第32話
本日の話し合いはまだ続く。
「僕からも話すこと、というか報告があるんだけども」
「どうした」
「これを見てほしいんだ」
そう言って彼は、収入に関する資料を開いた。
「ここと、ここ」
「収入の内訳だな。依頼料、成功報酬と動画収益による収入」
ここで坂巻はピンときた。
「なるほど。依頼者から受け取る額よりも、動画収入のほうが多いな」
「そうなんだよ」
犬飼はまゆを八の字にする。
「僕たちの業務を思い出してほしい。僕たちはあくまでも一騎討ち代行であって、動画配信者ではないはずだよ」
「一理ある。一理はあるけども」
だが坂巻は返す。
「いずれにしても一騎討ちで収入を得ている点は変わらないんじゃないか。例えば動画が弾き語りやら料理動画とか作っているんだったら別だけども、撮っている動画は一騎討ちやら勝負師との戦闘だし、それは倉さんと契約している以上、業務として決して間違った収入ではないと思うぞ」
「いや、それもそうだけど、そういうことを言いたいんじゃない」
犬飼は首を振る。
「これほど動画で稼げるんだったら、倉さんを挟まないで、僕たちでアカウントとか動画配信を運用するのも一つの手じゃないかな。少なくとも将来的にそれを検討してもいいほど動画収益は伸びている」
「なるほど」
坂巻は素直に意見を聞く。
「それから……これは動画の話じゃないけど、オンラインサロンを開いてメンバーからサブスクをもらったりとか、コラムを書いてどこかの業界系のサイトに売り込むのも手かなって」
「ほう、ほう」
「結果的に倉さんが見出してくれたことによる知名度を利用する形にはなるけど、別に倉さんとの契約では、それを禁止しているわけじゃないからね。ああ、一騎討ち動画配信は倉さんとの独占契約だっけ。そうだとしても契約期間が満了してから、独自のチャンネルを持つことは妨げられないと思うよ」
「それもそうだな」
特にオンラインサロン。たまに何らかのコンテンツを提供するだけで、主に月額として安定した収入が入るのは、依頼の波があるこの業種では、かなり魅力的だった。
「しかしコラムか。文章は特段得意というわけではないけど」
「文章の上手い下手で決まるのは普通のライターじゃないかな。坂巻の場合は勝負師としての強さと、知名度、業界の通用力がある。文章の技術は気にしなくていい身分だ」
「そういうものかなあ」
坂巻は首をひねる。
「まあ夢があるのはいいことだけど、現状、オファーは来てないぞ。自分から売り込みに行くにしても、そういう経路とか俺は全然分からないし」
「それがネックなんだよね。僕もそういうルートは知らない」
むむむ、と三人がうなる。
「あの、わたくし、思ったのですけど」
「お、どうした」
「それこそわたくしたちの伝手をたどって、出版社とかニュースサイト、なのでしょうか、にたどり着けばいいのではありませんこと?」
至極真っ当な意見。
「そういえばそうだね」
「コネか。俺たち、困ったらとりあえず業界ネットワークにすがる癖がついていないか。まあ仕方がないといえば仕方がないけどもな……」
坂巻は危惧を口にした。
だが二人は構わずコネを使ってしまう性格のようで。
「コネも武器には違いありませんわ。……例えば、わたくし、一日一組しか受け付けない、お高いレストランでおいしいものを食べたことがありますけども」
「おや、倹約家の綾島家でもそういうことがあるのか」
「たまの祝いに、ですわ。……ともかく、そのレストランはどう考えても一般に広告をしていないのです。凄まじい代金を払える水準のお金持ちのお客さんとか、あとはたぶん料理人のコネクションを使って、日々の顧客を得ているとしか思えない業態でした」
「むむむ」
「ですから、つまり、つながりを使って課題を解決するのは、決して恥ずべきことでも、不健全なことでもないと思いますわ」
これまた至極真っ当な正論。
「まあそうだな……」
「それに、コラムというかエッセイというか、とにかく文章を始めれば、一般人にも名前が広がって、坂巻様が思う健全な経営に、結果的には近づくと思いましてよ。オンラインサロンも基本的に同じで、きっと徐々に業界外の人たちが増えるように思えますわ」
「まあ……現状、倉さんの動画しか素人さんに訴求する手段がないから、そうやってどんどん接点を拡大していけば、将来的には業界のコネだけにすがる必要もなくなるかもしれない」
「おっしゃる通りですわ。悪いようにはならないようにみえますわ」
「僕も同意だね。まだ事務所というか、僕たちの一騎討ち稼業は始まったばかりの部類だ。徐々にコネから一般人向けにシフトしていけばいいんじゃないかなあ」
犬飼も事もなげに首肯する。
「徐々にか」
「そう。いきなり大転回するのは、この業界に限らず難しいだろうし。とりあえずすぐ始められるのはオンラインサロンだね」
すぐ始められる。
……と犬飼は言ったが、それでさえ坂巻の知名度と業界のつながりに、始めは頼ることになるだろう。
結局、コネクションの問題は、この業界にいる限りずっと続くに違いない。
「オンラインサロンとはいっても、具体的なコンテンツを考えないと」
坂巻は業務用ノートを持ってきた。
「せっかくだから三人で案を出し合おう」
「ブレインストーミングかい、紙媒体に書くのはアレだけど、発想は意識高いね」
意識が高いのはお前だ。
坂巻は犬飼に言いたかったが、とりあえず流すことにした。
「さて、何がいいかな」
彼はノートにペンを走らせる。
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