは、ずっと筋が通っているはずだよ、そうは思わないかい」

「抵抗していないってのは大きいですわね。馬の骨の不審者が掛けようとしたなら、坂巻様は抵抗を試みるはずですし、それを乗り越えたか、そもそも抵抗させなかったとするなら、作馬氏とか海妃さん、あるいは犬っころぐらいしか考えつきません」

「僕はいくらなんでも無理だよ……」

 犬飼は綾島の言動に、毎度のごとく呆れる。

「ともかく、そうだとすれば、六条門の解呪専門の魔術師に話が通しやすくなります」

「解呪? つまり綾島は」

 犬飼の問いかけに、すっかり悪役でもなくなった令嬢は答える。

「ええ。六条門の総力をもって認識阻害を取り除く意思がありますわ」

 きっぱりと、力強く言い放った。

「まだお父様などには話していませんけども……いや、わたくしの家族には、以前、坂巻様が謎の認識阻害を抱えていることは話しましたわ。お父様――六条門グループ総帥はひどく気にしておいででしたし、たぶんわたくしがお父様にお願いすれば、解呪専門の精鋭部隊を要請できるはずです。そうでなくても坂巻様は、実質、六条門の一員みたいなものですし」

「おお……」

 犬飼が感嘆の声を上げる。

「認識阻害は、きっと坂巻ですら容易には抜け出せないほど強力だろう。掛けたのが作馬さんだとすれば、それはうなずけるよ。だけど六条門財閥が専門家チームを率いて、全力で解呪を試みるなら話は別だ。もしかしたら認識阻害から解き放てるかもしれない」

 調子の上がる犬飼とは対照的に、しかし坂巻は浮かない顔。

「そこまでして解く必要があるか。仮に犬飼の予想が正しいとしたら、作馬さんはそれが必要だから認識阻害を掛けたことになる。それを解呪するのが果たして正しいのかどうか」

 彼は一言一言を、噛み締めるように話す。

 犬飼もそれを受けて真面目に返答する。

「正しいか正しくないかで言えば、作馬さんの信条には沿っていない、つまりきみにとっては正しくないのかもしれない。でもね坂巻、作馬さんの教育はもはや『成功している』んだ」

「成功している?」

「きみは、たとえ解呪したところで、それをきっかけにやたらめったら一騎討ちを挑んで回る人間じゃない。そういうふうに作馬さんが教育したのだろう。師匠による感化は大成功だ。……だったら、もうその鎖を断ち切っても、危険はないと僕は思う」

 犬飼は心の底からといった調子で、彼に語りかける。

「むしろ、師匠の教育がこれ以上なく成功して、坂巻も世界クラスまで実力をつけたいま、いつまでもその認識阻害に囚われるのは、なにかと不便だし、要らない厄介ごとを抱え込むことにもなると思う」

「むむ」

 なおも悩む坂巻に、綾島が説得を続ける。

「とりあえず解呪チームに解析をお願いして、真相を暴いて準備をしていただくだけでも有益だと思いますわ。それぐらいなら、お師匠様のお教えにも反しないと思いますが」

「……そうか、そうだな、分かった」

 彼は浅くではあるが、とうとううなずいた。

「綾島、その話を進めてほしい。とりあえず解析を受けることにするよ。ありがとう」

「お安い御用ですわ!」

 言うと、綾島はおそらく父親に対して、スマホでメールを打ち始めた。


 数日後、三人の姿は六条門総合魔術センターという施設の中にあった。

「緊張するなあ」

 慣れない施設の中、坂巻は頭をかきつつつぶやく。

 無理もない。病院でもなく研究所でもない。研究所でさえ彼は、戦術研究所ぐらいしか経験がない。おまけに研究所は主として話を聞くだけでよかったが、今回の総合魔術センターでは検査……のようなものを受けなければならない。場合によっては解呪の施術を受けることにもなる。

 さらにいえば、解析が終われば、長年にわたって彼の行動に影響を及ぼしていた認識阻害の正体が分かり、もしかしたら師匠の意図も明らかになるかもしれない。

 怖いと言えば怖いし、前述のとおり施設に慣れていないのは確実である。

 様々な不安が、ないまぜになって彼の心をちくりちくりと刺す。

「坂巻様、お時間ですので、私についてきてください」

 呼ばれた。彼は彼を呼んだスーツ姿の女性についていった。

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