第29話

 坂巻らの高校の一騎討ち部は、決して不人気部活動ではない。

 それは、坂巻らの出迎えに来た部活のメンバーが十数人にのぼることや、学校の敷地内に広めの専用訓練場を持っていることからもわかる。

 わかる、と書いたが、坂巻はこの訓練場に来るまで、そういった事情を全く知らなかった。

 坂巻は部活で青春の汗を流すというより、勝負師業界に片足どころか肩まで浸かっている人間であるから、部活動としての一騎討ちにほとんど興味がなかったことが大きい。そしてそれは、同行している綾島や犬飼も同様のようだった。

 とはいえ無知は無知。彼は、自校の一騎討ち部がまずまず盛んであることを知らなかったということを恥じた。

 だが事情は事情。業界では高名な坂巻は、まずこの流れだと試合を挑まれるだろうと踏んで、部員の力量などの観察をしっかり行うつもりだった。

「やほー、光谷が坂巻くんを連行してきました」

「お待たせしました。坂巻です」

 彼が頭を軽く下げると。

「おお、坂巻くん。私が部長の日野下だよ」

「あたしは副部長の月川です」

「俺は顧問の安芸山……いや俺の紹介は要らないか。教師だしな」

 三者があいさつに応じた。

 坂巻は丹念に観察する。

 ただじっと見るだけではない。魔力回路の構成、その力の流れ方、魔力の総量、果てには格闘センスに通じる各々の所作など、感覚全てで部員たちの腕前のほどを探る。

 そしてそれは、少なくとも顧問の安芸山、日野下部長、月川副部長も同じ考えだったようだ。

「坂巻くん、なんというかすごいね。これほどハイレベルなのに部活にも道場にも属してないのか……」

 日野下部長が漏らす。

「あたしの聞いた限りでは、動画内での活動はしているみたいだけどね。ペロチュッチュ倉原口の動画にちょくちょく出てくる」

「そういえば光谷さんとの試合動画はペロのものではなかったようだが」

「ああ、あれは無許可で一般人が撮ったやつだね。マナーを守らない人は嫌だねえ」

 光谷は肩をすくめる。

「だろうとは思った。動画は収益ってものもあるからな。勝手に無許可で撮られて流されるのは不本意だろう」

 安芸山の言葉に、坂巻は強くうなずく。

「おっしゃる通りです。今回、どうせ試合をするんでしょうから、倉さんを呼びました。試合の様子の動画撮影に同意してくださいますね?」

「ほう。まあ俺はいいがな。俺が戦うんじゃないし」

「部長として、私も同意する。坂巻くんはプロの勝負師、ただで収益にもならない戦いをする気にはなれないだろう」

「その代わり、あたしたちから条件を提示したい」

 月川副部長が手を上げた。

「あたしたちが勝ったら、可能な限りでいいから、時々部活に助っ人として協力してほしい」

「むむ。それは試合、特に公式のに出てほしいってことか」

「それもあるけど、きっと坂巻くんは人に教えられるレベルだろうから、部活での練習に際して、ぜひご指導も賜りたい」

 指導。

 他人に勝負師の技を教えるのは、坂巻もあまり慣れていないが、しかし条件交渉を蹴り飛ばして去るような状況でもない。

 それに、嫌なら勝てばよい。

「わかった。こちらからも条件を提示するぞ。そうだな……もし俺、というか事務所に大がかりな仕事案件が来たときに、一騎討ち部にも協力してほしい」

 光谷護衛など、坂巻一人だけだと何かと不便な案件について、特に備えるものである。

 現状、出動できる坂巻の仲間は、綾島と犬飼しかいない。海妃はそういう状態ではないし、ペロチュッチュ倉原口もあくまで動画配信者である。後者はもしかしたら勝負師の心得があるかもしれないが、かといって現在の彼を戦いに駆り出すのはためらわれる。

「それから、これは条件というのとは違うけども、まず今回の試合の動画収益は全てこちらのものとしたい。そして、試合は私と部活側の代表者一名の一回の戦いとして、試合直前に作戦会議の時間がほしい」

 言うと、顧問の安芸山が答える。

「なるほど。まあ部活は利益のための活動ではないから、収益については了解した。で、代表者一名か」

「そうです。連戦だと何かと不公平なので」

「分かった。こちらの最精鋭一人に託そう。作戦会議も了解した。もとより、こちらは動画で事前に研究しているのに、坂巻くんには情報を整理する時間すら与えないというのは、明らかに道理に反するからな」

「ありがとうございます」

 彼は軽く頭を下げた。

「倉さんが来たら試合を始めましょう。それまでは、そうですね、この機会にこちら側で作戦会議をさせてください」

 坂巻が頼むと、安芸山は「おう」と返した。


 いったん訓練場を抜けて、物陰でいつもの三人は話し合う。

「相手の最精鋭は……月川副部長だな」

「月川副部長だね」

「月川副部長ですわね」

 一致した。

「ほかの部員が、日野下部長含め、平凡な勝負師なのに対して、月川さんだけが明らかに様子が違った。光谷さんと同じかそれ以上だ」

「あの人も全国レベルだと思う。部活のではなく全勝負師の中で。……もっとも、光谷さんほど実力の隠匿は上手くなさそうだけど。僕にも見破られるぐらいだからね」

「ですが、そうはいってもやっぱり格の違う感じでしたわ」

「いずれも同感だな。とはいえそれ以上の情報は、白兵魔術を使えるというぐらいしかないな。魔力回路に『白兵痕』があった。結構熟練している」

「むむむ、強敵だね」

「そうだな。とはいえ俺の見立てでは、俺も全力を出せば勝機はあるとみた」

「それはわたくしも同意しますわ。月川さん、坂巻様より上回っているというほどではないように感じました」

「僕も同意だね。全国レベルと世界レベルとでは、規模が違う」

 二人がしきりにうなずいた。

「白兵魔術に気をつけつつ、全力で、注意深く慎重に戦うってとこだな」

「そうだね。それ以上のことは、今日会ってみただけでは分からないけどね」

「それは仕方がない。やるしかないさ」

 坂巻は呼吸を整えつつ、ストレッチを始めた。


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